第6話 嵐の夜に1
嵐などいつもの事じゃ。
寄る年波に勝てず重くなった腰を上げるとベッドからヨッコラショと下りる。
「船長が呼んでたぞ」
最近一層体格が良くなった孫のリュディガーが熔鉱炉の仕事から帰って来て言う。
三年ほど前に船の中でも体力的にキツイとされる熔鉱炉での仕事を希望した事に驚きはなかった。仕事の異動は十四才の頃からの希望だったが流石にまだ線の細い少年という感じで皆に反対され仕方なく他の仕事をしながら自分で身体を鍛えていたようじゃ。その間、知識も蓄えていたので特段言う事はなかった。
エメラルドが攫われた事件は我々古株の連中ばかりでなくリュディガーにも相当なショックを与えた。
出自の不明なエメラルドをひっそりと育てる事に多少の衝突はあったが総じて皆子どもを守りたいと思っている連中ばかりだったのが幸いした。
古代文明エウテュテモスが滅亡し、世界の殆どの人々が死に絶えたであろう事は想像に難くない。
言い伝えに寄れば文明の滅亡は栄え過ぎ発達し過ぎた故の末路だとか。
空を突き破り星を浮べ、山を削り海を埋め立て、どこまでも際限なく手を広げ、それでも飽き足らず他国を攻め滅ぼさんと始めた戦争で使われた魔導具が暴走し世界は滅びたと言われる。
人々は残された陸と文明の残骸と共に必死に助け合い生き延びた。
それから数百年。同じ事を繰り返す訳にはいかない。
「嵐が来るなら当分熔鉱炉は火を落としたままになるんでしょ?いつも通りオジジは籠もるの?」
首を傾げるように振り返りエメラルドが言う。
十五、いやもうすぐ十六才か。
本来なら長く伸ばし美しく手入れをされ人目を引いたであろう金色の髪を、短く帽子におさまるように切っている。あれ以来この娘なりに身を守ろうとしての事だろうが、容姿を褒められる事を極端に嫌がる。しかし髪が短くても男のような格好をしても美しく成長していくことは隠し切れるものでもないじゃろう。
まぁこれはこれで可愛いしの。
「そうなる。エメラルドは出来るだけ部屋を出るな。発掘屋も仕事は無いだろうし、リュディガーと一緒にいろ」
黙ってリュディガーと頷き合いモッテンの所へ向かった。
船は魔導具によって守られている。
多少の嵐など問題では無いが熔鉱炉の火を落としたとなるとかなりの規模のようじゃ。
船を守る魔導具は船体の安定と障害物からの守りに徹している。
普段航行中の障害物といえば大型海洋生物が殆どじゃ。船から特殊な魔力を発生させ大概のものは近付いては来ないが時折それを突破してくる物がいる。それが嵐に紛れて来た時には気の抜けぬ時間を迎えなければならない。
第一デッキまで来ると操舵室へ入って行った。
「てめえら気を抜くんじゃねぇぞ!いつもの腑抜けた態度で仕事しやがったら嵐の中にぶち込んでやるからなっ!」
船長モッテンの怒鳴り声が響くが部屋の中の誰も気にしている様子はない。ここに居る三人の男達は儂がメルチェーデ号で海へ出た時から変わらないベテランばかりじゃ。
「何か来てるか?」
船に接近して来る物体をいち早く察知するレーダーという魔導具を操っているハーラルトに尋ねた。
「……」
若い奴らから影でその声を聞く事ができた日はラッキーだと言われるほど無口なハーラルトがレーダーから片時も目を離さずに無言で首を横にふる。
「ゼバルト、今の出力で三日間航行を行ったとして必要な魔力を計算してくれ」
ヨッヘムが船のエンジンを動かしている魔導具の魔力の残量へ目を向けながら指示してくる。ヨッヘムの助手をしているザシャの前にある出力を表すメーターはほぼ振り切っていて針がブルブルと震えている。
これは相当な嵐が来ているようだ。
