第10話 軽率
街灯の光は薄暗く、ほとんどが壊れているか点滅している。
エルトゥーダが入った場所は屋台や小さな店舗や古びたレンガ造りの建物がひしめき合い、路地裏には雑草が生い茂り、そこらにゴミ袋が積み上げられている。
エルトゥーダはその間を縫うようにして疲れ切った体に鞭を打ち、心の中で繰り返し「止まるな」と叫びながら走った。
市場の店はほとんどが閉まっているが、所々に明かりが漏れている場所があり、その中からは物音や低い声が聞こえてくる。
エルトゥーダはできるだけそれらを避け、暗がりの中を進んだ。
市場の狭い通りを抜けると、さらに狭い裏路地へと差し掛かる。
ここでは、建物がさらに近く、通路はほとんど隙間のようになっている。
エルトゥーダの息は上がり、肺が酸欠で痛みを訴えていた。
口内には鉄錆びのような血の味が広がり、喉が焼けるように感じた。
それでも、エルトゥーダは無我夢中で走り続けた。
心臓の鼓動は耳元で爆音のように響き、視界は揺れ動く影と明暗のコントラストに支配されていた。
狭い路地を曲がりくねり、古びた建物の壁に手を触れながら進む。
通路はまるで迷路のようで、何度も行き止まりに突き当たり、その度に方向を変えて再び走り出す。
足元は凹凸が激しく、エルトゥーダは何度もつまずきそうになりながらも、決して止まらなかった。
薄暗いランタンの灯りが、隠れ家の部屋をぼんやりと照らしていており、カムイとイロハとミナイとユミとジュレはそこで静かに待っていた。
「100000エセリウムかぁ……何というか……感慨深いですね……地道にやってらりゃこんなチャンスが舞い込んでくるなんて……」
イロハはふと口を開き呟いた。
「そうだな……やっとだ……やっと。俺たちはまともな生活を……そして夢を追いかけることができる。」
カムイは静かに頷きながら答えた。
その瞬間、扉が勢いよく開いた。
そこから息が乱れ、汗にまみれたエルトゥーダが倒れ込むように入ってきた。
「おいおい。なんだぁ? 治安に追い回されたのか? 他の連中は?」
とジュレが倒れ込んで汗にまみれたエルトゥーダの顔を覗き込んで質問する。
「…………」
「……おい。他の連中は?」
とユミがエルトゥーダの様子から違和感を感じ、質問する。
「…………」
とエルトゥーダは黙り込んで目を逸らす。
「おまえら……まさか……失敗したのか?」
ユミがエルトゥーダの胸ぐらを掴む。
「てめぇ!! ふざけてんのかぁ!! こんなチャンスもねぇんだぞ!! なんで今回は失敗してんだよ!!」
ユミが怒号を放つと、エルトゥーダがユミの胸ぐらを掴み返す。
「ふ……ふざけんな……だと……それはこっちのセリフだッ!! 何が護衛は付いていないだ!! てめぇの誤情報がなけりゃあ ゴホッ! ゴホッ!」
とエルトゥーダは怒号を上げようとしたが、酸欠のためむせ返ってしまう。
「取り合えず、これを飲め。」
カムイは瓶に入った水をエルトゥーダに渡した。
エルトゥーダはそれを勢い良く飲み干し、しばらく深呼吸をして呼吸を整えた。
「それで……何があったんだ?」
とカムイはエルトゥーダの呼吸が落ち着いたタイミングで質問した。
「……あの貴族は強力な護衛を一人付けていました。その護衛によってまず実行役のユキオ、ルシードが殺され、そして隠れていた僕ら3人もその護衛に見つかり、ハザマとタクは家の瓦のようなものを投げつけられて殺されました。」
エルトゥーダの報告に部屋は一瞬にして凍りついた。
薄暗いランタンの灯りが揺れ、沈黙が支配する空間に重苦しい雰囲気が漂う。
「そ……そんな……情報では……あの貴族は護衛を付けないって……」
ユミは困惑し、言葉を絞り出した。
「そうか……4人死んだのか……」
カムイは深い溜息をつき、目を閉じる。
「すまなかった。俺が軽率な判断をしたせいだ……」
目を開けてカムイは謝罪した。
部屋の中には先ほどまであった夢や希望は全く感じられなかった。
希望に満ちていた空間は、絶望と後悔に覆われる。
「それにしても、よく逃げ切れたな……」
とイロハがエルトゥーダに告げる。
「イロハが考えてくれた逃走ルートがなきゃ、僕も死んでた。まじで助かったよ。」
「そうか……まぁ、お前だけでも逃げ切れたならよかったけどよ。」
「今回、お前には悪いことをしたな、後で謝罪の意を込めて6000エセリウムほど渡す。」
「なるほど、ここが害虫どもの巣のようだな。」
とカムイの言葉とともにドアの外から別の声が混じった。
六人の心臓は一斉に跳ね上がり振り返ると、ドアが勢いよく蹴り破られ、黒帽子の仮面が現れた。
「そ……そんな……馬鹿な……」
とエルトゥーダは呟きながらも、理解した。
もうとっくの前に僕は追い付かれていたんだ。
そして奴は……僕がそのまま本拠地に帰ると思って尾けていたんだッ!!
