第9話 新規の男2

「リュディガー!聞いてくれ、コイツが俺のキューブを盗りやがった!」


 少し騒ぎが収まって来たのでマルコと一緒に男達をかき分け食堂に入って行った。普段は床に固定されているテーブルが一纏めに端に寄せられベルトで止められている。緊急事態が起こった時に住居区域で人が大勢集まれる場所を確保する為の措置だ。

 広くあけられた空間に床に座り込んでいる若い男が二人。一人は顔見知りのトミーだ。私と同じ発掘屋の仕事をしている。


「盗ってねぇよ。大体キューブは発見次第鑑定に出してポイントに変えるんじゃねぇのかよ?なんで持ってるんだ?」


 新規の男がトミーに殴られたのか頬を赤く腫らしながら痛そうに顔を歪ませる。

 発掘屋が見つけたキューブを鑑定に出さずに隠し持つのはよくあることだ。鑑定に出せば何を見つけたのか、どれくらいの価値があるものを手に入れたのかを知られて、やっかまれたりおこぼれに預かろうと発掘場所に割り込まれたりして妨害される可能性が出てくるからだ。

 新規の男はまだそういう事情を知らないのだろう。どうやら船が大揺れした時にトミーが足を滑らし転んでキューブを無くし、その時側にいたのが新規の男ということか。


「いいから持ってるもん全部出せ!」

「なんで盗って無いのにそんな事しなきゃいけないんだ」

 

 再び言い合いを始めそうな二人を見てリュディガーが割って入る。


「お前、名前は?」

「はぁ?なにお前が仕切ってんだ?」


 新規の男は十九才のリュディガーより年上なのだろう。それなのに偉そうな口をきかれてムッとしてる。


「俺は頼まれてやってるだけだ。気に入らなきゃ船長のモッテンに言え。だが今は名前だ。嫌ならお前って呼ぶぞ?」


 外から来た見知らぬ年上の男に何を言われたってリュディガーが怯む事は無い。ここに来る奴は荒い奴が多いからね。


「チッ、俺はカイだ」

「じゃあ、カイ。このままじゃ収まらんから所持品を出してくれ。濡れ衣ならトミーから詫びが出る」


 カイからすれば周りは敵だらけのようなものだろう。これ以上抵抗しても無駄だと思ったのか、ため息をついたがポケットの中身を全て出し、身体検査も受けた。


「無いな」


 リュディガーがしっかり確認し、トミーの方を見て言った。


「そんなはず無い」

「どんな状況だったか知らないが少なくとも今は持ってない。詫びを入れろ」


 トミーは納得した様子は無いがリュディガーの言う通りブレスレッドを付けている腕を差し出す。


「こういう時の詫びは五千ポイントって決まってる。悪かったな」


 決まりを守らないといざという時自分を守ってもらえなくなるので素直に応じる方がお互いの為だ。だけど新規のカイは持ち物を片付けながら首を横に振る。


「わかってもらえたならもういい」

 

 疑われたカイが詫びのポイントを受け取らなかった事で皆の見る目が一瞬で変わった。トミーも驚いてもう一度ポイントを渡そうとしたが拒否され、何度かやり取りした結果、トミーがカイに船での仕事や生活の事なんかを教えるという所で話が落ち着いた。

 

「上手くやったもんだ。カイって奴は頭がいいな」

 

 マルコがニヤリとして言った。新規に入って来た者が船に馴染むのに一番手っ取り早いのは先輩達に気に入られる事だ。だけどここに居る奴等は誰もかれも偏屈でとっつきにくい。そこで今回の事でトミーがカイと行動を共にしていればそこのところが上手く行きやすくなるという訳らしい。

 

「いやぁ、疑って悪かったよ。お前いい奴じゃないか」

 

 単純なトミーがすっかり気を良くしてカイの肩を親しげに叩く。

 

「いや、俺もちょっと態度が悪かったから」

 

 二人の様子をリュディガーがジッと見ている。もう問題は解決したのにまだ終わっていない感じだ。

 

「トミー、キューブはどうやって無くしたんだ?」

 

 完品なら二、三万ポイントの価値があるはず。そう簡単に放おっておけない。

 

「それがよ、この胸ポケットに入れてボタンを留めてたんだけど、大波ですっ転んだ時にカイと一緒にテーブルがある所まで飛ばされたんだ。その時にカイが俺を後ろから抱きしめるような感じになってよ」

 

 トミーが身振り手振りで説明すると、丁度カイの手がトミーの胸ポケットを掴む形になったという。気づいた時には、ポケットのボタンが外れキューブが無くなっていたらしい。

 話の通りベルトで止めてあったはずのテーブルが二人がぶつかったせいかバラバラに散乱している。

 

「その辺に落ちてるんじゃないか?」

 

 カイが散乱したテーブルに手をかけ退かそうとするのをリュディガーがすかさず止めた。

 

「触るな!こっちでやる」

 

 声の鋭さにカイがビックリしたような顔で手を引っ込めた。直ぐにリュディガーがテーブルからカイを遠ざける。

 

「良いと言うまでここには誰も近寄るな。さっさと飯もらって部屋へ帰れ」

 

 そう言って皆を壁際まで移動させた。

 ここは食堂で皆は食事を取りにここに来ていた。嵐の間は食堂では食事出来ないから簡易食をもらって部屋で食べる為だ。

 

 少し離れた所に列が出来て皆が食事をもらって行く。リュディガーはテーブルを一人で片付けながら床を確認しキューブを探しているようだった。ここで私が手伝うと余計な疑いを産む可能性が出てくるので見ている事しか出来ない。マルコは年寄りだから頼めないしね。

