第4話 捨てられっ子と拾われっ子

「今日は甲板だったの?」


 私はピッポに尋ねた。

 聞いてた予定ではエンジンルームの助手でいつ終わるかわからないって言ってたからだ。


「あぁ、急遽足りないからってそっちへ行かされた。誰かが落ちて足折ったらしい」


 高所作業もある甲板の仕事は天候に寄って危険度が増す。その為、身の軽いピッポはよく予定を変更されそこへ派遣されるのだ。だが日が暮れてくると手元が暗くなるのできっちりと時間通りに仕事が終われるので一緒に食事がとれたのだ。

 

 さっきまで穏やかだった船が急にぐぐぐっと傾く。

 

「おっとと」

 

 ピッポがトレーの上で滑っていくコップをサッと掴んだが、食べている手は休めない。パンを縦半分に割ってそこへ焼き魚を挟んで食べている。

 

「はじめから挟んどいてもらえたら楽なんだけどな」


 ガツガツと食べる姿に品は感じられない。


「全員の分挟むのは手間がかかるし別々がいい人もいるからでしょう」


 私も人の事は言えないがそれでもまだましな手つきで食べ終わる。


「なるほどね~」


 ピッポは私より一つ年上の十六才。明るい性格で軽い口調のいい奴だ。


 小さい頃、昼間は同じような年頃の子供ばかりが集められた部屋に押し込まれてよく遊んでいた。オジジは学者として毎日仕事があったし、リュディガーも七才の頃から掃除や洗濯や雑用をして働いていて幼い私の面倒を見る人がいなかったからだ。

 

 ピッポは私と一緒で親がいない。

 

 私は拾われっ子と言われたがピッポは捨てられっ子と言われていた。

 

 彼の親は船を降りる時にまだ乳飲み子だった彼を置いていったのだ。ここではそう珍しくない。大物遺物は簡単に発掘出来るわけもなく、殆どの人は僅かな稼ぎを貯めて船を降りていく。誰だって揺れない安全な陸が良いという。だが陸で豊かな暮らしが保証されている訳はなく、足手まといの赤ん坊が置いていかれるのだ。


 一応船長の計らいで育ててもらえるが無料ただではなく、成長すればそれまでかかった費用を船で働いて返さなければいけない。よほど頑張らなければ船から降りれるほど稼ぐことは出来ないけれど不可能というわけではなく、その境遇から陸へ行く人もチラホラいるようだ。


「早く食べてエメラルドと前の続きをやるといい」


 オジジはピッポにそう言って自らも鑑定の続きをするために自分のベッド戻って行った。


「はーい、今日も宜しくお願いしまっす!」


 ピッポはわざとらしく陽気に言いながらテーブルの上を片付け始める。私もオジジの分の食器も一緒にトレーにまとめてテーブルから入口横の棚に移していく。そしてその棚の下に置いてあった本を二冊取り出し、テーブルへ持って行く。


「はい、こっちがピッポ」


 薄い方を差し出すと、残った分厚い本をドンとテーブルに置き栞を挟んである部分を開く。

 私は小さい頃から夕食後寝るまでの時間、オジジから色々な事を教わっている。

 文字の読み書きを始め、自分が住むこの船の事、大陸の事、古代文明の事、魔力の事。知識が豊富なオジジはあらゆる事を私に教えてくれる。


 私は幼い頃からちょっと人とは違った。

 全部というわけではないが、オジジに拾われた頃からの鮮明な記憶があるのだ。

 暗い何も見えない空間から突如光が差し込みそこに驚き目を見開いた今とあまり風貌が変わらないオジジと幼い顔のリュディガーがいた事をハッキリと覚えている。

 最初はみんな同じ様に赤ん坊の頃の事を覚えているんだと思っていた。その時はそれが生まれた時の記憶だと思ってみんなに話したら嘘つきだと笑われた。

 悔しくてオジジに話したら、その時の記憶を事細かに聞かれオジジの記憶と照合した結果、私が正しいことがわかった。勿論それは生まれた時の記憶では無く、拾われた時の記憶だ。


 オジジは私が嘘つきでないと証明してくれた。ただ、その事は誰にも話すなと言われた。


 人は時に異質な物に敵意を感じ攻撃的になる場合があるから、と。

 お互いの身の安全の為に私の記憶はオジジとリュディガーだけが知る秘密となった。



「これなんて読むんだ?」

「うん?それこの前教えたでしょ、カイリュウよ海流。一定方向に流れる海水の運動の事だよ」

「あぁ、そうだった」


 ピッポはまだ字を覚え始めた所で、今は簡単な文章を読む勉強をしている。

 私は簡単な読み書きを三才で覚えた。リュディガーが教えてもらっている横で同じように覚えていったのだ。オジジがかなり驚いてリュディガーが複雑そうな顔で固まっていた事を覚えている。


