第32話 波乱の予感

 宴の翌日から後宮はバタバタと婚礼の儀にむけ動き出した。数日が過ぎたところで、王からの勧めもあり王妃は再び私を市へと連れだした。きっと独身最後に羽を伸ばせるようにとの彼の気遣いだろう。


 いつもは数名の護衛官と共に冬韻とういんが同行してくれるが、朝から王と共に朝議に出廷しているため今日は不在だ。朝廷も秋の新嘗祭を直前にし準備が慌ただしくすすめられている。


 私達は前回と同じ海柘榴市つばいちに向かった。この市は水陸交通の結節点でもあり大和川からさかのぼってきた船には、朝鮮三国や大唐からの様々な品物が積まれ、それらが店に並び売買されるので大いに賑わう。案の定、市は朝から沢山の客や地方からの商人達でごった返していた。


 「燈花とうか様、私、この市に来るのは初めてです。とっても活気がありますね」


 小彩こさが目を輝かせながら言った。興奮を隠せないのかきょろきょろとあちこちの店を覗き見ては忙しそうだ。


 「燈花とうか、この先にある宝飾店にゆこう。少し遠いが馴染みの店だ、良い品がみつかるだろう」


 王妃は得意げに笑うといつもよりも多めの侍女を従え歩き出した。小彩こさがあちこちの店に興味を示しては足を止めるので、ペースが遅くなり結局列の一番後ろを小走りでついていった。


 しばらくすると遠くから男の怒鳴り声が聞こえてきた。声の方向を見ると椎の木のそばで男が少年の胸ぐらを掴んでいるのが見えた。


 「貴様なにさまだ!たわけたことを申しよって!!因縁をつけるのもほどほどにしろ!」


 胸ぐらをつかまれている少年の横には顔を恐怖で歪めた小さな幼子が二人ピタッとくっついている。


 店主らしき男が少年を思い切り地面に突き飛ばした。地面に倒れこんだ少年を店主は更に足で蹴り飛ばしている。少年は必死に両手で顔を覆っているが近くを行きかう人々はちらっと様子を見るだけで、足を止めようとはしない。王妃も特に気にする様子もなく一瞥しただけで先を歩いている。


 王妃のあとについて黙々と歩いているが、私はその少年と兄弟らしき幼子達が気になって仕方がなかった。見て見ぬ振りも出来たが、小競り合いの原因を聞くくらいなら問題ないだろうと考え直し足を止めた。


 急に足を止めたので後ろを歩いていた小彩こさが背中にドスンとぶつかり、エッと驚いた声を上げた。私はぐるりと方向転換すると、少年と兄弟のもとへ足早に歩き始めた。小彩こさがしきりに私の名を呼んだが私は聞こえないふりをしてそのまま歩き続けた。


 私が歩みを止めないと悟ったのか小彩こさは小さなため息をつき、そのまま少し後ろをトボトボとついて来た。お目当ての店に向かい一直線の王妃はもちろん私達が抜けたことに気が付いていない。



 「やめなさい!」


 私は思わず男に向かい大声を上げた。こんなに威圧的に言うつもりはなかったし、もっと穏やかに口を挟む予定だったが、横たわる少年を前にしたら突如強烈な憤りを覚えカッとなった。


 店主の男は私を上から下まで見ると渋々と少年から足をどけた。当然私の怒りは静まる事無く凄い剣幕で男を睨めつけた。


 「大の男が少年一人に手を上げるなど、みっともないわよ」


 「どこのお偉いご婦人か知りませんが、こいつが先に店の商品にいちゃもんをつけてきたんですよ。全く、下民はその辺の草でも食っておけばよいのだ、面倒をかけよって」


 男が両手をはたきながらブツブツと吐き捨てるように言った。少年の周りに幼子達が集まり泣きじゃくっている。私は少年に近寄ると彼の体を優しく起こした。土で汚れた麻の衣はボロボロで、瘦せ細った体は枝のように弱々しく簡単に折れそうだった。


