二十四日目から三十一日目まで
夏休みが始まって二十四日目
とうとうこの日がやって来た。友達と遊びに行ってる時も、家族で親戚の所へ行く時も、ずっとこの日のことを考えていた。いつも通り、ドアノブを捻り、風が体にぶつかる。
「やぁ!! お久しぶり〜!!」
先輩は初日と同じように驚かしてきた。ずっと天真爛漫にはしゃいでいるのは、本心からの行動なんだろうか。
「空野先輩」
僕が呟く。先輩が固まる。
「は、え? 暴いたの? 暴かれちゃったの?」
こんな顔を初めて見た。驚きと絶望が混ざったような、そんな顔。
「……そっかぁ。バレたら仕方ないね。そうですよ。私の名前は空野春花。幽霊なんかじゃありません! 意識がここにあるだけ? なのかな? 本当の年齢は……たぶん二十歳! 春花先輩でいーよ」
春花先輩は、笑う。その真意が掴めない。
「なんだか哀れなものを見る目で見つめているねぇ〜? そんな顔しないでよ。多分教えたのは晴川先生だな? まぁ改めて教えてやろう」
春花先輩は飛んでフェンスの上に立った。
「私はこっからお空に飛んだの。それでショクブツジョータイ? になっちゃったってお医者さんが言って、その後急にこの屋上に飛ばされたんだ。今ね、私の身体は空なの。ここに来た時は、人が大っ嫌いだった。だって誰も助けてくれなかったし? この体は泣けなかった。だからずうっとぼんやり空を眺めてたの。自分が死にかけたところに閉じ込められるって、酷いよねぇ……。誰のせいかわからないけど。神様のいたずらっていうか、罰なのかな。誰かと恋をして、青春したかったっていう未練があったから、私はここから出して貰えないのかも」
フェンスの上で動かない僕を眺める。先輩は泣かない。でもきっと実体があったら、雨のように泣いていたんじゃないかと思う。
「でも、私は結局寂しいの嫌いだった。しばらくしたら、誰か来てくれないかなぁって、ずっと考えるようになっちゃった。そんな時、開青くんが来てくれたんだ。私、心まで空だったんだけど、君が埋めてくれているんだよ」
春花先輩はフェンスの上で一緒に踊ったダンスを披露する。
「あと一週間だよね。屋上が開放される期間って。せめて一緒にいてね。お願い」
フェンスから降りた先輩は、死人のように温度がない手で、僕の手をとる。
「一緒に、います。ずっと……」
なんだかプロポーズみたいになってしまった。
春花先輩はセントセシリアの髪飾りをキラキラ輝かせて頷いた。
僕と春花先輩の最後の一週間が始まる。
夏休みが始まって二十五日目
今日もちゃんと来たものの、春花先輩とどんな話をすればいいか分からなくなってしまった。春花先輩は恐らく僕のこの様子に気がついている。
「ねぇ、踊ろうよ。新しい曲いっぱいあるでしょ? 全部全部やってみたい!」
春花先輩がそう言うので、あらゆるダンスを調べて全力で踊った。明日、また最初の時みたいに動画を撮るらしい。大丈夫だ。まだ、明日はある。
夏休みが始まって二十六日目
「さぁ、撮るよ撮るよー! 大丈夫。私めっちゃ復習した!」
春花先輩は宣言通り、完璧にキレよく踊る。僕はタジタジで、さぞカッコ悪かっただろう。
休憩している時に、ふとこんなことを尋ねた。
「先輩はずっと屋上にいるんですか? どこかに行っちゃったりしない?」
「えー、どうなんだろう。消えるとしたら天国に行く時かな? でも君が卒業したら、私も消えたいかも。暇なんだよ。どこまで飛べるかなぁって試す時間があるぐらい。ちなみに結構高くまで飛べたよ。
春花先輩は自慢げに話す。僕はあなたに消えて欲しくない。そのために、僕は何ができるのだろうか。何になればいいんだろうか。
夏休みが始まって二十七日
今日は文化祭直前ということで、お化け屋敷のお化けを布で作っていた。
「屋上から出られたら、私も参加できるのにー。本物の幽霊とかどう?」
「ブラックジョークですか? 笑えませんよ」
穏やかだった。和気あいあいと雑談しながら、できたのは先輩のセンス全開の可愛いお化けだった。
夏休みが始まって二十八日目
いつものように先輩と文化祭準備をする。僕の嫌いなあの音が聞こえた。
「開青ー! お前ずるいぞ! 屋上開いてんなら言えよ!」
クラスメイト達、もとい友達がずかずかと入ってきた。
「だってこれ僕の仕事だし……。お前ら持ち場離れていーの?」
「俺らもここで作業したい!! 暑くてもいいからいれろ!!」
駄々をこねる。春花先輩を見ると
「賑やかなの嬉しい! 開青くん! いいでしょ?」
と手を組んで懇願していた。
春花先輩に言われたらしょうがない。
「分かったよ……みんなで準備しよう」
クラスメイト達は快晴の空の下、ダンボールを広げ始めた。僕と春花先輩の貴重な時間ではあったけれど、彼女が嬉しそうだったのでどうでもいい。
夏休みが始まって、というより春花先輩と別れるまで今日を含めて残り三日。
僕はずっと考えていたことを春花先輩に発表することにした。
「今日は彼らは来ないのか。寂しいねぇ。やっぱり、あったものが無くなるのは嫌だね」
力無く笑った。僕は声に力を込める。
「僕、絶対に生徒会長なります。そして、絶対に屋上を開放する。そうすれば、春花先輩は寂しくないですよね?」
言ってやった。言ってやったぞ。春花先輩の頬は緩みまくり、喜びに満ち溢れているような笑顔になっていた。
「すごくいい! めっちゃいい! ありがとう!頑張ってね開青くん!」
「あと、春花先輩、これ」
僕は照れを隠せないまま、ようやく咲いたセントセシリアを見せた。
「えー!? 私の一番好きな花だ!! めっちゃ嬉しい! ありがとう! あ……でも私持てないから、何時でも眺められるようにあそこに置いてもらえる?」
春花先輩は、僕と一緒に踊って、悩んだ屋上の隅の影を指さして、僕は大人しくその指示に従った。
春花先輩に告白する一日前、文化祭は二日制のため、今日から学校は賑やかになっていた。
僕は作った可愛いお化けを被りながら学校中を練り歩く係。今日は屋上が開いていない。屋上整備員の仕事がもう終わっている。今日は先生たちが最終確認をしているからだ。
でも予め、明日の花火は一緒に見ようと春花先輩と約束しているから、何も問題は無い。明日をひたすら楽しみに待つだけだ。
長かった夏休みが終わる当日。そして、最後の花火が始まる直前。
ようやく屋上が開放された。僕はいの一番に駆け出す。春花先輩は屋上の上から僕を驚かさなかった。どこかに隠れているはずだ。花火が始まるのは十五分後、早く見つけ出さないと。
走る、走る。広い屋上を、熟知している屋上を駆け回った。
花火が打ち上がった。僕はその花火をひとりで、枯れかけたセントセシリアの横で最後まで見た。見てしまった。
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