第8話 最後の仕事

 薄暗いランタンの灯りがゆらゆらと揺れ、その灯りが古びた穴だらけの絨毯、無造作に置かれた泥だらけのブーツや使い古された武器、リーダーのカムイが腰を下ろし、財布の中身を数えている姿を映す。

「今回は130000エセリウムだな。ということは、分け前は一人13000エセリウムだ。」

「はぁ……大金でも山分けじゃあ、いつまで経っても金たまんねぇんすよね。リーダー。」

 とユキオがいつものように片膝を立てて座り、苛立ちを隠そうともせずに吐き出すように不満を漏らした。

「贅沢な奴だな。割と最近は当たりが続いているじゃあねぇかよ。」

 とミナイはため息交じりに批難する。

「俺はぁ、ビックになりたいんだよ! こんな所で、小さく終わりたくないんだよ!! お前らだってそう思っているだろう!!」

 ユキオの反論に皆が口を閉じる。

 部屋の中は一瞬、静寂に包まれ、ランタンの炎が揺れる音だけが聞こえる中で、皆の表情は複雑な影を落とす。

 何故なら、ここにいる10人はこんな所でゴミのように死んでいきたくないというのは共通の想いとして持っていたからだ。

「まぁ、待て。ユキオ。確かに分け前の金額は悩ましい所だ。しかしだ。分けたとしても大金である仕事を見つけたとしたどうだ?」

「なんですって?」

 とエルトゥーダが質問する。

「あぁ、今回フエル夫妻の情報を集めている時に、ユミとミナイが見つけた情報だ。どうやら、ある貴族が緊急で深夜1時ごろに34番通りを馬車で駆けるらしい。そいつが持っている額は推定だが1000000エセリウムだ。」

「1000000エセリウム!?」

 と知らなかったユキオ、ハザマ、ルシード、エルトゥーダは声を上げて驚く。

「そうだ、分け前は100000エセリウム。の市場に新規参入できるほどの額だ。」

「はは!! 今貯金している額と合わせりゃ俺が考えていた! 店も出せっかも!!」とユキオが歓喜の声を上げる。

「何なんだ? その店ってのはよ?」

 とルシードがユキオに質問する。

「バーカ。誰が言うかよ!」

「け! ケチな奴だぜ。」

 とルシードが舌打ちをしながら吐き捨てる。

「そうだ。今回の仕事が終われば、全員がの市場に新規参入できる権利を得る。市場で働くことを俺は止める気はないし、俺も今回の仕事で強盗は引退するつもりだ。」

「リーダーは、どんな店を出すつもりなんすか?」

 とルシードが質問する。

「俺は、前から考えていたビジネスをイロハ、ユミ、タク、ジュレとやるつもりだ。まぁ企業秘密というやつだ。」

「えぇ~リーダー。そいつらも入れるだったら、俺も入れてくださいよ~。」

「そうだな。じゃあ今回の仕事が終わったら、このビジネスに向いているかテストしてやる。それに合格したら、入れてやる。」

「あの……リーダー。」

「なんだ? エルトゥーダもテストを受けたいのか?」

「いえ、そうではなくてですね。その貴族を襲うのはヤバいんじゃないですか? 貴族って魔法使いばかりと聞きますし。」

「はは! 安心しろよ! エルトゥーダ! 何とその貴族は魔法の才能がなかったらしくてな。魔法をろくに扱えないんだと! それに娘が病気とかで病院に金を今すぐにでも届けなきゃいけない。でも仕事を終わらせないと病院には行けない。だから最短ルートで行くために俺たちの箱庭である34番通りを護衛も付けずに行くつもりだそうだ。 こんな最高のカモは今後現れないぜ!」

 とユミが興奮気味で喋り倒す。

「な……なるほど……娘が病気か……護衛は本当についてないのか?」

「あぁ、マジだぜ。 これは偶々見つけた情報だったんだが。 その貴族のおっさんは娘の医療費のために金を節約しているらしくてな、私に護衛を付けるための金なんて無駄でしかないという考えを持っているらしい。」

 とミナイが答える。

「ということで、立て続けで悪いんだが、深夜1時ごろに34番通りで仕事だ。 今回はユキオとルシードの二人を主戦力とし、ハザマ、エルトゥーダ、タクは二人のサポートだ。 そして、絶対に成功するためにもユキオとルシードにはこれを渡しておく。」

 とカムイは立ち上がり、約2メートルもあるケースを二つ持ってきて、そのケースを開いた。

 その中には細長く、エレガントな曲線を持つ矛が入っていた。

 矛先は鋭く尖っており、緑色の輝きを放つ透明なクリスタル状の素材で作られており、矛先には複数の鋭い刃が放射状に広がっている。

 刃の根元には細かな孔があり、柄は黒曜石のような光沢のある黒い素材で握りやすいように滑り止めの模様が彫り込まれいる。

 柄の端には蛇の頭を模した装飾があり、口から小さな緑色の宝石が垂れ下がっていた。

「これは、魔法で作られた毒の矛だ。矛のリザーバーには強力な毒が入っており、ボタンを押すことで毒が矛先に送り込むことができる。矛は魔法の力で自己修復する能力を持っており、戦闘中に損傷してもすぐに元通り、毒のリザーバーも自己補充されるため、常に最大の威力を維持できるという今、俺たちが持つ最大戦力の武器だ。」