 「お前が偽物を売るからだ!おまえにだまされたせいで父さんは死んでしまった…母さんだって死にそうだ、ちゃんとした薬草を早くよこせ!」


 少年が腫れた上がった顔を上げ店主の男に食ってかかった。


 なるほど、、少年が掴んでいる草の根を見てなんとなく事の次第に察しがついた。


 「この草の根を買ったの?」


 私が少年に尋ねると彼は小さく頷き、


 「これはそこの手前の籠のものです。地黄が欲しくてはるばるやって来たんです。家にあるもの全てをはたいて交換したのに…父さんはすぐに死んでしまった…」


 少年と男の背後には大きなゴザがひかれ、その上にはいくつもの籠が置かれ中から葉や木の根っこが飛び出していた。私は少年が握る草の根を取ったあと、少年が指差したゴザの上の籠の中から薬草を取り出し入念に観察し匂いを嗅いだ。

 

 少年の言う通り、同じ草の根だ。

 「確かに、二つとも同じものね」


 私が確かめるように尋ねると、少年は静かに頷いた。私は立ち上がると手に握った草の根を男に見せた。


 「…これがこの子が求めた地黄なの?」



 「そうですよ」


 男が口をへの字にしながらぶっきらぼうに答えた。私はもう一度草の根を見た後、


 「本物かしら?」


 疑いの目で男を見た。


 「当然でしょう。偽物なんて売りはしませんよ」


 店主の男は苛立った様子で答えた。私は“ふーん”と言い、店に並べられている薬草が入った籠を一つ一つ手に取り入念に調べた。


 短い間だったが朝廷の薬草庫で働き必死で学んだ薬草の知識が、まさかここで役立つとは思ってなかった。瞬時に恩師である医官の玖麻くまの顔が浮かび心から彼に感謝した。


 私は全ての籠の中身を入念に調べた後、店主の男に言った。


 「そこの籠の中も見せてちょうだい」


 私はゴザの一番奥にちょこんと置かれた木棚を指さした。


 「え⁈」


 店主の男が一瞬動揺したのを見逃さなかった。木棚の一番上に置かれた籠の中身が、さっきから妙に気になっていた。商品ならばわざわざ目につかないような場所に置く必要はない。


 店主の男が躊躇している様子がますます怪しい。私が大きく咳払いすると男は渋々と籠を手に取り私の目の前に雑に置いた。


 私は籠の中の薬草を手に取り、再び顔を近づけ目視したあと匂いを確かめた。



 「この少年は薬草と交換に何を差し出したの?」


 「えぇ?そんな昔のこと覚えちゃいませんよ」


 男は不貞腐れたように答えるとそっぽを向いた。私が少年に同じ質問をすると、


 「干し鮎が数匹と二足の草履と何枚かの土器です」


 少年は歯を食いしばりながら答えた。隣にいる幼い兄弟達も頷きながら私を見た。


 「大した物でもないのを二束三文で譲ってやったのに、恩を仇で返し寄ってまったく怪しからん奴だ」


 男はまた少年をジロリと睨めつけると、ペッと唾を吐いた。私は立ち上がると、棚の籠を男に向け言った。


 「では、この草の根をこの子が買った同じ値で頂くわ」


 「え⁈ご婦人そりゃないですよ、そっちの生薬は別物ですから」


 男が慌てた様子で言った。


 「別物ですって?見た目も匂いも酷似していて区別がつかないわ。同じものでしょう?同じ物ならば少年が以前購入した値で譲ってちょうだい」


「な、なりませんよ!べ、別の薬草ですから!!」


 男は急に顔色を変えると、両手を振りながら慌てふためいて言った。


 …やっぱり。


 私は心の中で核心を突いた事にほくそ笑みながら話を続けた。


 「ではなんという名の薬草なの?」


 「そ、それは…」


 男がもごもごと口ごもった。


 「あなた、この子に売った生薬が地黄ではない事を知っていたわね。本物の熟地黄はこっちよ」


 私は手に持った籠の中から草の根っこを取り出した。


 「二つとも見た目が酷似していて素人では判別ができないわ。薬草を扱う人間でも慎重に見極める必要があるのよ。本物の熟地黄ならば、確かに高価な生薬だけれど、少年が差し出したものの値打ちを考えれば、一握りくらいは譲れたはず」


 それを聞いた男はみるみる顔を歪め、目くじらを立てて怒り始めた。


 「な、な、なんと!さっきから戯けたことを言いおって、アンタもあの小僧のグルか!訳のわからぬ難癖つけやがって!まったく営業妨害だ、今すぐに役人を呼んでやるからな!!俺の後ろ盾を甘く見ると痛い目に合うぞ!」