魔導具が船体の揺れを調節しているとはいえ嵐が強力であれば消費する魔力量も増えていく。これに加えて船にとって何か脅威が接近して来れば船体の安定より防御に魔力を多く振り分けなければならない。
いつもの装置の前に座るとエンジンの出力と魔力の残量をチェックし時間毎の消費量を測っていく。大型の魔導具にはそれぞれに応じた魔晶石が組み込まれ、魔晶石へ魔力を込めることによって起動し使う事が出来る。つまり古代文明の偉大な装置とはいえ魔力がなければただのガラクタだ。
「ヨッヘム、もって二日じゃ」
大凡ではあるが計算結果を伝えると船長モッテンが舌打ちする。
「チッ!なんて役立たずな魔導具なんだ。
文句を言って立ち上がり部屋を出るモッテンの後ろについて行くと船長室へ向かった。一階下の第二デッキにある船長室の前には既にピッポがいてこちらを見ると嫌そうな顔をする。
「緊急事態なのか……」
手順通り待機していたようだが本当にそうだと決まるとうんざりしてしまうものだ。
「ピッポ!ボックスを持ってゼバルトと動力室へ向え!」
そう言ってモッテンが足速に部屋へ入り執務机の後ろにある棚の前に立つ。中程にある装置へ手をかざし魔力を込めて鍵を開けると音もなく引き出しが出て来た。そこに仕舞ってあった両手で抱える程の箱をピッポに持つように顎で示すと、
「早く行け!」
追い出されるように二人で第五デッキへ向かう。
後ろから「すっ転ぶんじゃねぇぞ!なにか食うもんも持って行けよ!長丁場になるから交代で休むのを忘れんじゃねぇぞ馬鹿野郎ども!」と叫んでいた事にピッポと顔を見合わせてやれやれと笑った。
普段と違い足を踏ん張り通路の手摺りを掴まなければいけないほど揺れる船の中を進み後方に位置する動力室へ到着した。
「こんなに揺れるなら相当だな。新規達も乗って早々気の毒なこった」
数日前にメルチェーデ号に稼ぎに来た新規の奴らはここでの生活にまだ慣れていない。おまけにこんな大きな嵐に巻き込まれたのだから今頃奴らの船室は阿鼻叫喚じゃろう。まぁ、これも試練じゃな。
先を歩いていたピッポがボヤキながらドアの前に来ると場所を開けた。動力室へ入るのは船長によって選ばれた者の魔力を込める必要があるからだ。
ドアノブを握り魔力を込めて押し開くとそこには広い空間があり、その中央に巨大なエンジンが設置されている。それは第五デッキの床下に続く装置で、船を動かす動力であり、船を支える魔導具でもある。
最大出力で稼働している魔導具は幾つかの丸い平たいパーツが重なって円柱の形をしており、それぞれが個別に回転することによって力を発揮し船を動かしたり守ったりしている。
普段の航行では第一デッキで操作すれば十分だが、大型の嵐となると操作が追いつかない状況になる。魔力消費も尋常でなくなり外部からの魔力供給では間に合わず魔晶石そのものを交換しなければならなくなる。
エンジン用魔晶石は予備が幾つか用意されているが、緊急事態では補充がおいつかなくなる。
船には魔晶石に魔力を補充する装置があり、そこに乗船している者達から少しずつ集められた魔力が充てられる。全員に装着が義務付けられているブレスレットがその回収装着だ。
「ゼバルト!やっと来たか。早速だが入れ替えを頼む」
先に動力室につめていたマッコイが額の汗を拭いながら言った。
「もう駄目か!?」
さっき操舵室で見た時はもう少し余裕があったと思ったが。
「どうもおかしな海流に巻き込まれてる。海神の棲家に引き込まれそうだぞ!」
昔から船が跡形もなく消えてしまう現象を『海神の棲家に引き込まれた』と言われている。要するに嵐で船が木っ端微塵になるという事じゃ。
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