 とカムイは二人に毒の矛を渡す。

 ユキオとルシードはその矛を手に取り、重さとバランスを確かめるように振ってみた。

 矛の輝きが彼らの目に反射し、その強力さを感じ取る。

「リーダー。一応、確認なんですけど。ターゲットは殺しますか?」

 とルシードが聞く。

 カムイは一瞬の沈黙の後、静かに頷いた。

「あぁ、まずその矛で馬を突き刺しにし、その後馬車に向けてその矛を突き刺し終わりだ。」


 深夜1時12分 34番通り

 月明かりもほとんど届かない静寂。

 街灯はまばらにしか点いておらず、その淡い光が冷たい石畳に影を落としていた。

 そんな場所に遠くから、かすかに馬の蹄の音が響き渡り、その音が徐々に近づいてくる。


「来たぞ……」ユキオが家の壁に隠れながら低く囁いた。


 ユキオは壁から慎重に顔を出し、遠くに見え始めた小さな光を確認する。

 それは馬車のランタンの灯りだった。

 ランタンの揺れる光が闇の中で幽かに揺らめき、次第にその輝きが大きくなっていき、馬車が34番通りを駆け抜けようとしているのがはっきりと分かる。


「いいか。あいつらの合図で飛び出して馬を串刺しにするんだぞ。」とルシードが静かに確認する。

「あぁ、わかってる。」とユキオは毒の矛を握りしめる。


 ユキオとルシードは、屋根の上で馬車を確認しているハザマ、エルトゥーダ、タクの位置を見た。

 彼らは闇に溶け込み、ほとんど見えなかったが、そこにいるという確信があった。

 全員が静かに合図を待ち、その瞬間に備えている。

 馬の蹄の音がどんどん近付き、その音はユキオとルシードの心臓の鼓動と同調するかのように響いた。

 その同調がマックスになった瞬間、エルトゥーダが合図のランタンを掲げ、暗闇の中で一瞬だけ光が煌めく。

「よし、今だッ!!」

 ユキオとルシードは同時に壁から飛び出し、馬に向かって毒の矛を突き出した。

 矛の刃が闇を裂き、馬の首に深々と突き刺さり、馬は悲鳴のような嘶きを上げ、その声が通りの静寂を切り裂いた。

 毒は瞬時に効き目を発揮し、馬は苦痛の中で一瞬にして倒れ込む。

 その重い体が石畳に衝撃を与え、馬車は急停止する。

 ユキオとルシードは馬車のドア方面に素早く回り込み、二人は矛を狂ったように刺し続けた。

 矛の先が木製のドアを貫き、その後ろにいるはずの貴族に向けて突き進む。


 数秒間、二人は全力で矛を突き刺し続けた。

 だが、突然、その動きが止まった。

 いや、正確には、矛が急に動かせなくなったのだ。

 貴族のおっさんに矛が突き刺さったのかとも思ったが、何か違った。


 それは、何か強烈な力で矛を抑えられているような、捕まえられているような感覚だった。

 矛は全く動かなくなり、押すことも引くことも一切できなくなっていた。


「な……なんだ!? この馬車の中に一体何がッ!?」とルシードが困惑の声を上げる。

 そして矛が徐々に押し返され始めた。

 ユキオとルシードは全力で矛を握り締め、再び押し込もうとしたが、押し返す力は増すばかりだった。

 馬車の中からは何の音も聞こえない。

 ただ、矛を押し返す見えない力が、二人を圧倒していた。

 二人の額には汗がにじみ、その手は次第に震え始めた。

 


 馬車の扉が開き、ユキオとルシードの矛を握りしめているが現れる。

 は縁に細かい金の刺繍が施されたつばの広い黒いフェドラハットを被り、縁取りに細かい山吹色の刺繍と上部には細かい模様が刻まれ、目の部分には深い青色をしたサファイアのスワロフスキークリスタルが散りばめられている黒いレースの仮面を顔に付けていた。

 ベルベット素材のロングコートを着用し、腰にはシンプルな黒のベルトがあり、小さな飾りが付いたポーチを付けてある。

 ロングコートの裏地は動くたびにちらりと深い碧色が見える。

 コートの下には、シンプルだがエレガントな白のシルクブラウスを着ているようだ。

 二人の矛を掴んでいる両手には手首に細かい刺繍が施されている先までぴったりとフィットした手袋がはめられている。

 は黒のエレガントなアンクルブーツの音を微かに立てながら馬車を降りる。

「な……なんだ!! お前はッ!!」

 とユキオが怒号を上げた瞬間、は矛を握りつぶし、途轍もない速さで二人の首に向けて手を振りかぶった。

 そして二つの首が鮮血を上げながら吹っ飛んだ。


 第8話を読んでいただきありがとうございます!

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