 男は顔を真っ赤にし目を剥き出し、逆ギレし始めた。


 「そうしてくださって結構よ。この少年は騙された側の被害者よ。少年に渡したその草の根はどこにでも生えている野草で、たいした効能も価値もないわよ。あなた、この子を騙して売ったわね?」


 私が毅然とした態度で問い詰めると、


 「と、燈花とうか様おやめください」


 更にヒートアップしそうな状況を見るに見かねた小彩こさが背後から口を挟んだ。


 「くっぅ~!!」


 男は大きく鼻の穴を広げうなった。握った拳はブルブルと震え今にも飛び掛かってきそうだ。


 私は少年に彼の母の症状を聞いたあと、当帰の入った籠を手に取り、中から一握り取り出し小袋に詰め彼の手に置いた。


 「この量は少ないけど、前回あなたが支払った代金分よ。お母様も具合が悪いのでしょう、早く持ち帰って煎じてあげてちょうだい。それと…」


 私は髪に刺さっている一本のかんざしを抜くと少年の手に握らせた。


 「このかんざしと引き換えに米を譲ってもらいなさい。薬草が切れたら都の外薬寮に行って玖麻くまという名の医官様を探すのよ。その方に私の名を告げて同じ薬草を分けてもらいなさい。私の名は燈花とうかよ」


 「と、燈花とうか様…な、なれど、出会ったばかりでこんな高価なものは頂けません。こんな施しを受ける価値は奴婢ぬひである私共にありません…」


 少年は地面に膝をつくとと震える声で言った。私は少年を立たせ、優しく肩を触った。


 「あなたやあなたのお母様や兄弟の価値は誰にも決められないわ。どの命も平等に尊い。人の命に比べたらそのかんざしは取るに足らない。受け取って頂戴」


 少年がオイオイと大声で泣き出した。もともと貧しい奴婢ぬひの家に生まれたものは一生迫害を受け、惨めな生活を送る。仕方がないこととはいえ少年が不憫で仕方なかった。



 「さぁ、行って」


 私は少年の肩を優しく押した。少年は深く頭を下げると、兄弟を連れてその場を離れた。店主の男は偽物の草が入った籠を地面に叩きつけると、フンフンと鼻息を荒げ真っ赤な顔をしてどこかに行ってしまった。



 「燈花とうか!」


 少年達が去ると、背後から王妃の呼び声が聞こえた。


 「王妃様」


 「こんな所で何をしておったのだ、市の中を随分と探したのだぞ…ハァハァ」


 王妃が息を切らしながら言った。


 「申し訳ありません。実は…」


 私が事情を説明しようとすると、


「王妃様申し訳ありません、私がどうしても買い付けたい品があり燈花とうか様にお願いしたのです」


 小彩こさが私の話を遮るように答えうつむいた。私が呆気に取られながら見つめると、彼女は顔を小さく横に振り何も言うなというように目くばせをしてきた。


 「なんと呆れた、後で寄れば良いではないか。まずは、燈花とうかの買い物が先であろう」


 王妃がいさめるように小彩こさに言うと、


 「申し訳ありません!こんなに大きな市は初めてなので、興奮しすぎてしまいました」


 小彩こさは顔を赤らめ再び詫びた。


 「まったく…しかたあるまい。では宝飾店へ急ぐぞ、遅れずについてまいれ」


 王妃がため息混じりに言うと、


 「はい。燈花とうか様、急いでまいりましょう」


 小彩こさは私に向かい微かに微笑み手を差し出した。早く王妃の後に続くようにと促しているようだった。


 私達はまた何もなかったかのように歩き始めた。前を向き歩きながら小声で小彩こさにささやいた。


 「なぜ、王妃様に嘘を?」


 横に並んで歩く彼女も表情一つ変えることなく答えた。


 「感心されぬからです」


 「えっ?」


 「王族にとって庶民や下層民は目に見えぬ存在で無縁なもの。関わってはならぬのです。特に奴婢ぬひともなれば尚更です…」


 私は黙ったまま横目で小彩こさを見た。彼女のこわばった横顔を見た時、いつもの彼女ではないと瞬時にわかった。


 …そうだ。私は後宮内で王族の一員としてぬくぬくとした生活を送っている…すっかり飛鳥時代を生きていることを忘れていた…ここは常に死と隣合わせ…弱肉強食で弱いものは生き残れない…


