第8話 新規の男1

 ぐぐぐっと一際大きく船が揺れて目が覚めた。

 オジジが籠もってから二日後。まだ嵐は続いているらしく、暴風で船体に雨が叩きつけられる音がする。

 ゆっくりと体を起こして間仕切りのカーテンを開けると直ぐそこにリュディガーがいて窓から外を見ている。


「おはよう……」

「あぁ、起きたのか。おはよう」 


 気になって一緒に窓を覗けば山のようにそそり立つ波が見えた。

 

 おぉ、かなりヤバそう。

 

 するとリュディガーがガシッと私の肩を抱き寄せ、大きな揺れに備えた。途端に船は垂直かと思うほどの波間に吸い込まれ物凄い衝撃と共に大波をかぶった。


 ガガガッ、ダッパーーン!!

 

「わわわわっ!」

 

 ぎゅっとリュディガーのシャツを握って足を踏ん張る。本当ならこんな大波を受ければもっと船は傾き破損なり沈没なりするらしいが魔導具で守られているメルチェーデ号は大丈夫だ。

 

「これは後が大変そうだな」

 

 リュディガーは少し疲れた顔でまだ窓の外を見ながら嘆息する。船は守られているが中にいる人や物はそうではない。固定されている物以外は揺れで動き、人だって転がる。久しぶりの大きな嵐に慣れない連中はきっと肝を冷やし、今頃何かが壊れたり怪我人が出たりして船内が混乱しているだろう。

 

「行くの?」

 

 混乱を収めるために慣れた男手が必要なのはいつもの事だ。私はキツく握っていた彼のシャツを掴む手を離そうと力を緩めた。

 

「いや、まだ呼ばれてない。もう少し後でいいだろう」

 

 そう言って私の髪をクシャと撫でて離れて行く。その背中をぼうっと見ていたがおもむろにカーテンを閉めると着替え始めた。くたびれたズボンに少し大きめの男物のシャツを着て袖を捲って落ちないようにボタンを止める。発掘屋の若い男の子がするのと同じ格好だ。

 

 最近のリュディガーは皆に頼りにされてる。オジジがこの船の所謂幹部のせいもあって何かが起きた時は指示が無くても素早く行動し皆を助ける側にまわることが多い。

 

 そんな時にいつも私の存在が足枷になる。

 

 緊急時はオジジも船長のモッテンに呼ばれて不在の場合がある。その上リュディガーが行かなければならない時、私を一人にさせまいと信頼出来る人を探す手間がかかるのだ。

 

 幼い時はそれでも仕方がなかった。どれだけ記憶力が異常に良くても大人の力にはかなわない。成長した今でも男並みに力が強くなっている訳では無いが、いい加減留守番くらい一人で出来るのに。着替え終わるとカーテンを開きリュディガーの側に行く。ベッドの下段に腰掛けたままで本を読むリュディガーに出来るだけ軽い感じで話しかける。

 

「きっとみんな困ってるよ。行ってくれば?」

「いや、行かない」

 

 本から目を上げずに彼は淡々と言う。

 

「私ももう十五才、後十二日で十六才。成人だよ?大丈夫だから行ってきなよ」

 

 さっきの大波の後から廊下をバタバタ走る音がする。きっと何かあったに違いない。

 

「呼び出されたら行くからいい。十日前に定期便が来たばかりだしな」

 

 半年間隔に来る定期便。つまり見知らぬ乗員が増えたばかりだということだ。アレから何年も経っているのにこの時期だけは過保護が過ぎる。心配してくれているのはわかっているけれど、もう八年も前の事だ。私の記憶だって多少は薄れてきているのにこういう行動を取られると逆にいちいち思い出してしまう。


 その時ドアがドンドンと叩かれた。

 

「リュディガー、頼む。新規の奴等が騒ぎ出してるんだ」

 

 その声は監視屋のマルコだった。マルコもずっと船にいる昔からの知り合いだ。若い頃は結構荒くれだったらしいが、最近は口だけは達者だけどそこそこ老齢で荒事はリュディガーに丸投げだ。

 素早くリュディガーがドアを開けるとマルコが険しい顔を見せた。

 

「慣れない馬鹿共が余裕無くしやがって。他の奴らは船内の損傷報告の確認に出払ってんだ」

 

 そう言って私をチラッと見た。

 

 いや本当に大丈夫だから。

 

