エルフ急便ただいま配送中
どろっぷ
第1話「エルフィア・モーンウィッチ」
(今日も仕事か。)
そんな憂鬱な事を思いながら眠い目を擦る。
純白のカーテンをそっと開くと夏の青色と共に眩しい陽の光が差し込んできた。
年季の入った木製のクローゼットを開きエルフィアが務める配送会社の制服に着替える。
出発進行!と言わんばかりの表情でドアを開き今日も一日が始まった。
ーーーー勤務先にてーーーー
20分ほど歩くと、少し先にレンガ造りのよく目立つ建物が見えてきた。
別にこれと言って大きい建物でもないが、周囲には木造家屋しかないせいで変に目立っているのだ。
建物の正面側にある正門から入館し、同僚や上司に軽く挨拶をする。
事務員が作業をする場となっている入口周辺のエリアでは、タイプライターの甲高い打鍵音と香ばしいコーヒーの香りがただよっていた。
エルフィアが向かっている会議室はこの建物の2階である。
光が一切入ってこなくカビ臭い階段を上り、会議室へとたどり着いた、
「おはよ。」
「よっ。」
軽く手を上げて乗りの良い挨拶をする彼は、エルフィアの同僚であるユーリだ。
同世代があまりいないこの会社ではエルフィアの良い話し相手となってくれる。
友人との挨拶をほどほどで切り上げ、"エルフィア・モーンウィッチ配達分"と書かれた金属製の箱へと手を伸ばす。
中を見てみると、小さな封筒から幅1mはありそうな包装された荷物までいくつもの配達物がぎっしりと詰められていた。
ここに入っている荷物全部がエルフィアの今日の配達分だ。
一見、配達しきれない程の量の荷物に思えるが、この街の配達員にとってはこれでも少ない方だ。
年末年始や聖夜祭などのピーク時にはこの2倍以上は配達しなければならない。楽な仕事ではないのだ。
済ました顔で、出発します。と一言残し、今日の仕事を開始した。
「さてと、まず最初の配達先は...。」
革製のナップサックを開き最初の荷物の届け先を確認する。
封筒には丁寧な字で"3番街エルク通り212"と書かれていた。
ここからおよそ徒歩10分ほどの場所だ。
場所を確認したエルフィアは早速、目的地へと向かった。
まだ朝の霞が漂う繁華街では、様々な露店が慌ただしく開店準備を行っている。
そんな繁華街を足早に抜けると、目的地である家の通りまでたどり着いた。
人はまだ寝静まっているのか、無音に近いほど静かだった。少し進むと、目的地に到着した。
正面ゲートを開き、玄関ドアの前まで進む。こんな朝早くに申し訳ないと思いながら、数回ノックした。
「おはようございます。」
「あら、荷物ですか?」
「お届けに参りました、こちらにサインを。」
そう言うと目の前の老婆は懐からサインペンを取り出し、達筆な字でサインを記した。
「いつもありがとうございますね。」
「いえいえ、仕事ですので。」
エルフィアは少しだけ嬉々とした表情をしていた。
配達員に対してこういった感謝をしてくれるような人は中々いないのだ。
軽く会釈をし、今日最初の配達先を後にした。
「さてと、次の配送先は....。」
ナップサックから少し大きめの小包を取り出すと、貼り付けられた伝票には"エルムウッド704"と書かれていた。
(エルムウッド...。確か森だったはず。)
エルムウッド。この街の周囲を取り囲むように位置している森林帯だ。
中々珍しい配送先だったため、エルフィアは少し困惑しながら目的地へと歩みだした。
ーーーー街郊外エルムウッド森林帯入口にてーーーー
まだ朝日が登りきっていないエルムウッドの森では数m先も見えないほどに濃い霧が漂っていた。
耳を済ましても、小鳥の可愛らしい声が鳴り響くだけである。そんな静かな森の中にはどこか幻想的な雰囲気が作られていた。入口から30分ほど歩いた頃、川の清流と水車が見えてきた。少し奥には、木造の小さな家屋も見える。
「ここか。」
木製の古びた扉を叩こうとしたその時、どこかから歌声が聞こえてきた。
とても美しい歌声。優しい歌声。思わず引き込まれてしまいそうになる歌声。
急な出来事に困惑しながらも周囲を見渡してみると、川の対岸にある小さな崖の上に声の主と思われる少女が座っていた。エルフィアに気付いたのか少しこちらを見ながらも歌い続けている。
気になったのでおーい、と声を掛けてみても気にせずに歌い続けている。
困ったエルフィアは、少女の元へと近づいてみることにした。
小さな川の上を軽く飛び越え、対岸の崖へと登った。
「君、一人?」
エルフィアが声をかけてみても、少女はまだ歌い続けている。
少女の顔の前で自己主張するように手を振ってみても、まるでエルフィアがそこに居ないかのように無反応だ。
悩んだ挙げ句、手を尽くしきったので少女の歌を最後まで聴いてみることにした。
遠い国の平原と、薄墨色の鷲、そして誰かの名前を歌っている。
その歌い方を注意して聴いてみると、少しだけ北側諸国の訛りが混じっていた。
しばらく聴き続けていると、歌い終わり、どこか遠い目をした少女は、エルフィアの方を向いた。
「イリヤはどこ?」
唐突に知らない名前を言われ困惑しながらも少女の方を向き直した。
「私はわからないな。」
「そう。」
少女は澄ました顔をしながらも、瞳の奥にはどこか寂しさが感じられた。
"イリヤ"この名前はやはり北側系の名前である。
「それより、名前を聞いてもいいかな?」
「カチューシャ。」
「カチューシャ、私の名前はエルフィア。よろしくね。」
カチューシャと名乗る少女は澄ました表情でエルフィアを見ていた。
「お姉さん、仕事は大丈夫なの?」
予想外の返事に、少し驚きながらもすぐに向き直り答えた。
「そんなこと気にしなくていいよ、今日は特に暇だしね。」
「そういえば、今日は何かを持ってきたんでしょ?」
「そうそう。はい、これ。」
カチューシャに小包を手渡した。
早速、封を開けてみると、中からはアルミ製の小さな缶が出てきた。
カチューシャはそっと缶の蓋を開ける。
中には、手紙と、誰かの写真、それから兵士を識別するためのドッグタグが出てきた。
「これって...。」
「…………」
少女は黙り込んでしまった。
下を向き、小刻みに体を揺らしている。カチューシャの目からは温かい涙の雫が滴り落ちている。
エルフィアはなんと声をかけて良いのか分からなくなっていた。
手紙や、写真と共に入っていたドッグタグ。このドッグタグが手元に帰ってきたという事は、
親しい人間が、戦いにより戦死したという事を意味するのだ。
「ごめんね……。」
カチューシャは嗚咽混じりの声で何度も繰り返して謝っている。なぜ、謝っているかは容易に想像できる。
エルフィアはどこか申し訳無さを感じていた。
仕事はいえ、まだ幼い少女にこんな辛い知らせを届けてしまったことに対する責任感。
そして、今この場で何もしてあげられない無力感を感じていた。
そして少女は全てのことに対して謝り続けていた。
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