 私は言い返すことはせず黙ったまま王妃の後ろを歩き続けた。


 市の外れにある宝飾店に着くと、王妃はあれこれと商品を手に取り私の頭や顔に当て似合うかどうかを何度も確かめている。私は着せ替え人形にでもなったかのように、王妃付の侍女達に身をゆだねた。彼女達が私の髪に飾られた装飾品をうっとりと見つめている間、私はさっきの少年と兄弟達の無事を案じていた。


 やっと王妃が満足げに頷き、この店での買い物が終了した。水晶や瑪瑙めのう、小さな真珠で出来たネックレスや腕輪を買う事ができ王妃はご満悦だ。


 私達は次の店へと移動した。布屋でも同様に私はただポカンと立っているだけだった。何枚かの色鮮やかな韓渡りの美しい絹を買ったが、私の意思は関係なくほとんどが王妃の趣味によって決まった。その後もいくつかの店をまわり必要な品を買い付けると、従えてきた侍女達の両手も荷物の袋でいっぱいになった。


 「これだけ買えば十分であろう。足がクタクタだ、宮に戻ろう」


 王妃がふぅーっとため息をつき、私を見て微笑んだ。さっきの少年と兄弟の安否が胸をかすめたが彼女の笑顔を見た時、これ以上私の事で彼女の心を煩わしたくないという思いの方が強く、ただ黙って微笑み返した。


 私達は広場を抜け馬車が止まっている十字路へと急いだ。途中すももを買い忘れたのを思い出し前を歩く王妃に尋ねた。帰りの馬車の中でどうしても食べたかったのだ。


 「王妃様、すももを少々買ってきてもよいですか?」


 「すもも?あぁ、構わぬ。先に馬車に戻っているからな」


 王妃はクタクタなのか、行きなさいと手を軽く振るだけだった。私は小彩こさを王妃と共に先に馬車へと向かわせた。


 いつもならお付きの侍女に買いに行かせるのだが、彼女らの両手は今日の買い物の品を持つのでいっぱいだ。私は一人で行ってくると王妃に告げた。事実、馬車の待機場所も確認出来ていたし、すももが売られている店の場所も把握していてそう遠くない。小彩こさは少し不安そうな顔をしたが、大丈夫だからと告げ私は一人店へと向かった。


 途中またしても河岸に人だかりが見えた。小さな子達の泣きわめく声が聞こえた瞬間、胸騒ぎを感じた。嫌な予感は的中し、ごった返す野次馬の隙間にさっきの少年の顔が見えた。 


  あっ、あの子…


 私はくるりと方向を変えると、人だかりをかき分けながら中へと入った。野次馬に囲まれた中央にさっきの少年と幼い兄弟達が縄で縛られ地べたに座っている。私は急いで彼らのもとへと駆け寄ると少年の横に立つ役人らしき男に尋ねた。


 「この子達は何故縄で縛られているの?」


 「ん?何故って盗人だからですよ。」


 役人の男は怪訝そうに私を見て言った。


 「盗人ですって?」


 「そうですよ、貴重な米を大量に盗んだ上に、高価な薬草まで盗んだんですよ」


 役人の男が地べたに置かれた袋を気だるそうに指さした。小袋からは当帰の葉が飛び出し、米が入った布袋がその横で倒れている。


 「この少年は盗賊ではないわ。私がさっきかんざしを差し出し、米と交換するように言ったのよ。薬草も彼の正当な取り分よ。何か勘違いしているのでは?すぐに、この少年と兄弟達を釈放してちょうだい」



 「ふん…あなたが、どこの高貴なご夫人かは知りませんが、この市の管轄は私共、刑部にあります。何の証拠もないのにあなたの言葉を鵜呑みにすることは出来ませんよ」


 役人の男は目を細め無精ひげが生えた顎をさすりながら無愛想に答えた。


 「なんと、私が偽りを申しているとでもいうの?」


 私はカチンときて顔をしかめた。


「こっちにはれっきとした証人がいるのですよ」


 役人が指さした先にはさっきの薬草屋の店主が悠々と涼しい顔をしてこちらを見ている。


 「あの者が、小僧が店の商品を盗んでいったと申しているのです。しかも随分と高価な薬草を狙ったとか。米屋からこっそり盗んでいるところもはっきりと見たと証言しているのですよ。実際、調べてみたら店主の言う通り、薬草と大量の米を小僧が隠し持っていましたよ」