エルトゥーダが黒帽子の仮面の行動を理解した瞬間、黒帽子の仮面は目にも留まらぬ速さでエルトゥーダに向かって蹴りを繰り出した。
エルトゥーダは本能的に近くの椅子を手に取り、それを盾にして身を守ろうとした。
蹴りが椅子に直撃し、その瞬間、衝撃がエルトゥーダの全身に伝わる。
直撃は避けたものの、その威力の余波は凄まじかった。
椅子は粉々に砕け散り、エルトゥーダはその力に押し流されるようにして後方に吹っ飛ばされる。
エルトゥーダの体は木製の壁を突き破り、外へと放り出された。
木片と共に宙を舞い、地面に激しく叩きつけられて背中に走る激痛と、息が詰まるような衝撃が彼の意識を揺さぶった。
室内では、カムイや他の仲間たちがその光景に目を見開き、瞬時に理解した。
黒帽子の仮面の圧倒的な力と速さを。
黒帽子の仮面は再び途轍もない速度で動き、次の瞬間にはその手でジュレの左胸を貫いていた。
「あ……え……」
ジュレの口から驚愕の声が漏れた。
ジュレの身体全体が激しく痙攣し、ジュレは喉を焼くような熱い液体が逆流するのを感じた。
そしてそれは噴水のように口から溢れ出し、ジュレの服や地面を真紅に染め上げた。
黒帽子の仮面が胸から手を引き抜くとジュレはそのまま白目を剥いて、その場に倒れ込む。
そして次に黒帽子の仮面はカムイを見る。
「あ……ああ……」
カムイの全身は恐怖に凍りついていた。
心臓が強く打ち、その音が耳の奥でこだまする。
全身の筋肉が緊張し、まるで鋼鉄の鎖で縛られているかのように動けない。
冷たい汗が背中を流れ、衣服が肌に張り付く感覚すらもカムイをさらに恐怖の深淵へと引きずり込んでいく。
し……死ぬ……これから1秒後に……。
目の前の景色はぼやけて見え、頭の中は恐怖の渦でいっぱいだった。
何度も「動け」と自分に言い聞かせたが、身体はその命令にまったく従わない。
「今だッ!!」
ユミが叫んだ瞬間。
ユミ、イロハ、ミナイが同時に黒帽子の仮面に抱き着く形で飛びかかり、奴を抑え込んだ。
「リーダー!! 今のうちに殺ってください!」とイロハが絶望と希望が入り混じった、全てを賭けた叫びを上げる。
カムイは我を取り戻し、近くの短刀を黒帽子の仮面に向けて刺し込もうとする。
しかし、それよりも速く黒帽子の仮面は体を捩り、三人をいとも簡単に投げ飛ばした。
ユミ、イロハ、ミナイは無力に空中を舞い、壁や床に叩きつけられる。
「うおおおお!!!!」
とカムイは短刀をそのまま黒帽子の仮面に向けて刺し込もうとするがその腕をあっさりと受け止められる。
そして次の瞬間、カムイの腕から音がした。
鈍いがはっきりとした音、まるで木の枝が折れるような、だがずっと生々しい音だ。
そう腕の骨がその黒帽子の仮面の握力に耐えられず、折れたのだ。
折れた骨が皮膚の内側で不自然な角度を描き、血管が圧迫されて内出血が始まっている。
「うがああああああああ!!」
とカムイは絶叫し短刀を腕から落とすが、地面に短刀が落ちる前に黒帽子の仮面が短刀をキャッチした。
そして黒帽子の仮面は短刀をカムイの腹部に突き刺す。
痛みが脳天を貫く。
黒帽子の仮面はそのまま短刀をリズミカルにカムイの身体に突き刺し、休むことなく彼の肉を切り裂いていく。
深く突き刺さるたびに、カムイの体は激しく震え、血肉が四方に飛び散る。
次々と押し寄せる激痛に、カムイの意識は急速に遠のいていく。
最後の一撃が頭を貫いたとき、カムイの視界は完全に暗転し、全身の力が抜けた。
カムイはその場に崩れ落ち、冷たい地面に横たわる。
「ああああああ!!!!」と恐怖の絶叫を上げてミナイとイロハはその場から逃走を図る。
しかし、黒帽子の仮面が二人を逃がすわけもなく素早く地面を蹴り上げて逃げる二人の頭を鷲掴みにし床に叩きつけた。
鈍い音と共に木製の床にひび割れが走る。
その手は、そのまま二人の頭を掴み続け、徐々に握り込む力を強めていった。
骨が軋む音が空間を切り裂き、血が滲み出す。
「ぎゃああああああああ!!!!」
二人の叫び声が響き渡る中、二人の骨が軋む音が空間を切り裂き続け、皮膚が破れ、血と脳漿が滲み出す。
そして頭蓋骨が粉々に砕け、内容物が四方に飛び散る。
中から溢れ出る血と脳漿が黒帽子の仮面の手をさらに汚す。
そして、黒帽子の仮面は後ろで肩は小刻みに震えて泣いているユミの方向を見る。
「お……お願いします……命だけは……」
ユミはすすり泣きながら土下座して懇願する。
しかし足音は着実と近づいてくる。
ユミは息を呑み、恐怖に凍りついた。
「
その刹那、ぶち破られた壁からエルトゥーダの声が響き、ユミはそこから熱い光を感じた。
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