第11話 新規の男4

「オレも休憩に行くところなんだ。一緒に食べようぜ、お詫びに飯奢るよ」

「いらない」

 

 更に足を速めて真っ直ぐに前を向いたまま階段を目指す。

 

「いや頼むよ。このままエメラルドと気不味いとトミーも面倒見切れないって言われたんだ。折角連れが出来たのに駄目になりそうなんだ」

 

 自業自得だと思うが新規が船に馴染む為にリュディガーが世話役として頑張っている日頃の姿も見てきている。ここで私が揉める原因になるのは不味いか。

 私は立ち止まるとカイに向き直った。

 

「わかった、奢ってもらう。だけど一緒には食べない。部屋でオジジと食べるから。それでいい?」

「おぉ……オジジ……爺さんと一緒なのか。そうだな、俺がいきなり部屋へ押しかける訳にいかないな。それでいいよ」

 

 コイツ、一緒に食事しようと部屋に来るつもりだったのか?気持ち悪いやつだ。

 

 変質者を見る目つきで睨むとカイは慌てた。

 

「いや違うぞ、ここの食堂は騒がしいし、俺の部屋は一人用のベッドだけだ。エメラルドは家族で住んでみたいだからそこのが落ち着くからいいかなって思っただけで。でも体の悪いお年寄りが休んでいるなら邪魔しちゃ悪いしな」

 

 カイは兄だと思っているリュディガーが一緒に食事すると思っていたらしい。オジジは体が悪い訳じゃないがカイが勝手にそう思っているなら別に言わなくてもいいだろう。

 

 遺物らしき物が入った箱を持ったまま一緒に食堂へ向かった。食事する時間には少し遅く、それ程人はいないが数人が順番を待っていた後ろへ二人で並んだ。

 

「かなり頑張ってたんだな。こんな時間まで食べてないなんて」

「別に。これくらい普通だよ」

「えぇっと、発掘屋には女性はあんまりいないよな?キツくないか?」

「さあ?」

 

 何故か必死に話しかけているような気がする。支払いだけしてくれればいいんだけどな。

 

「ん〜、髪!綺麗だな、金髪なんてここらじゃ珍しいだろ?」

 

 急に心臓が大きく打った。帽子のつばに手をかけ一層深くかぶると口をつぐんだ。

 

「エルドレッド国は黒髪が多いよな。俺は爺さんがノエル国出身でさ、その血のせいか色素が薄くて茶髪なんだ」

 

 確かにノエル国の人達は肌が白く金髪や茶髪が多い。私も金髪のせいでノエル出身かと言われる事があるが勿論本当の事はわからない。

 

「だけどそれよりその翠眼が見事だよな。ノエルでもそれほど綺麗な瞳を見たこと無いよ」

 

 なんの意味があってカイがこんな事を言っているのかわからなかった。

 気持ち悪さで何も話さないでいると食事を受け取る順番が回ってきて黙って二人分トレーに載せた。

 オジジの分を払おうとするとカイに遮られた。

 

「お爺さんの分も払うよ、あぁ俺が持つ。それ持ってちゃ運べないだろ?」

 

 うっかり発掘用の箱を持ったまま来てしまい、流石に持ちにくそうにしているとカイにトレーを取り上げられてしまった。箱は誰にも持たせるわけにいかないから仕方ないけれど痛恨のミスだ。

 カイは右手に二人分の食事を載せたトレー、左手に自分の分のトレーを持ってニコリと笑う。

 

「はぁ~」

 

 ため息をついてしまいカイが苦笑いをする。

 

「すっかり嫌われちまったな。だけどエメラルドは変わってるな、普通は容姿を褒めれば女の子は嬉しがるもんなのに」

「そんな事されても別に嬉しくないけど?」


 どうせならキューブでもプレゼントしてくれれば嬉しいかもしれないけれど、実際は自分で発掘する方が何倍も嬉しい。


 私の言葉にカイは「つけ入る隙がないな」ってぶつくさ言ってたけど無視してオジジがいる部屋までさっさと向かった。

 鍵を開けてノブを掴もうとすると急にドアが開いた。


「リュディガー?!帰ってたの?」


 部屋の中には熔鉱炉へ行っているはずのリュディガーがドアを塞ぐ形で立っている。見下ろす顔はなんだか機嫌が悪そうだ。


「なんでカイと一緒にいる?」


 後ろでカイが持っているはずのトレーの上の食器がガチャリとなり振り返った。


 なんで顔引きつらせてビクついてるのよ?


