第10話 新規の男3

 翌朝、いつの間にかリュディガーはいなくてオジジの声で目覚めた。

 

「おはよう、エメラルド。早く起きて朝ご飯を食べろ、一時間後には仕事が始まるぞ」

 

 カーテンを開き顔を覗かせると食事を取ってきてくれていた、少し疲れたようすのオジジが笑って言う。

 

「おはよう、オジジ。夜中に帰って来たの?」

 

 丸一日以上の嵐の中、操舵室に詰めていたであろう疲労感で顔色が悪い。

 私は直ぐにカーテンを閉じて直ぐ着替え始めた。

 

「いや、明け方じゃ。リュディガーが交代で片付けに行ったがそのまま熔鉱炉へ向かうと言っていた」


 カーテン越しに聞いた話に呆れてしまう。


「そうなの?相変わらずムチャするな」

「まったくだ」

 

 テーブルへ向かうとオジジが私に同意しながらものそのそとベッドへ上がる。

 流石に仕事に向かう私に過保護な事は言わない。発掘屋は船の中でも人数が多い職場だし監視屋もいる。監視屋は古株が多いので信頼も厚い。

 

 寝息をたてるオジジを確認し回収場へ向かった。

 廊下は人の行き来が激しく皆が滞っていた仕事へ向かっているので活気がある。いつものように梯子のような階段を箱とクワを持ちながら下りていくと既に多くの発掘屋が回収場への通路に詰めかけていた。

 

 入れ替えたばかりの回収場は下手すれば掘り起こさなくてもキューブが見つかることがある絶好のチャンスなので乗り遅れないように皆気合いが入っている。

 

 やや遅れ気味で回収場の入口付近に到着した私はごった返す通路でガタイの良い背の高い男達に阻まれ前の方へ行けない。


 今頃回収場では発掘し終えた貝や石なんかの不要物を海へ落とし込んみ、その後新しく回収した物から巨大なクレーンにつけられた磁石で鉄を選り分け水分を切った物を新たに広げているだろう。


 回収場はこの広い第五デッキの船体前方にある。私を含め発掘屋達が待機しているこの場所は第四デッキと第五デッキの間に位置し、鑑定屋が常に待機している中階と呼ばれる場所だ。回収場へ行くのはもう半階分の階段を下りなければならないが、その入口へは大勢のオッサン連中が詰めかけ近付けやしない。

 

 ここはひとまず待つしか無いか。

 

 諦めて通路で壁を背に待っていると向こうの方から声をかけられた。

 

「エメラルド、遅かったな」

 

 顔見知りのトミーが笑顔で手を上げ近づいて来る。昨日、キューブを無くしたばかりだが案外元気そうだ。ふとトミーの隣へ目をやると揉めた相手のカイが静かに立っている。約束通り仕事を教えてあげるようだ。

 カイは私と目が合うとニッコリと笑った。

 

「君はリュディガーの妹だってな。アイツってかなり怖そうだと思ったけど公平ないい奴だな」

 

 自分の濡れ衣を払ってくれたことを恩に感じているようにも聞こえるけど、リュディガーがカイに対して何となく引っかかってた事を思い出す。

 

「あまり面倒を起こさないほうが良いよ。それでなくても新規は目立つからね」

「おぉっと、可愛い顔してるのに怖いこと言うな?」

 

 自分より明らかに年下の私が生意気を言ったと思ったのか、カイが誂うように言いながら手を伸ばし目深に被っていた私の帽子のツバを指で弾いた。その拍子に深く被っていた帽子が浮いて顔が晒された。一瞬目が合い、その指がほんの少し前髪に触れた途端、ゾッとして反射的に手を振り払ってしまう。

 

「触らないでっ!」

 

 自分でも驚くほど大きな声が出て、こちらに背を向けていた他の発掘屋の男達も一斉に振り返った。

 

「何やってんだ!?」

 

 誰かがそう言って騒ぎになりかけたのをトミーが慌てて弁明する。

 

「いや違うんだ!ふざけただけだ、大丈夫だ」

 

 必死に話す姿が余計に怪しい感じになっている。

 トミーはちょっと単純だが悪い奴じゃない。それに私が変な反応をしてしまったせいでもあるから助けてあげなきゃね。

 

「みんな気にしないで、大丈夫だから。新規がおいた・・・したから注意しただけ」

 

 気にして無い風にそう言うとみんな呆れたようにハハッと笑った。

 

「エメラルドに手を出そうなんて命知らずだ」

「アイツ死んだな」

 

 顔見知りの男達が口々にそう言ってまた階段の方へ向く。トミーは大きくため息をついてカイに向き直った。

 

