第42話 金色の手紙
何人もの武装した私兵が
「実はね…
私はここまで言いかけて口をつぐんだ。彼らに
私は後ろ髪を引かれながらも、
「悪い出来事は全て忘れて、良い思い出だけを胸に彼女の為に生きましょう。それが一番の供養だわ」
と伝え二人を慰めた。二人はしばらく沈黙したあと、「そうですね」と言い涙を拭った。
ありがたいことに私が過ごしていた部屋はそのままの状態で残されていた。部屋の掃除も良く行き届いていて埃ひとつない。
寝台に座るとポタポタと涙が流れ落ちた。
その晩、私はいつまでも寝付けず、明け方近くに少しうとうとしただけで朝を迎えてしまった。目を覚ました時、まだ甘樫丘の
彼は無事だろうか?ちゃんと食事を取り眠れているだろうか?私をまだ想ってくれているだろうか?…
枕に涙がこぼれた。
朝堂院の片隅で
「林太郎、山代王様と一線を交える事には私も気乗りしないが、向こうが本気で挙兵してきたら、こちらも応じるしかない…どうなることか…」
「山代王様とそなたは幼い頃から互いを知る知己だ。山代王様も頑固なお方だが、多くの兵が血を流す事には反対だろう…今回の件に関しては出来る限り状況を見守ろうと思う、どうだ?」
「賛成です」
「しかしな、
翌日、
「何故私に相談もせずに、勝手に勅旨を持ち出したのだ?そなたが、状況が落ち着いた時に持ち出すと言ったから押印したのだぞ」
「姉上の許可なく勝手に持ち出した事は謝ります。しかし今が絶好の機会なのです。たとえ
「
「なれど、向こうは動きを止め静観しているのだろう?山代王とて、本当は戦など望んでおらぬはず…」
「
秦氏がいつになく厳しく張った声で言った。
「ふぅぅむ…」
「
「
秦氏が渋い顔で答えると、
「なれど、
「しかし、
「あぁ、何と言う事だ…まったくどうしたものか…」
「姉上、迷っている時間はありません。この機会を逃せば、相手陣は更なる兵を集め大きな脅威になりかねません。どうかご決断ください!」
「秦よ、将軍をたてておけ」
秦氏は心の中でにんまりとしながらも顔に出さないように唇を固く結び深々とお辞儀し部屋を出た。後ろから来る
「兵を集めろ、あと
「
「でかした。二人を将軍にたてて
「はっ!!」
二人が
「これはこれは、
「大変深刻な状況ですが互いに助け合いこの窮地を乗り越えましょう」
秦氏が愛想笑いを浮かべながら、二人に頭を下げると、
「秦様、くれぐれも
数日が過ぎ、私は部屋の前で薬草庫から持ち出した野草を天日に干していた。五重塔の手前に生えるイチョウの木から黄色の葉がはらはらと風が吹くたびに落ちてくる。落ちた無数のイチョウの葉が地面を覆い、まるで金色の絨毯が一面に敷かれているようで美しかった。私は作業の手を止め立ち上がると、イチョウの葉を拾い始めた。何枚も何枚も。
突然背後から私を呼ぶ声が聞こえ振り向くと、
「
「布団の上に敷き詰めてフワフワにするのよ」
私のつまらない冗談を聞いた
「
子供の頃、菓子箱にガラクタをつめ宝箱のように扱い、木の下に埋めた事を思い出した。あの後、掘り起こしただろうか?記憶がない…まだきっと土の中だろう…
あっという間に木箱が黄色のイチョウの葉でいっぱいになった。私はそっと蓋をすると、部屋に戻り寝台横の棚に置いた。
私は残った野草を干し終わると中庭に向かった。
昔、
私は
翌日の午後、
「
「…そう…遅かれ早かれこうなっていたのよ…仕方ないわ、私達ではどうすることも出来ない…」
私はそう言い終えると胸を押えた。
張り裂けそうなほど痛い…。
「でも、山代王様が…」
ついにこの時がやって来たのだ。私はまだ鼻をすすっている
