第6話 アイスクリーム
朝の光が薄暗い貧民街に差し込むと、古びた石造りの建物がゆっくりとその姿を現し始める。
狭く曲がりくねった石畳の道は、夜露で濡れて光り、凍えるような冷たい風が吹き抜ける。
路地には、古びた家々が密集し、瓦が欠けた屋根や崩れかけたレンガ壁がところどころ見受けられる。
「
とその古びた家の住民の一人であるエルトゥーダは空の空き瓶に向けて、魔法を発動し1ℓの純水を空き瓶に注いでいた。
エルトゥーダは満タンになった瓶を口元に運ぶ。
ゆっくりと瓶を傾けると、透明な水がエルトゥーダの喉を滑り落ち、その冷たさと純水の清涼感がエルトゥーダの全身に染み渡り、乾ききった喉を癒していく。
空き瓶が徐々に軽くなり、最後の一滴がエルトゥーダの唇を湿らせたとき、エルトゥーダは瓶をそっと置いた。
「いい、飲みっぷりですね。」
とその様子を見ていたリトが言う。
「なんだ、起きていたのか。」
「今、起きたところです。」
「それにしても、魔法は便利でいいな。金を気にせずに水を満足するまで飲める日が来るなんて。」
「本当に驚きですよ。大体そのような使い方をすると魔法初心者では、ばててしまうしまう人が多いのに」
「ばてる?」
「水を生み出してはいますが、あくまでも自分の
「おお、僕才能あんのかな~」
「嬉しそうですね。まぁ、少なくとも
「そうか。そうか。これで水道費は節約できそうでよかった。」
「そういえば、ずっと気になっていたことなのですが。エルトゥーダは何の仕事をやっているのですか?」
「……何だ、いきなり。」
「エルトゥーダは確かに貧困ですが。何とか生きていくためのお金は稼げています。貧民街の仕事って長期労働で低賃金と聞きますが。エルトゥーダは割と家にいますし、どうやってお金を稼いでいるのかなと疑問に思いまして。」
「……一度でそれなりに稼げる単発バイトをやっているんだよ。ここの低賃金はまじで低賃金だからな。ここで働いたとしても生きていくことは不可能だ。ここではないそれなりの都会のほうで単発バイトをして何とかお金を稼いでいるんだ。」
「……なるほど、そういうことでしたか。」
「そんなことよりも。水道費も浮いたことだし、お礼の意味も込めて都会で美味いものでも食べに行かないか?」
「本当ですか!? もう固くて不味いパンや腐ったリンゴを食べなくてもいいんですか!?」
「あぁ、今日だけはな。って待てよ。その豪華な格好で貧民街をうろつくのはまずいかもな……」
「ふふ……私を誰だと思っているのですか……この程度の事態、私の魔法で一瞬で解決ですよ。『
とリトが唱えるとリトの輪郭がぼやけ始め、溶けるように空気中に溶け込んでいき、消えた。
「どうですか? これで誰にも見られずにすみますよ。」
リトの声が空中から響いた。
声の出所を探ろうとエルトゥーダはキョロキョロと見回したが、リトの姿はどこにも見えなかった。
「透明になる魔法か?」
「ええ、そうですよ。さあ、今日は美味しいものをたくさん食べましょう!」
昼の日差しが高く昇り、都会の大市場は活気に満ち溢れている。
石畳の広場には、色とりどりのテントが立ち並び、商人たちが賑やかに商品を並べていた。
人々のざわめきや呼び声、交渉の声が交錯し、熱気が空気に漂う。
市場の中央には、豪華な食材が山積みされている。
新鮮な果物や野菜、焼き立てのパンが香り高く、肉屋の屋台では豚や羊が丸ごと吊るされ、客を呼び込んでいた。
魚屋の台には、氷で冷やされた銀色に輝く魚が並び、牡蠣や貝も豊富に揃っており、通りを歩けば、スパイスの香りや焼き菓子の甘い匂いが鼻をくすぐり、食欲をそそる。
高い石造りの建物が市場を取り囲み、その中には商店や居酒屋が軒を連ねている。
店先には、商人たちが商品を並べ、通りかかる客を引き込もうと声を張り上げており、居酒屋からは、酒の匂いと共に楽しげな笑い声が漏れ聞こえ、昼食を楽しむ人々で賑わっていた。
布屋のテントでは、絹や麻、羊毛の美しい布地が風に揺れ、色とりどりの刺繍や染め物が並べられており、女性たちはその布を手に取り、質感を確かめながら買い物を楽しんでいる。