「エメラルドは今日は何の本を読んでるんだ?」

「これ?『キューブの組み換え変換、応用編』よ」


 ピッポの持っている本の三倍ほどの厚みがあるそれの表紙を見せながら話す。

 コイツは私が異常な記憶力を持っている事について薄々感づいているが何も言ってこない。ただ、私が年に似合わない話し方や知識を持っている事に触発されたのか、最近自分も勉強がしたいとオジジに頼み込んできた。

 

「相変わらず難しい本を読んでいやがる。俺もその内お前より難しい本を読んでやるからな」


 なんだかライバル心を持たれてしまっているがピッポが私に追いつくとは思えない。それはピッポが馬鹿なせいではなく、圧倒的に時間が足りないせいであり、私が異常に記憶力が良いせいだがこれは言わなくていい事だな。

 船長に借金があるピッポは色々な仕事場に派遣され、安いポイントでこき使われている。そんな難しい立場のピッポだが元気で頑張る姿はちょっと尊敬出来る。


 勉強している最中にも船の揺れは段々と激しくなっていった。

 壁に一辺を固定されているテーブルは滑っていくことはないが、流石に折りたたみイスが揺れに合わせてスイっと動く。


「今夜はもう無理かな」


 覚えた単語を書き出していたピッポがそう言ってペンを置いた。これくらいの揺れは慣れっこだが、もう時間も遅い。片付けをし、イスをたたんでベッドの下へ入れると「お休み」と言って自分の部屋へ帰って行った。


 オジジも手を休めそろそろ寝ようかと話していると急に鍵を開ける音がしドアが開かれリュディガーが帰って来た。


「お帰り、夜勤は?」


 いつもなら朝まで帰って来ないはず。


「予想より海が荒れだしたから一旦、炉の火を落とす事になった」


 そう話しながらリュディガーが首にかけていたタオルでまだ濡れている髪をワシャワシャと拭いた。シャワーで汗を流してきたんだろう。

 熔鉱炉の仕事についているものはいつでもシャワーが使える。他にもエンジンルームで働く者や、船長や幹部の奴等もそうだ。

 船では真水が貴重なため普通の乗組員は三日に一度しかシャワーが使えないので女子的にはかなり厳しい。でも飲み水以外に一人一日桶に一杯は使っていい事になっているのでそれを使って身体をキレイにするしかない。なのでリュディガーの方がいつも清潔な感じがしてちょっとイラつく。


 リュディガーの話を聞いたオジジがやれやれという感じでベッドから下りてきた。「船長が呼んでたぞ」とリュディガーが言うのと同時だ。


 普通は熔鉱炉は二十四時間稼働し続けているものだ。回収した漂流物の中の鉄を溶かし保管と持ち運びしやすいように小さな粒状に加工するためだ。粒状になった鉄がある程度貯まると船は自国の陸へ近づき卸していく。取引相手は勿論自国で、そこから色々な人の手に渡っていくらしい。


 大海の只中にある回収船は一度海が荒れるとまるで小さな流木のように波にのまれ浮き沈みを繰り返す。その中で簡単に沈没しないのはこの船自体が巨大な魔導具だからだ。

 船の動力部、船体の一部に使われているロストテクノロジーはどんな大きな嵐が来ても決して沈まない不思議な力を持っている。

 どのような装置が取り付けられているのかは、船長モッテンと幹部しか知ることはない。

 ただ噂によると巨大な魔晶石が船の動力の中心にあって、それに魔力を込める事で船が動かされているらしい。

 その力は船体にも使われていて、激しい波や、正体不明の未確認生物にぶつかったって壊れることはないと言われている。


「嵐が来るなら当分熔鉱炉は火を落としたままになるんでしょ?いつも通りオジジは籠もるの?」


 呼び出しに応じてオジジが部屋を出る支度をしているのを手伝いながら尋ねた。


「そうなる。エメラルドは出来るだけ部屋を出るな。発掘屋も仕事は無いだろうし、リュディガーと一緒にいろ」

「うん……わかってる。ピッポを入れてもいい?」

「あぁ、構わん。どうせ収まるまでワシは戻れんじゃろ」


 大きな鞄と特製マイクロスコープを持ってオジジがドアを開ける。

 部屋を出ようとして振り返り、リュディガーを見るとお互いに頷き合って、最後に私をチラッと見てドアを閉めた。





 

 

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