「止めてくれよ、寿命が縮む」

「何だよ、別に何もしてない。生意気な子供の相手をしただけだろ?」

「とにかくエメラルドには構うな!悪いなエメラルド、もうあっちへ行くから」


 私は軽く頷き帽子を一層深く被った。

 大丈夫だ。別に手の震えだって直ぐに収まるしここには知っている人が大勢いる。こんな所で何も起きやしない。

 まだ自分の鼓動が大きく聞こえるが何度か深呼吸して気持ちを静めた。

 

 

 どれくらい待ったのか。

 前の方で男達が叫ぶ声がして回収場が開放されたとわかった。階段へ続く列に並び『押すな!』と罵声が飛ぶ中、少しずつ人が進みようやく階段を下りていくと皆が一斉に走り出しそれに続いた。手前の方はとっくに誰かが手を付けクワを振るい発掘を始めている。

 

「おっ、キューブだ。三つもある!」

 

 早速発掘した奴が嬉しそうな声をあげている。アイツはきっと新規だな。

 その近くへ何人か近づいて行ったのを目の端で見ていた。

 せっかくのお宝発見もヘタに騒ぐと横取りされるぞ。キューブは一か所に数個かたまって見つかる事が多いからね。

 

 私はどんどん奥へ走って行き、人がまばらになった辺りでちょっと窪みがある場所を見つけるとそこで止まった。近くには誰もいないので遺物が出てもそっと隠し持つ事が出来そうだ。直ぐにクワを振り上げると発掘に取り掛かった。


 掘り起こさずに何かを発見する事は出来なかったが、二、三回クワを振るとボロっと大きな塊が転がった。

 種類が様々あるキューブだが、これはちょっと大物だ。両手で持つ位の大きさで、下手すればただの石と間違えそうだけどこれは間違いなくキューブだ。一か所から数個見つかる事があるキューブは時々何個か引っ付いて塊で発掘される場合もある。

 早速表面にへばりつく汚れや貝なんかの付着物をポケットから取り出したナイフでこ削ぐと一部に黒くツヤっとした所が見える。

 

 ヤバい!黒キューブっ!

 

 叫びそうになる気持ちをぎゅうっと押さえ付け置いてあった箱に入れると蓋を閉めた。これくらいデカいキューブの塊は私も見たことがない。


 前回の発掘で初めての黒キューブ発見だったのに、今回は黒いだけじゃなく規格外のデカい塊だなんて幸運過ぎでしょ!!まさか魔晶石なの?いやそんな訳ないか。


 ニヤつく顔を帽子で隠しながら続けてクワを振り下ろした。これくらいの成果があれ今日はもう勝ったも同然だが、遺物は一か所にまとめて出ることがある。この機を逃すわけにはいかない。


 そこから数時間、必死にクワを振るった。少し掘り下げて何も出なかったので縦や横に移動しながら辺りを万遍なく発掘していく。幾つかキューブの小さな欠片が出たがそれ以上は何も出なかった。


 一旦、休憩を取る為に印の杭を足元に刺してマークした。発掘を始めた場所はマークしておけば当日は基本的に誰も手をつけてはイケナイ事になっている。

 これも魔導具でブレスレッドと連携している為、他の人が半径三メートル以内に入ってくるとマークする為の杭型の魔導具から警告音が鳴り離れていてもブレスレッドにも知らせが入る。

 もちろんそいつがブレスレッドを持っていたら誰が入っていたかわかる。因みにブレスレッドは外しても船長へ知らせが行くため外して侵入しても調べれば最終的には突き止められる。

 

 杭を刺して更にクワをその横に突き立てわかりやすく誰も近寄らないようにして、蓋をした箱だけ持つと階段へ向かって歩き出した。周りを見ながら歩いていると同じ方向に何人か歩いていた。みんな丁度休みたい時間なんだろうと思っているとその内の一人が急にこちらへ向かって来る。

 

「お~い、エメラルド!」

 

 こいつきっと馬鹿だ。

 

 イラッとする気持ちを隠そうともせずに目を向けるとカイは数メートル手前で止まった。

 

「睨むなよ、謝ろうと思っただけだ」

 

 そのまま近付かず並行してついて来る。

 

「わかった。謝罪は受け入れた。これでもういいでしょ」

 

 付きまとわれたら面倒だ。


 とにかく振り切ろうと足を速める。

 

「そんなにツンツンすんなよ。せっかく可愛い顔してるのにもったいないだろ?」

 

 可愛いと言われてゾッとする。これまで可愛いと言われて良かった事なんてない。新規の奴等が来る度に声をかけられるし付きまとわれる。暫くすると静かになるのは全く相手にしない私に呆れるからだろう。コイツもそれまでの辛抱だろうが下手に関わってしまったからウザさ倍増だ。

 

「いいから放っておいて」

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る