宝飾品や細工物を売る屋台では、金や銀のアクセサリー、宝石がきらめき、人々の目を引いている。
市場には、芸人たちがパフォーマンスを披露する一角もあり、火吹きや曲芸師、音楽家、魔法使いが集まっており、子供たちはその周りに集まり、目を輝かせて見つめ、笑い声が響く。
そんな市場の賑わいを一層引き立てている民衆の中にエルトゥーダとリトは混ざっていた。
「リト、すまないが……思ったより値段が高くて1個くらいしか買えそうにない。」
「そうなんですか。なら悩みどころですね~じゃあ、あのアイスクリームってやつを食べてみたいです。」
「ん、なんだそりゃ?」
「あそこのやつですよ。どうやら最近できた新しい食製品のようです。」
その店の看板には「新商品アイスクリーム」と大きな文字で書かれ、店先には色とりどりの旗やリボンが風に揺れている。
店の中では、職人たちが忙しそうに動き回り、大きな木桶に氷と塩を詰め込み、その中で金属製の容器を回しながらクリームを冷やしている。
「よし、わかった。あれを買おう。」
前の客たちが次々と注文を済ませる中、エルトゥーダの番がやってくる。
「アイスクリームを一つください。」
「はい。1200エセリウムになります。」
た……高い。と思いつつも、エルトゥーダは1200エセリウムを支払う。
店員は手に持った木のスプーンでできたてのアイスクリームを掬い上げ、小さな木製の器に盛り付け、その上に新鮮な果物や蜂蜜をかけて、エルトゥーダに渡した。
ミルクの甘い香りと果物の爽やかな香りが漂い、食べてみたいと思ったがリトに買ったものなので我慢した。
「リト、アイスクリームだぞ」
「おぉ、めちゃくちゃ美味しいそうです! いただきます!」
リトは嬉しそうに手を伸ばし、木製のスプーンでアイスクリームをすくい取った。
ミルクの豊かなコクと滑らかな食感がリトの舌の上で広がり、次いで新鮮な果物の酸味と蜂蜜の甘さが調和する。
リトの顔には喜びが浮かび、その美味しさに感動しているようだった。
「滅茶苦茶美味しいです! ありがとうございます! エルトゥーダ!」
「そうかい、そりゃ良かったよ。」
「ほら、エルトゥーダの分です」
とリトは木製スプーンでアイスクリームをすくい取って、エルトゥーダの口に近付ける。
「僕は……いいよ。」
「美味しいですので、食べてみてください。」
とリトは言い、エルトゥーダの口に押し付けようとする。
「わかった。いただきます。」
エルトゥーダはリトが差し出すスプーンを受け入れた。
冷たいアイスクリームが口に触れると、その滑らかな食感と豊かな風味が一瞬にして広がる。
ミルクのコクとクリームの甘さ、新鮮な果物の爽やかな酸味が絶妙に調和し、口の中で溶けていく。
その味は、エルトゥーダが今まで食べた何よりも美味しく、まるで夢のようだった。
「美味いな。こんな美味いものがこの世にあるなんて……」
太陽は西の空に沈みかけ、赤みを帯びた光が低く差し込み、貧民街の狭い路地や古びた家々の壁に長い影を落とす。
通りには仕事を終えた人々が急ぎ足で家路を急ぎ、手には日中の労働で得たわずかな報酬や食材を抱えられており、その目は周囲を警戒している。
そんな疲れ切った体を引きずるようにして家路を急ぐ民衆の中に紛れながら、エルトゥーダは家に向かって歩みを進めていた。
家の前に辿り着くと、そこにはリーダーのカムイが待っていた。
カムイの鋭い目がエルトゥーダを捉え、その冷たい視線にエルトゥーダは一瞬だけ緊張を覚えた。
「まったく、どこに行っていた探したんだぞ。明日45番通りで仕事だ。今から作戦会議を行うから付いてこい。」
「……了解。 リト、先に家に入ってろ。」
「ん? 何か言ったか?」
「いえ、なんでもありません。」
とエルトゥーダはカムイに続き、再び貧民街の闇に混ざっていった。
第6話を読んでいただきありがとうございます!
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