「奢ってくれるって、オジジの分も」


 私は部屋の中の入口の横にある棚に箱を置くと振り返ってトレーを受け取ろうとした。


「なんの目的だ?」


 私が受け取ろうとしたトレーをリュディガーが乱暴な態度でカイから奪う。


「ちょっと気をつけなよ、スープが溢れちゃったじゃない」


 直ぐにリュディガーからトレーを受け取って部屋の中に入る。トレーの上に久しぶりの温かいスープが少し溢れてしまっている。オジジが既にテーブルについていたのでトレーを置き、経緯を話そうとするとカイの焦ったような声が聞こえた。


「待ってくれ、変な意味はない。ちょっと、エメラルドの、何と言うか、気を悪くさせてしまって、んで、そのお詫びに飯を奢ろうと……」

「だったらもう用は済んだな。帰れ!」


 バタンッと乱暴にドアを閉めた。


 何だアレ。でもカイのご希望通り私に奢ることは出来たんだしもう良いよね。


「頂きます」


 お腹が減っていた私はいつものようにご飯にペコリと一礼すると食べ始めた。


「美味しい〜」

「ふむ、流石にカイとやらが気の毒な気がするの」


 オジジが呆れたような顔で私を見ている。


「どうして?奢らせてやったし、許すって言ったよ」

「奴は何をしたんだ?」


 ドスッとリュディガーが隣のイスに座ると私を睨む。


「そんなに怒らないでよ。私は……悪くないはず」

「はずってなんだ?」


 とにかく事の顛末を話すとリュディガーはますます機嫌が悪くなっていった。


「そんな奴に構わず振り切れば良かったろ?」

「だって新規の面倒を見るのはリュディガーの仕事でもあるでしょ?だからちょっとしたお手伝いというか」

「頼んでないし、お前の役目じゃない!」

「はぁ?酷くない?その言い方」

「ほらほら、もういい加減にしろ」

 

 言い合いを始めてしまった私達にオジジがやんわり止めにかかる。

 

「エメラルドはまだこの後発掘に行くんだろ?だったら早く食べなさい」

 

 確かに。

 

「リュディガーも、心配なのはわかるが今回は周りに大勢人が居たようだし、カイもちゃんと普通に節度を持って接していたと思える。エメラルドの態度も良くないにしてもそれ程悪くなかった」

「だけどっ」

「エメラルドももう子供じゃない。本当に危険かどうかの区別もつく」

 

 ぐうっとリュディガーが何かを堪えるように口をつぐんだ。こんなにオジジに引かない態度を取るのは珍しい。

 

「まぁお前が気になるのも無理はないな。カイはそこそこ顔がいい」

 

 最後にボソリとオジジが零すとリュディガーが一層恐ろしい顔をして部屋を出て行った。

 

「どこ行ったの?」

「仕事だろ。抜け出してお前の様子を見に来たんだ」

「なんで?っていうか、なんで何かがあったって知ってるの?」

「そりゃあんなに大勢の前で何かあれば直ぐに耳に入る。みんな噂好きだからな」


 あんな事で?


「お前も年頃だからな」

「目立つって事?」


 帽子を脱いでいた自分の髪をつまんで見せた。


「まぁ、可愛いということじゃ。まぁ……そう嫌がるな」


 一気に嫌そうな顔をしてしまったのか、オジジが手を伸ばし私の髪を撫でた。

 不思議だ。他の奴等がちょっと触れただけでゾッとするのにオジジとリュディガーだけは逆に嬉しくなってしまう。


「記憶力が良いのも考えようじゃな」

「オジジ……」


 忘れたくても忘れられない。強烈な出来事ほど鮮明に記憶してしまう。何年たってもハッキリと覚えているのはいい記憶ばかりじゃない。


「ねぇ、オジジ。私さっき凄いものを発掘したんだよ」


 これ以上心配かけないよう、明るく話すと話題を変えた。


 

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