「はいはい、呼び出しだよ。いってらっしゃ~い!」

 

 リュディガーの背中を両手で廊下へ押し出そうとしているがビクともしやしない。いつの間にか更に鍛えやがって。

 

「ピッポはどこだ?」

「さっき報告にパシったばっかりだ。アイツがいなくなったのを見計らったみたいに暴れ出しやがって、チッ!」

 

 忌々しそうにマルコが舌打ちする。リュディガーもオジジも居ないときはピッポが私の子守り役な事が多い。

 

「もう、本当に大丈夫だから」

 

 うんざりしながらリュディガーの背中でため息をつくと、食堂のある方からわぁーっと叫ぶ声が聞こえた。

 

「あぁあぁ、本格的に始めやがった!もういいだろう?エメラルドも一緒に連れて来い!」

 

 マルコがそう言い残しまた揺れだした廊下を手摺りを頼りに引き返していく。

 

 え?一緒に!?良いの?

 

 私は驚いたけれど嬉しさが勝ってリュディガーのシャツを掴んで期待満面の笑みで見上げた。

 

「くっ……帽子!!」

「わかってる!」

 

 いつも被っている帽子を掴んで目深に被った。それを確認したリュディガーが私を気にしつつ廊下をダダダッと素早く進む。

 後を追いながらウキウキとする気持ちが込み上げる。これまでは揉め事には出来るだけ近寄らせまいと何かが起こると部屋に押し込まれていた。物語に出てくるお嬢様のような蝶でも花でもない私をそこまで庇う必要は無いというのに成長するほどにそこら辺は厳しく管理されていた気がする。

 だけど船上での生活は単調で楽しみは少ない。その中で新規絡みの小競り合いは時々盛り上がるイベントみたいなもんだ。

 

「いいから早く返しやがれっ!」

 

 怒鳴り声と共にガシャンと何かがぶつかる音がする。

 

「イッテェー!知らねぇって言ってるだろ!」

 

 直ぐに相手も応戦したのかまたバタバタと激しい音がする。食堂のドア付近には男達が詰めかけヤジを飛ばしけしかける。

 

「いけいけ、トミー!新規に負けんな!」

「新規!ここでヤラれたらこの先ずっと負け犬だぞ!」

 

 別にどっちが勝とうが全く関係ない奴等が楽しそうに騒いで、そのせいでなかなか食堂へ入れない。マルコもその手前で立ち止まりいい加減にしろって叫んでるけどそれも煽り声に紛れて盛り上がる要素になっている風に見える。

 

「わぁー、凄い!」

 

 思わずちょっと嬉しそうな声が出てしまいリュディガーに睨まれた。

 

「マルコとそこにいろ」

 

 そう言ってマルコの側に連れて行き私の腕を掴ませた。古株のマルコがいれば体力的には守れなくても気安く話しかける奴が半分位は減るとでも思っているんだろう。

 そこからリュディガーは食堂の入口にむらがる男達を強引にかき分け入って行った。

 

「わぁ、リュディガーだ」

「あぁ、終わったな」

「俺の勝ちだ、ポイント寄こせよ」

「なに偉そうに言ってんだ。ど本命に乗りやがって」

「そうだそうだ、賭けってのは一か八かが醍醐味なんだぞ」

 

 暇な男達が喧嘩の勝敗にポイントをかけていたらしい声が聞こえる。大概はこんな風に終わるパターンなのか大本命リュディガーに乗っかった男がシメシメ顔を浮かべている。

 

「バ~カ、勝てば良いんだよ」

 

 お互いに手首にはめたブレスレッド型の認証タグをカチッと合わせる。この認証タグもロストテクノロジーが組み込まれていて僅かな魔力を通すとポイントのやり取りが出来る魔道具だ。

 こういう金額が低いポイントの移動はある程度本人に操作が一任されているが、大きなポイントのやり取りには船長の承認が必要だ。そして全ての詳細は船長にわかるようになっている。

 船では食事や備品の購入もこれでやり取りしているので仕事をサボればあっという間にポイントが無くなり借金が増えていく。再三の警告の後も改善されない場合、最悪は……いなくなる。まぁ、仕方無い。生きるって大変だからね。


「こんな嵐のなか放り出されたいのは誰だ?」


 リュディガーのよく通る低い声が響くと瞬時に騒がしい声が静まった。

 

 

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