六日目から十一日目まで
夏休みが始まって六日目
「私もなんか食べたーい!!」
先輩がじたばたと僕の昼食を見ながら言う。登校途中のコンビニで買った冷うどんだった。
「でも先輩、箸持てないし食べ物も貫通するじゃないですか」
「それはそうだけど〜!はぁ……。実体がないと辛いよ。なんか幽霊って取り付くイメージあるじゃん? 私全くできないの。ソーラーパネルのおじさんでも試したし、君に入ろうとしてもぶつかるし」
先輩は体操座りで文句を言う。残念ながら僕には解決できない問題だ。
「仏壇スイーツなら食べられたりするんですかね。明日持ってきてみます?」
「いらない! 仏壇スイーツは美味しくない!それに、幽霊に直接食べさせるやつじゃないでしょ!」
「失礼だなぁ。僕は落雁結構好きです。まぁ幽霊には……そうかもですけど」
先輩がむっと僕を睨みつけた。
幽霊。そう、彼女は屋上にいる幽霊。彼女は本当に幽霊なのか。僕は未だに信じられないままでいる。
「ねぇ、そろそろ先輩について教えてくださいよ。一年経ったし、良くないですか?」
「やだー! 謎の屋上少女でいたーい! 知りたいなら暴いてよ! 名前を当てられたら全部教えてあげるから!」
先輩はふわっと浮かんで逃げてしまった。
夏休みが始まって七日目
僕は相変わらず膨大な量の課題を解く。先輩はそれを覗き見していた。ふと顔を上げると、ピンクの髪飾りが目に入ってきた。
「その髪飾り、綺麗ですよね」
「去年も褒めてくれたよね。この髪飾りの花の名前は覚えてる?」
「セントセシリアですよね。ピンクの薔薇の」
「そーだよ!『君だけが知る』とかが花言葉!私の一番好きな花!」
先輩は立ち上がり青空の下へ行く。水色の空の下に咲くピンク色の薔薇は、対象的で可憐だった。
僕の好きな花もセントセシリアだ。去年好きになって、今の僕の家の庭にはピンクの薔薇の蕾がある。夏に咲くように調整したので、咲いたらサプライズで持ってこようと思っている。
「あ、すみません先輩。僕明日は来られません」
「えー!なんで!?」
「三者面談がありまして……。午前中にあるので午後は親と話し合いになると思うんです」
先輩は見るからにしゅんとするが仕方ない。僕だって憂鬱だ。
「まぁ仕方ないね。存分に話し合ってくるがいいさ。行ってらっしゃい!」
夏休みが始まって八日目
「なりたいものがない…。まぁよくある話ですよ。空本さんの成績なら焦る必要はありませんし。でも、とりあえず進路希望は決めておいてくださいね」
三者面談。先生は僕の成績を見ながら呟く。隣の母は口を開いた。
「私としては、開青がいいならなんでもいいんですけど……」
ちらりと僕の方を見る。僕はその場しのぎの言葉を唱えた。
「もう少し考えてみます。ありがとうございます」
夏休みが始まって九日目
「先輩……ぼくは何になればいいんでしょうか……?」
僕は屋上で弱音を吐いた。昨日のことを思い出しては嫌な気分になる。
「え〜。私はこの間も言った通り、可愛いお嫁さんになりたかったから、アドバイスなんてできないよ。周りの人からは能天気って言われたけど」
先輩は相変わらずふわふわ浮いて僕を見つめる。スカートは物理法則に従わないらしい。
僕は再度、空白の用紙を睨みつける。先輩は僕のおでこを弾いた。
「そんな顔しないのー! 大丈夫だよ! 私が保証する。開青くんは立派な大人になれるさ! にしても、空気を読まないお空だねぇ。こういう時は青空でスカッとするべきなのに、曇りですよ」
先輩は空を見上げてぶつくさ文句を言う。何故か先輩を見ていたらどうでもよくなってきてしまった。
「空気を読まない空って、なんかいい表現ですね。気に入りました。今度から使おうかな」
夏休みが始まって十日目
先輩と過ごせる三分の一が終わった。悲しい気分なのに、空は憎たらしいほど快晴で、空気を読まない空だと感じた。
昨日と同じように空白の紙を眺めつつ階段を登る。
「やっほーい! いらっしゃい! あれ、今日はなんか大荷物だね。ダンボールだ。どうしたの?」
「文化祭の準備ですよ。センスを貸してください。宣伝用看板を可愛くデコるなんて、男子高校生には酷です」
先輩はケラケラの笑ってグッドサインを作った。
「お悩み進路はもういいの?」
「まだ悩みますよ。でも、今日はこっち優先」
「いい事だ。じゃあこの先輩が力を貸そう」
僕は飲み物とカバンとダンボールを床に展開する。
貰ったシールを先輩が指さした位置に貼っていった。流石は女子高生で、センスのない僕から見ても可愛いものとなった。
夏休みが始まって十一日目
昨日の看板の出来の良さをクラスメイトに感動され、今日も看板作りを任された。
今日は昨日の雲を全て吹き飛ばしたかのような快晴で、ジリジリと屋上を太陽光が焼いていた。
「早く終わったなぁ。じゃあ次は進路でも考えよう」
僕はカバンから進路希望調査とペンケース、そして分厚い大学資料を取り出した。
「重くて嫌んなりますよ。今度は鞄を
僕は鞄の中身を見て溜息をついた。 先輩が突然真面目な顔して口を開く。
「
「え?
「そうそう。日本語のいい所だよ。色んな表現があるの。君の進路希望だって、空白って言うより
先輩が僕の空の用紙を指さす。突然の謎発言に、頬が緩んでしまった。
「ふっ、なんかいいですね。その発想。僕は好きですよ」
先輩は僕が喜んだのか嬉しかったのか、満面の笑みでくるくるしだす。
「今日の
「伽藍堂じゃないですか?」
「それそれー !ほら、開青くんよ !上を見たまえ!」
先輩は空中に浮きながら空を指さす。
「嗚呼!! なんて素敵な伽藍堂!」
先輩が急に叫んだ。恐らく僕を笑わせるために文豪のようなおかしな言い方をしているのだろう。僕は見事に引っかかって笑ってしまった。
「なんですか? その語り草。妙に語呂がいいな」
「大丈夫さ。
「めっちゃ謎理論ですね。でも僕はめっちゃ好きです。なんの解決にもなってないけど」
先輩は手を後ろで組んでニコニコしている。
すると、後ろからガチャリと音が鳴った。
「
振り向くと、確かこの学校に務めて五年目の
「屋上整備員の仕事をしていて……。ついでに文化祭準備もここでやってました」
先輩は慌てる僕を見て楽しんできるようで、先生の横にたって腕を組んでいた。
「君は仕事熱心だね。こんなに暑いのに毎日来てるらしいじゃないか」
「まぁ、屋上が好きなんですよ。虫もいないし、特別感があるし」
「そうか。熱中症だけには気をつけるんだよ。転落は…まぁこんなに柵が高いし、無理だと思うけど気をつけなさい。たまに様子を見に来るね」
先生はすぐ帰って行った。先輩は先生が消えた扉を見つめる。
「もしかして、知ってる先生ですか?」
「さぁどうかな」
先輩はそっぽを向いた。もしかしたら、あの先生なら先輩のことを知っているかもしれない。機会があったら訊いてみよう。
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