二人が部屋を去ると、私は棚の上の木箱を開きイチョウの葉を全て取り出し机の上に並べた。机上いっぱいに広がった葉はまだ新鮮な黄金色で美しかった。私は墨をすり終えるとしばらく考えてから、筆を執った。
この先は何が起きるかわからない。どうしても今の正直な気持ちを綴っておきたかった。イチョウの葉を一つにまとめ、上から一枚一枚の葉めいいっぱいに、文字を小さくして書き連ねた。
“
今私は、あなたの居ない宮で一人侘しく月を眺め、冷たい風に吹かれてる。けれど私の心の中にいるのはあなただけ。ずっと隠していた秘密を、今更だけど打ち明けるわ。
私はこの世界の人間ではないの。1400年後の世界からやって来たのよ。あなたが笑いを押し殺して私を見る姿が目に浮かぶけど真実よ。どうか、もう一度、私の願いを聞いて欲しい。山代王様を追い込んではいけない。彼の自害の責任を問われ二年後、板葺宮で行われる三韓の儀であなたの命は奪われる。あなたを陥れる罠だから絶対に行かないで。都を離れどこか遠くに身を潜めて。
縁があればきっとまた会える。桃林を歩いた先にあなたが居ることを夢見て。私の心をこの石と共にあなたの側に置いていくわ。 燈花”
私は書き終えると、もう一度じっくりと文章を読み返し、ふと思った。
まだ間に合うかもしれない…
一か八か山代王様に会って真実を伝えてみよう…私の正体をちゃんと明かそう、過去の私を良く知る彼ならきっと信じるはず。帝の座をあきらめてくれさえすれば…湖面に落ちた一滴の雫のように、大きな波紋となって運命が変わるかもしれない…
私は針と刺繍糸を取り出し、イチョウの葉を一枚一枚丁寧に重ね合わせた。一番上から慎重に針を通し、葉がバラバラにならないようにきつく結び木箱の中に入れた。最後に髪から
私はこの木箱をどうするか悩んだ末、ひとまずイチョウの木の下に埋める事にした。
私は木箱を抱えて部屋の外に出た。厚い雲のせいか、夕方にも関わらずあたりはすっかり暗かった。イチョウの木の下にしゃがんだ時、
「
私は木箱を抱えたまま
「
「
「えっ?今晩?」
突然すぎる一報に一瞬戸惑ったものの、心の準備は出来ていた。
「はい、どうやら相手陣営に動きがあったらしく、先手を打つべく
「そう…教えてくれてありがとう。あの人は…」
「若様は向かわれません」
「…良かった。彼を絶対にこの戦に参戦させないで。絶対に
私は真剣な眼差しで
「それと…彼はまだ私と山代王様の事を勘違いしているかしら?」
私が力なく尋ねると、
「…誤解なのに」
私はフッと笑い、それ以上は聞かなかった。そして手に持っていた木箱に目を向けた。
そうだ、
イチョウの木の下に埋めようと思ったが、よくよく考えれば、これから
「これをあの人に渡して頂戴。きっと誤解が解けるはずだから…でも、もし私を信じられず受け取らなかったら…」
私は口をつぐんだ。その先の言葉が言えなかった。屋敷を去ったあの日の、愛憎入り混じる彼の顔が浮かび、切なさと悲しみが胸に込み上げた。心臓がズキンズキンと痛む。立っているのが精一杯だ。私の沈痛な思いが伝わったのか、
「…ここなら警備が厳重なので安全なはずです。今の状況が落ち着けば、必ず若様が迎えにこられます。それまではどうかご無事でいてください…もうしばらくの我慢です」
私が沈んだ顔でうなずくと、
東の空が白んできた頃、私は身支度を整え
飛鳥川沿いを歩き始めてすぐに、私は足を止め振り返った。
私は
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