第2話「過去は過去」

私はいったい何をするのが正解なのだろう。

隣に座り嗚咽混じりの謝罪を続ける少女に、一体どんな声をかければいいのだろう。

そもそも、声をかけるべきではなんじゃないか。

いや、この少女を見ているとそうとも言えない。

体は痩せ細り、髪もボサボサ。

着ている服も随分とよれてしまっている。

こんな子を泣かせたまま放置なんぞしたら、生きていられる気がしない。


(あーあ...どうしよう。)


そんな事を考えている間にもカチューシャはひたすらに謝り続けている。

実は、私にも同じような経験が一度だけある。

そのせいで、今は家族なんて愚か友人でさえ居なくなってしまった。

しかし部外者は部外者。

軽い気持ちで干渉するのもなんだか気が引けてくる。

ただ、放っておく訳にもいかない。

現に今、ここに居るのは彼女と私だけ。

他の助けを借りることができるような状況じゃない。



「あのカチューシャ...?」


「・・・・・・」


私が声を掛けると謝罪を止め、ゆっくりとこちらに顔を向けた。

目は赤く潤み充血してしまっている。


私はナップサックから一枚のハンカチーフを取り出し彼女の涙を拭った。

依然、少女は黙り込んでいるが少しだけ表情が晴れたような気がする。


こちらを無言で見つめる彼女の身体はあまりにも小さかった。

幼く、未熟で、可愛げのある少女の身体だ。


少女の背中に手を回し優しく抱き寄せる。

しばらくすると、私の手には、小刻みに揺れる彼女の肩の感触が伝わってきた。


「そうだ、少し私と出かけてみない?」


「でも・・・」


「ほら。」


か細い彼女の手を取り、一歩一歩と歩き出した。

カチューシャは俯きながらもしっかりとついてきてくれている。


私が、今から向かう場所。

あの場所。



ーーーーーーーーーーーーー



「ここは、どこですか?」


カチューシャの手を取り、つれてきた場所。

ここは町はずれの郊外にある小さな平原だ。

見渡す限りでは何もなく、花々が凛々しく咲き誇るだけだ。

とても穏やかそうに見えるこの地。

私にとって、良悪共に思い出のある土地だ。


再びカチューシャの手を握り、先へと足を進めた。


草をかき分け、奥へ奥へと進むと、小さな池と廃れた家屋が見えてきた。


「あそこです。」


その家屋へ近づき、ドアを開けようとしてみるが、中々開かない。

苦戦の末、少し力を込めて押してみると、バタン!という鈍い音と共に扉は外れてしまった。


「あちゃぁ...でも、まぁ開いたからいっか。」


「随分と適当なんですね。」


「えへへへ、そうかい?」


「褒めてないですよ。」


そんな冗談交じりの会話をしながら室内を見渡す。

暖炉の前に置かれたカビだらけのソファーに腰を掛けると、カチューシャも同様に座らせた。


「ここはね、私の実家だった場所。

 私にとっては、忘れたくても忘れられない。

 そんな場所なんだよ。」


「ご家族はどちらにいらっしゃるのですか?」


「それがさ、分からないんだよね。」


「え?」


「10歳くらいの頃だったけなぁ。

 朝起きると、私と兄以外、みんないなくなってたんだ。」


「父、母、妹、皆痕跡も無くどこかに行ってしまった。」


「そうですか...お兄様は無事なんですよね?」


「いいや、数年前から行方不明になってる。」


「そう...ですか...。」


私の実家であるこの場所は良くも悪くも私の人生に濃密に関わってきた場所だ。

あの日の出来事は嫌でも私に纏わりついてきた。

その日、初めて味わった孤独という感覚を今も鮮明に覚えている。

そしてその辛さも、極鮮明に覚えている。

だからこそ、この子にはそんな思いをしてほしくない。

その最初の段階としての信頼を得るため、この場所にやってきたのだ。



「君にはさ、今の私が辛そうに見える?」


カチューシャは私の顔をまじまじと見つめてから言った。


「いいや、楽しそうに見えます。」


「でしょ?」


「たとえ過去に辛い出来事があってもそれはあくまで過去の事だ。」


「過去...ですか。」


「目の前にはもっと楽しい事が溢れているのに死ぬなんて勿体ないでしょ?」


「だから私は今生きてる。生きて居られる。」


「何が言いたいんですか?」


鋭い視線でこちらを覗く彼女を軽く撫でてから言った。


「君はもっと楽しむべきだよ。」


「楽しむ?何をですか?」


「生きることをだ。」


「生きることを楽しむ...?」


私は無言で頷き、彼女をもう一度強く抱きしめた。

カチューシャは満更でもないという表情でその抱擁を受け止めていた。



ーーーーーーーーーーーーー



その夜、私たちは互いの大切な人について数時間語り合った。

彼女が言っていたイリヤという男性は彼女の兄だったらしい。

両親が他界してしまってからずっと面倒を見てくれたんだとか。

そんな兄が突然戦死してしまったんだ。

あの落ち込み様も納得できる。

兄の帰りを待ち、幼いながら一人で生き抜いてきた。

凄い事だと私は思う。



数時間、思い出話を語り合った末、カチューシャは眠り落ちてしまった。

流石にこんな崩壊寸前な家に泊めておく訳にも行かなかったので、一先ず私の家に連れていく事にした。



ーーーーエルフィア宅にてーーーー


汗ばんだ制服を脱ぎ捨て、寝巻に着替える。

すっかり熟睡してしまった彼女をベッドに入れると、私は卓上のグラスにワインを注いだ。

一人掛けソファに腰かけカチューシャが眠るベッドの方を見てみる。

その寝顔はとても穏やかで、可愛らしい物だった。


満足げに酒を喉に通すと軽く笑顔を作って見せた。


私は、この子を助けてあげたい。

私と同じような思いはさせたくない。

だから、この子に全力を尽くしてあげよう。

彼女の兄が、そうしたように。



と、かっこつけて終わらせようとした私ですが、後日仕事をサボった事がばれ、休職処分を食らいました。

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