 

 トミーとカイもいなくなりテーブルも片付け終わったけれどキューブは見つからなかった。私が食事をもらって来る間にリュディガーはマルコと少し話し部屋へ戻ることになった。

 黙って部屋へ入ると収納されているテーブルを出しそこへ食事を置く。

 

「なんか気になるの?」

 

 すっきりしない顔のリュディガーを見た。

 

「まぁ、少しな。気にし過ぎだとは思うが……」

 

 テーブルに置いた食事が入ったカゴの中には焼いた干し魚とナッツ、クラッカー、そして野菜の代わりにお湯で解くとドロッとした青臭い汁になる粉末が入っている。これで栄養をとるのでなければ絶対に飲まない味がする。

 味はともかく体の大きいリュディガーには少な過ぎるだろうが仕方が無い。現状では嵐がいつおさまるか、その時に船に損傷無いか、無事に航海が続けられるかどうか不明。もし船が操作不能でどこにも連絡が取れなくなって海を漂うこととなればいつまで耐えなければいけないかわからない。そうなれば一番の問題は食料だから。

 

 ポリポリとナッツを食べるリュディガーの入れ物に私の分のクラッカーを半分入れる。

 

「いいからちゃんと食べろ」

「私はこれで足りるよ。クラッカーは口の中の水分持っていかれるから好きじゃないし。その代わりこれ頂戴」


 リュディガーの分のナッツを一つだけ取ると直ぐに口へ入れた。


「はぁ、わかった。ありがとう」


 ここで言い合っても私が引かないとわかっているリュディガーがやれやれという感じで微笑む。柔らかい表情は私の好きな顔だ。

 

 ドンドンと扉が叩かれピッポの声がした。

 

「俺!」

「誰!?」

 

 と言いつつもドアを開ける。手には食事が入ったカゴを持ちするりと部屋に入るとイスを取り出しテーブルにつく。船の揺れは少し収まってきている。

 

「そっちも大変だったって?」

 

 いきなりリュディガーに話を切り出しながらナッツを口へ入れる。

 

「その話しぶりじゃただ報告を使い走りパシったってだけじゃないのか?」

「あぁ。最初は荷物が転がって壁に穴が開いたって事だったんだけど、そういうつまらないミスがいつもより多目に起きてる事がわかった」

 

 普段から船での荷物の取り扱いは一定の決まりがあって、それに則って配置し収納していく。揺れによって動いた荷は当たりどころが悪ければ大きな事故に繋がりかねないからだ。

 多少の嵐ではそれで事故は防げているはずが、今回は止めていたベルトが緩んでいたり、鍵をかけたはずのドアが開いたりと小さな事で走り回らされていたようだ。

 

「新規が入ったばかりで手順が乱れたのかな?」

「別に初めて新規を受け入れたんじゃないし、嵐だって初めてじゃない。重要な仕事もまだ新規には割り振って無いから単純に気の緩みかなってカルミネが言ってたけどな」

 

 カルミネは船内の物品管理の責任者で一応ピッポの直属上司にあたる。でも物品管理の下にいると言ってもピッポは色々な所へ派遣されて働かされていて、実は船内の情報を密かに集める役目を担っている。


 これって情報屋って事だよね?ちょっと格好良い響きが羨ましい。


「正確には何処に不備が出たんだ?」


 リュディガーが真剣な顔でピッポに問いかけた。


「まぁ、食堂の騒ぎはいいとして、第四デッキの冷凍保存庫の中の棚が崩れたのと、生活物資が保管されている第三デッキの甲板のコンテナの扉が開いて壁が破損。後は第二デッキの研究室の薬剤の使用間違い。目に付く所はそれくらいかな。転んで怪我はいつものようにいたけど大した事ないのばかりだな」


 ふむ、とリュディガーが口元に手をやり考えている。何か気になる事があるみたいだけど確信するまで口にしないのはいつものことだ。


「間違った薬剤はなんだった?」

「まだそこまで把握してない。っていうか、薬剤の取り違えくらいよくある事なんじゃないか?」


 日常作業中のミスは余程危ない物でない限り報告には上がらないだろう。だけど今回はこうしてピッポの耳に入ったってことはそこそこ強めの薬剤かも知れない。


「そこまで騒がれていないならそうかも知れんが……」


 今は嵐にもまれている最中。魔導具を発動しているおかげで、ほとんど船という密室に閉じ込められている状態だ。人害が出るくらい危ない薬剤なら即刻避難指示が出ているだろう。


「まぁ、心配もそろそろ終わりそうだ。嵐も静まるようだし明日には仕事も始められるんじゃないか?」


 ピッポの言葉に窓の外を見ると、確かに雨は小降りになり船の異常な揺れもほとんど感じない。このままいけば朝には晴れ間が期待出来るだろう。

 

「良かった、明日は回収場を総入れ替えする予定だったでしょう?今度こそ大物遺物を発掘するんだから」

「入れ替えならオレも派遣されるかもな。そうなればエメラルドが大物を発掘する所を見届けてやるよ。見つけられれば、だけどな」


 くぅ~、嫌味なピッポをアッと言わせてやりたい!


 回収場は定期的に入れ替えるが、やはり替えたては遺物を発見する確率が高い。勿論ひと目でわかるほど大きな遺物は直ぐに船長命令で回収されて私達にチャンスは無いが、それでも年間に数人が大物を当てて大金を稼ぎ船を降りていく。

 私が知っている最高ポイントは一個で三千万ポイントだ。

 過去には七千万ポイントを当てた奴もいるという。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る