 「そんなはずないわ、全てあの店主の偽りよ」


 「ですから、証拠がないではありませんか?それに高貴な身分の方が下層民である奴婢ぬひと関わるなんて前代未聞の珍事でございますよ?そんな話聞いたことがありません。どうか、関係のないお方はお引き取り下さい。それとももっと事を荒げますか?」


 男が脅しにも近い態度で言ったが、私はひるむことなく毅然な態度で返した。


 「ええ構わないわ、まずは米屋の店主を探しましょう」


 「えぇ、ですが、米屋の店主が私が申し上げたとおりに証言したおりには、あなたも虚偽の申し立てをしたとして、あの小僧達と同罪ですよ。覚悟がおありですか?」


 男が自身満々な様子で意地悪そうに言った瞬間、


 「燈花とうか様!!」


 背後で小彩こさの大きな叫び声が聞こえた。彼女は役人の男に媚びへつらうように頭を下げながら言った。


 「お役人様、申し訳ありません。お嬢様はどうやら勘違いしているようでございます。お嬢様、奥方様がお待ちですよ。参りましょう」


 「ちょっと、小彩こさ!」


 彼女が私の腕をつかんで無理やりその場から引き離そうとしたので、振り払った。すると地べたに横たわっていた少年が腫れた上がった顔を上げ私を見るとかすれた声で呟いた。


 「と、燈花とうか様、もう良いのです。こうなる事が私共の運命だったのです、最後にあなたの優しさに触れ心が救われました。どうか、お引き取りを…」


 「そ、そんな…」


 役人の男がのけ反りながら鼻をフンッと鳴らすと、小彩こさは再び私の腕をつかみぐいぐいと強い力で野次馬の中から引っ張り出した。彼女は人だかりから抜け出たところでやっと私の腕を離すと、ものすごい形相で私を見つめた。


 「燈花とうか様、何度言ったらおわかりいただけるのです!」


 小彩こさは顔を真っ赤にして声を荒げた。こんな真剣な眼差しの彼女を今までに見たことがない。


 「今はもう昔の燈花とうか様とは身分が違うのです。慎重に行動されないと、燈花とうか様のお命が危険にさらされるかもしれません。王家一族を巻き込んでしまうかもしれません、亡き中宮様に燈花とうか様を必ずお守りすると誓ったのです…」


 小彩こさは今にも泣きだしそうな顔で唇を固く結び下を向いた。


 「小彩こさ…」


 彼女は頑として私と目を合わせようとしない。きっと命がけで私に訴えているのだろう…


 少し沈黙したあと、


 「王妃様がお待ちですので、帰りましょう」


 小彩こさはようやく口を開き私達は無言で歩き出した。重い足取りで馬車に向かう途中、前から歩いてきた老夫婦とのすれ違いざま、彼らの会話が耳に入った。


 「あの子達まだ幼いのに可哀そうに…」


 「仕方あるまい、盗みを働いたんだ。棒打ちの刑になればきっと死んでしまうだろう…」


 私は立ち止まると、老夫婦を呼び止め尋ねた。王族としてこれ以上関わるべきではないと分かっていたが、止められなかった。


 「あの子らはこの後どうなるのですか?」


 「え?えぇ…恐らく見せしめの為、棒打ちされるでしょうが、幼い子らは死んでしまうでしょう…少年の方は手首を切られる可能性もあります」


 「そ、そんな…」


 背筋が凍りついていくのがわかる。全身がブルブルと震えだした。


 「燈花とうか様、さぁ急ぎましょう」


 小彩こさが動揺する私の手を強く引き、なんとか馬車まで辿り着いた。


 「二人とも遅かったではないか。並んでいたのか?」


 王妃が少し苛立った様子で言ったが、内心それどころではなかった。


 「どうしたのだ燈花とうか?顔が真っ青ではないか、何かあったのか?」


 王妃が心配そうな表情で私を覗き込んだが、顔を上げる事が出来ない。私が黙ったまま下を向いていると、すかさず小彩こさが答えた。



 「随分列に並んだのですが、前の客で売れ切れてしまい買えなかったのです。燈花とうか様もお疲れになられたようで…」


 「さようであったか、また後日侍女に買いにいかせるゆえ、今日はもう宮に戻ろう」


 王妃の合図で馬車はゆっくりと動き出した。


 私の頭の中は真っ白だった。この時代に生きている現実を目の前につきつけられたのだ。自分の無力さを実感しながら、ただ悔しさに唇を噛みしめ外の景色を見つめる事しか出来なかった。


