第11話 青白い炎
エルトゥーダの手のひらで炎の矢が形を成し始めた瞬間、空気が震え始める。
その燦然たる赤き炎は急速に膨らみ、力強さを増していき青白い閃光に変貌していく。
空気中の埃や塵が燃え尽きる音が微かに聞こえた途端。
まるで金属が溶けて再び固まるかのように、滑らかで完璧な矢となっていく。
炎の矢はエルトゥーダの手の中で脈動し、まるで生きているかのように微かに震えた。
その鋭い光は、部屋の穴を通してユミと黒帽子の仮面かいる部屋を熱く照らし出すだけに収まらず、周囲にまるで青くなった昼間が訪れたかと錯覚させるほどの照度を放った。
ゴミ山や崩れかけた建物の輪郭が明らかになり、その影は炎の光に反応してさらに深く、黒く沈み込む。
熱がエルトゥーダの顔を撫で、その頬を涙が伝う。
それは通常の涙ではなく、暗紅色に染まった血涙。
鼻からも同様に血が溢れ出し、真っ赤な筋が唇を伝い、顎を通って滴り落ちている。
「く……くたばれ……」
とエルトゥーダはひねり出すように吐露し、青白い炎の矢を黒帽子の仮面に向けて放った。
矢はエルトゥーダの手を離れると、その軌道を熱で歪めながら部屋の穴を迅速にくぐり抜け、黒帽子の仮面に向かって一直線に飛んでいき直撃する。
炎の矢と共に黒帽子の仮面は壁を突き破る形で、外に放り出された。
黒帽子の仮面と矢は一体のようになり、空中を突き進み、近くの3階建ての石造りの廃墟へと激突する。
激しい衝突音が響き渡り、次の瞬間、矢はまるで命を解放するかのように青白い大爆発を起こした。
巨大な火柱が立ち上がり、青白い炎が夜空を照らしながら渦を巻き、夜の静寂を破る轟音が周囲を引き裂く。
廃墟の石造りの壁は猛烈な衝撃波により音を立てて崩れる。
さらにその衝撃波によって石の破片が四方八方に飛び散り、まるで砲弾のように周囲の地面や他の建物に突き刺さる。
爆発から数秒後、青白い炎は急速に魔法の効力を失い始める。
激しく燃え上がっていた炎は勢いを失い、青白い輝きが薄れ、炎の色は次第に淡くなり、消滅し、廃墟の跡地には濃い煙が立ち昇った。
その煙は廃墟の残骸から絶え間なく立ち上り、風に乗ってゆっくりと周囲に広がっていく。
煙は夜の冷たい空気と混ざり合い、視界をぼんやりと曇らせた。
「ゴホッ!! ゴホッ!! ゴホッ!! おええええッ!!」
煙の中に充満する焦げた石や木の匂いが鼻をつく中、エルトゥーダは血が大量に混じった嘔吐を繰り返していた。
赤黒い血の塊が地面に飛び散っている。
目の縁から滲み出る血涙も鼻からも止めどなく溢れる血も止まらない。
息をするたびに熱い鉄の味が口の中に広がり、鋭く、焼けるように熱く、瞬間的に爆発してはじけ飛ぶような激痛が体を襲う。
指を動かそうと試みるが、神経が火花を散らすかのようにビリビリと痺れ、わずかな動きでも激痛が走った。
背中を反らすと、背骨がバキバキと音を立て、内臓が押し潰されるような感覚に襲われる。
頭痛もあり、まるで頭蓋骨の内側が膨張し、脳が圧迫されているかのような圧力がエルトゥーダを蝕む。
反動は覚悟していた。
レベル27の攻撃特化魔法なんていうどう考えても無茶な魔法。
だが、あいつを確実に仕留めるにはこれほどまで上げないと駄目だと思った。
そもそも発動できる保証もなかったし……完全に賭けだった。
だから発動出来たらラッキー。
反動ぐらい受け入れてやると思っていた。
「だ……だが……こ……こまで……激しい反動が……来る……とは……笑えるな……生き残る……ために……魔法を使ったのに……その魔法を使ったこと……によって……死ぬんだから……」
「お……おい……エ……エルトゥーダ……生きてるか……」
と煙の中からユミが現れる。
その皮膚は火傷で赤く腫れ上がり、一部の服は熱で焼き飛ばされ、所々焦げ跡が残っている。
「ゆ……ユミ……」
「い……今は無理に喋ろうとすんな……ほ……ほら肩貸してやるから」
ユミはエルトゥーダの傍に膝をつき、肩を抱え起こそうとした。
「い……いぎゃあ……」
しかし、エルトゥーダが痛みでうめき声を上げる。
「くそ……悪いが我慢してくれ……取り敢えず俺のい――」
ユミの言葉は途中で空気が裂けるような音に変わった。
それはユミの頭が破裂した音だった。
鮮血と脳漿が四方に飛び散り、エルトゥーダの顔や服にそれは降り注ぐ。
そしてユミの体とともにエルトゥーダは地面に崩れ落ちる。
「ぁ……ぁ……」
エルトゥーダは体中の激痛を一時的に忘れるほどの恐怖を目撃する。
そう、目の前に大した外傷もない黒帽子の仮面が立っていたのだ。
ま……まじかよ……全然効いてねぇ……
黒帽子の仮面はエルトゥーダに向けて歩みを進める。
これは……もう……無理だな……
とエルトゥーダは目を瞑って覚悟する。
「
突如、どこからか聞き覚えがある声が響き、黒帽子の仮面が立っている地面に複雑な紋様が現れ、そこから無数の鎖が出現した。
それらの鎖は生き物のように蠢き、まるで獲物を狙う蛇のように黒帽子の仮面の周囲を取り囲み、全身を巻き込み始める。
「
「
濃い霧の中、視界は限られていたが、何か小柄で柔らかいものが自分に抱きついてきたのはわかった。
そしてすぐに自分の体が地面から離れて急上昇する感覚に襲われた。
周囲の濃霧が急速に遠ざかり、視界が急激に広がっていく。
下方に広がる真っ白な霧の海を抜け、風が肌を切り裂くように吹き抜け、冷たさが骨まで染みるが、その小柄な存在がしっかりと自分を抱きしめてくれているおかげで、不思議と恐怖は感じなかった。
霧を抜けた時、自身を抱きしめている透明な者の輪郭が徐々に現れ始める。
「リ……リト……?」
リトの姿を確認した瞬間、エルトゥーダの視界がぼやけ始めた。
視界の隅が暗くなり、周囲の音が遠くなる。
痛みが意識を奪い、何度もまばたきを繰り返しても、瞼はますます重く感じた。
そして、痛みも、疲労も、何もかもが消え去り全てが闇に包まれた。
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