第7話 嵐の夜に2

 海神に対抗するのは並大抵のことではない。

 

「リュディガーを呼ばねばならんかもな」

 

 わしは独り言ちるとエンジンの魔晶石を取り替える為マッコイのいるコントロール装置の横を通り過ぎ裏側へ向かった。そこには既にピッポがいて持って来た箱を床に置いている。

 箱の鍵部分に手を添え魔力を込めて解錠する。この箱には完成された魔晶石が入れてある。ピッポが慣れた手順で箱を開き手袋を嵌めると中から魔晶石を次々と所定の位置に並べていく。

 わしも手袋を嵌めエンジンの後部にある魔晶石が設置されている場所の鍵を開ける。勿論ここも指定された人物の魔力でしか開かないようになっている。

 解錠されると音もなく三十センチ四方のプレートがスルリと下へ吸い込まれ中にある魔晶石が姿を表す。十五センチの正六面体で色とりどりのキューブが複雑に組み合わされたエンジンを動かす専用の魔晶石。

 

「うむ、確かに枯渇しかけとるな」

 

 魔晶石は魔力で満たされている時はそれぞれのキューブが強い輝きを放っているが、目の前のそれは薄ぼんやりとした姿をしている。

 

「直ぐ取り替えるのか?」

 

 ピッポが横から覗き込みながら並べてあった魔晶石を一つ差し出す。

 

「そうじゃな。これでは計算よりもっと早く魔力が尽きそうじゃ」

 

 そう言いながら交換の為に装置を操作するとピッポの手から魔晶石を受け取り中の物と交換しまた素早く複雑な操作を行う。

 

「何回見てもスゲーな。俺も早く操作を覚えたいよ」

 

 若いピッポはまだ魔力の登録もされていない為、雑用以外の仕事は任せてもいない。船の幹部と呼ばれる者達もいつしか歳をとり、少しずつでも若返りをはかりたいものだが信用に値する人物が中々現れない事が目下の悩みだろう。

 ピッポは船に捨てられモッテンが育てた子どもで船以外の世界を知らない。これまで従順とは言えなくともそれなりに信用出来る大人になりつつある。幹部に任命する決定権はモッテンにあるが奴にも複雑な心中があり踏ん切れないようだ。

 

「幹部ともなれば安々と船を降りる事が出来なくなるぞ」

 

 操作を終えひと息ついたところでピッポを見る。

 

「降りるも何もどこへも行くところは無いさ」

「借金さえ返せればどこへ行くのもお前の勝手じゃろ?」

 

 まだ十六才、このままでも遅くとも十年もあれば借金は終わるはずじゃ。

 

「今更陸へ行ってもな」

 

 まだ一度も船を降りたことがないピッポにすれば船での生活が世界の全てに感じるのだろう。じゃがもう少し大人になればモッテンの遣いで陸へ行くことも出てくる。そうなれば狭い船での生活より陸を選ぶかも知れない。

 

 ビーッ!ビーッ!ビーッ!

 

 突然警報が鳴り出す。

 

「ゼバルト!さっさと交換しなきゃ駄目だろっ!」


 マッコイの怒鳴り声に舌打ちをする。


「交換したばかりじゃ!もう枯渇し始めているんか!?」


 慌ててメーターを見ると針がレッドラインにかかっている。


「チッ!直ぐに交換する。その間にピッポはリュディガーを呼んで来い」

「わかった!」


 返事と同時に駆け出すピッポ。わしは置いてある箱の中身を確かめてまた舌打ちする。勿論在庫の数は頭で把握しているが残りはたった十二個。

 リュディガー急げよ。



 

 ビーッ!ビーッ!ビーッ!


 ピッポがエンジンルームを飛び出してから六度目の警報が鳴った。

 素早く交換の操作をすると次の魔晶石と交換し、また交換完了の操作をする。交換された魔晶石は魔力が満タンのはずじゃがみるみる光を失って行く。


 ビーッ!ビーッ!ビーッ!


「だぁー!リュディガーはまだか!?」


 七度目の警報に叫んでいるとドアを叩く音がした。


「マッコイすぐ開けろ!」

「わかっとるわっ!」


 エンジンの出力を操作しているマッコイがドアを開けている間にも魔晶石の交換を急ぐ。


「オジジ来たぞ」


 リュディガーの声に少しばかりホッとしたがまだ油断は出来ん。


「早くを出せ」


 返事も返さずリュディガーがわしの背後の壁側に行くとそこの操作パネルへ魔力を込めた。

 ギュンと光が真一文字に走ると音もなく壁から長方形の箱が押し出されてくる。更に幾つもの光の線が表面を走ると箱は静かに開いた。


 ビーッ!ビーッ!ビーッ!


 その間にも八個目の魔晶石と交換しハラハラしながらリュディガーを待つ。

 リュディガーは手袋を嵌め箱の中から二つの黒い塊を取り出すとこちらへ急いだ。


 ビーッ!ビーッ!ビーッ!


 九個目へ交換するタイミングでリュディガーと場所を交代し、その場を任せた。

 リュディガーは中にあった空っぽの通常の魔晶石を取り出し自分がもっていた黒い塊を代わりに置く。直ぐに操作すると部屋の中にやっと安堵する空気が漂った。ひっきりなしに鳴っていた警報が静まり体の力が抜ける。


「おっと、オジジ大丈夫か?」


 リュディガーが心配そうに椅子に座らせてくれる。


「わしも歳じゃな」


 ホッとため息をつくとリュディガーがニヤリと笑う。


「そうだな。そろそろ引退だ」

「はぁ?そこはそんな事は無いと言うところじゃろ?」


 最近ナマイキになってきた孫を睨みつけたが全く動じていなさそうじゃ。


「お〜い、こっちにも労いを頼む」


 マッコイのグッタリしたような声を聞いてリュディガーが肩をすくめる。


「俺は本当は爺様達の介護に呼ばれたのか」


 憎まれ口を叩きながら用意してあったグラスに水を注ぎわしとマッコイに渡してくれる。


「ナマイキ抜かすな若造が。女の一人もモノにできんヘタレが」


 マッコイに痛いとこを突かれリュディガーの動きが止まる。


「う、うるせぇ」


 小声で言い返すのがやっとのようじゃ。


 二人のやり取りを横目で見ながらエンジンの動きを観察する。さっき迄の騒々しさは消え落ち着いた状況。黒キューブはそれ一つで通常の魔晶石よりも遥かに多くの魔力を内包する事が出来る。

 小さな黒キューブ一つで通常の魔晶石の十倍以上の魔力を持つ事ができ、魔力の消費量は十分の一で済むため少なくとも百倍は下らない力があるとされている。

 じゃがこれに魔力を充填するのはかなり時間がかかる。通常よりも多くの魔力を充填出来るという事は通常よりも多くの魔力を必要とするということになる。


 通常は。


 ひと息ついた様子にリュディガーは自分の仕事は終わったと感じたのかさっき黒魔晶石を取り出した箱へ近づき振り返る。


「二個あればいけるよな?」

「あぁ、無理ならまた呼び出す」


 答えを聞いてフタを閉じ魔力を込めると箱は再び音も無く壁に吸い込まれていく。

 この箱はリュディガーにしか扱えないリュディガーの大物遺物じゃ。

 この謎多き遺物で黒魔晶石に魔力を充填すると通常の魔晶石に充填するよりも早く、少ない魔力量で満タンになる。

 これを扱えるのもリュディガーだけ……全く、難儀なことじゃ。



 






 

 

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