 「燈花とうか様、何度言ったらおわかりいただけるのです!」


 小彩こさは顔を真っ赤にして声を荒げた。こんな真剣な眼差しの彼女を今までに見たことがない。


 「今はもう昔の燈花とうか様とは身分が違うのです。慎重に行動されないと、燈花とうか様のお命が危険にさらされるかもしれません。王家一族を巻き込んでしまうかもしれません、亡き中宮様に燈花とうか様を必ずお守りすると誓ったのです…」


 小彩こさは今にも泣きだしそうな顔で唇を固く結び下を向いた。


 「小彩こさ…」


 彼女は頑として私と目を合わせようとしない。きっと命がけで私に訴えているのだろう…


 少し沈黙したあと、


 「王妃様がお待ちですので、帰りましょう」


 小彩こさはようやく口を開き私達は無言で歩き出した。重い足取りで馬車に向かう途中、前から歩いてきた老夫婦とのすれ違いざま、彼らの会話が耳に入った。


 「あの子達まだ幼いのに可哀そうに…」


 「仕方あるまい、盗みを働いたんだ。棒打ちの刑になればきっと死んでしまうだろう…」


 私は立ち止まると、老夫婦を呼び止め尋ねた。王族としてこれ以上関わるべきではないと分かっていたが、止められなかった。


 「あの子らはこの後どうなるのですか?」


 「え?えぇ…恐らく見せしめの為、棒打ちされるでしょうが、幼い子らは死んでしまうでしょう…少年の方は手首を切られる可能性もあります」


 「そ、そんな…」


 背筋が凍りついていくのがわかる。全身がブルブルと震えだした。


 「燈花とうか様、さぁ急ぎましょう」


 小彩こさが動揺する私の手を強く引き、なんとか馬車まで辿り着いた。


 「二人とも遅かったではないか。並んでいたのか?」


 王妃が少し苛立った様子で言ったが、内心それどころではなかった。


 「どうしたのだ燈花とうか?顔が真っ青ではないか、何かあったのか?」


 王妃が心配そうな表情で私を覗き込んだが、顔を上げる事が出来ない。私が黙ったまま下を向いていると、すかさず小彩こさが答えた。



 「随分列に並んだのですが、前の客で売れ切れてしまい買えなかったのです。燈花とうか様もお疲れになられたようで…」


 「さようであったか、また後日侍女に買いにいかせるゆえ、今日はもう宮に戻ろう」


 王妃の合図で馬車はゆっくりと動き出した。


 私の頭の中は真っ白だった。この時代に生きている現実を目の前につきつけられたのだ。自分の無力さを実感しながら、ただ悔しさに唇を噛みしめ外の景色を見つめる事しか出来なかった。


 「燈花とうか様、何度言ったらおわかりいただけるのです!」


 小彩こさは顔を真っ赤にして声を荒げた。こんな真剣な眼差しの彼女を今までに見たことがない。


 「今はもう昔の燈花とうか様とは身分が違うのです。慎重に行動されないと、燈花とうか様のお命が危険にさらされるかもしれません。王家一族を巻き込んでしまうかもしれません、亡き中宮様に燈花とうか様を必ずお守りすると誓ったのです…」


 小彩こさは今にも泣きだしそうな顔で唇を固く結び下を向いた。


 「小彩こさ…」


 彼女は頑として私と目を合わせようとしない。きっと命がけで私に訴えているのだろう…


 少し沈黙したあと、


 「王妃様がお待ちですので、帰りましょう」


 小彩こさはようやく口を開き私達は無言で歩き出した。重い足取りで馬車に向かう途中、前から歩いてきた老夫婦とのすれ違いざま、彼らの会話が耳に入った。


 「あの子達まだ幼いのに可哀そうに…」


 「仕方あるまい、盗みを働いたんだ。棒打ちの刑になればきっと死んでしまうだろう…」


 私は立ち止まると、老夫婦を呼び止め尋ねた。王族としてこれ以上関わるべきではないと分かっていたが、止められなかった。


 「あの子らはこの後どうなるのですか?」


 「え?えぇ…恐らく見せしめの為、棒打ちされるでしょうが、幼い子らは死んでしまうでしょう…少年の方は手首を切られる可能性もあります」


 「そ、そんな…」


 背筋が凍りついていくのがわかる。全身がブルブルと震えだした。


 「燈花とうか様、さぁ急ぎましょう」


 小彩こさが動揺する私の手を強く引き、なんとか馬車まで辿り着いた。


 「二人とも遅かったではないか。並んでいたのか?」


 王妃が少し苛立った様子で言ったが、内心それどころではなかった。


 「どうしたのだ燈花とうか?顔が真っ青ではないか、何かあったのか?」


 王妃が心配そうな表情で私を覗き込んだが、顔を上げる事が出来ない。私が黙ったまま下を向いていると、すかさず小彩こさが答えた。



 「随分列に並んだのですが、前の客で売れ切れてしまい買えなかったのです。燈花とうか様もお疲れになられたようで…」


 「さようであったか、また後日侍女に買いにいかせるゆえ、今日はもう宮に戻ろう」


 王妃の合図で馬車はゆっくりと動き出した。


 私の頭の中は真っ白だった。この時代に生きている現実を目の前につきつけられたのだ。自分の無力さを実感しながら、ただ悔しさに唇を噛みしめ外の景色を見つめる事しか出来なかった。


…そうだ、前回ここに来た時も尼僧達がみせしめの為に処刑をされた…私、あの時逃げる様に去ったのよ…先日も私のせいで巫女が死んでしまったし、結局あの兄弟達も救えなかった…


 青々とした水田の上を飛ぶ燕を見ながら自問自答を繰り返した。


 これでいいのだろうか?一生こんな罪悪感を抱きながら見て見ぬふりをして生きていくのだろうか?私はいつしかそれに慣れてしまうのだろうか?


 私は握った拳を見つめながら唇を噛んだ。


 空にうっすらと浮かぶ月を見た時、突然私の心が違うと言っている気がして胸を押えた。


  やっぱりこんな生き方、したくない。



 「止まって!!止まって頂戴!」


 私は凄い勢いで立ち上がると前方の馬夫に向かい大声で叫んだ。馬車はギギギーと大きな音をたてて止まった。


 「ど、どうしたのだ?」


 王妃が驚いた表情で私をポカンと見ている。


 「やるべきことがございますので、先に後宮にお戻りください」


 私はそう言い馬車から降りると後方の護衛官の馬に向かい歩いた。


 「な、何を言っているのだ?どこに行くのだ!」


 王妃が慌てた様子で身を乗り出して叫んだ。


 「燈花とうか様!!」


 小彩こさの悲鳴にも似た叫び声が聞こえたが、私はその声を無視し護衛の男の前に立つと、彼に馬から降りるように命じた。彼が背中に弓矢を担いでいるのを確認した後、


 「弓と矢を頂戴」


 手を差し出した。


 「ええっ?」


 驚いた護衛の男がたじろいだが、


 「早くして」


 と、私は強い口調で畳みかけるように言い、渋る護衛官の弓矢を背中から無理やり奪い取ると、自分の背中に担ぎさっと馬に飛び乗った。


 くるりと馬の体をもと来た道の方向に向けさせると、思い切り手綱を引いた。


 この時、なぜか霧が晴れたかのように私の心に一切の迷いはなかった。


   ハッッッ!!


 私の掛け声は騒然とする行列の中で大きく響き、勢いよく馬が走り始めた。


 「こ、小彩こさどうなっているのだ??燈花とうかはどこに向かったのだ??弓矢も持ち出したのだぞ!!」


 王妃は顔面蒼白になりながら立ち上がるとブルブルと両手を震わせながら頭を抱えた。


 「そ、それは…」


 小彩こさも突然の出来事に衝撃を受けたのか混乱し取り乱している。


 「と、燈花とうか様!!」


 小彩こさの叫び声が遠くに聞こえたが、私は振り返る事無く前だけを見て馬を走らせた。




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