映画館

「全っっ然つまんなかったよね?!」

ポップコーンの残りかすを捨てながら、明里は僕にそう言った。

「そうかな、面白かったけど」

まだ映画館の中だから、あまり大きな声でそういうことを言わないでほしい。(僕はこの人と同じことは思っていませんよ)と周りに伝えるべく、少し大きめのボリュームで返す。

「颯太ってこういうのがいいの?途中から何言ってるかわかんないし、山も谷もない話だったじゃない」

僕たちが観たのは、僕の好きな映画監督の最新作。彼女が観に行きたいと言ったから一緒に来たけれど、フランスの穏やかな映画は彼女の口に合わなかったらしい。

山も谷もないのが良いのだけれど。

「今度は明里が好きな映画を観に行こうよ」

「うーん、でも颯太はこれが好きなんでしょう?」

返事になってない。

「そうだね。好きだよ」

「じゃあ、私も好きになりたいもん」

それは難しいんじゃないだろうか、、、と思いつつ、彼女の素直さに感動した。嫌だとか苦手だとかいいつつ、僕に寄り添おうとしてくれる。

明里の自分に正直でいたい気持ちと、相手に合わせたいという気持ちが同じ箱に入っている不器用さが、僕は好きだ。

「じゃあ今度は、もう少し明里が楽しめる映画を探そう」

「そうしよー、ねぇ、ご飯どうする?私、あそこが良いと思ってるんだよね」

「あそこって?」

「ほら、あの、、、1階にあるお好み焼きの!」

「ああ、あそこね。いいよ」

明里が僕の少し前を歩きながら話す。

「創立記念日で学校が休みだから」–––––という理由で来た平日のショッピングモールは、休日の半分以下の客しかいない。休日以外に来る習慣がない僕にとって、人が少ないショッピングモールは少しだけ異様だった。モール全体が弛緩しているような気がする。

次の映画が始まるのだろう。僕たちの反対方向へと人が流れていく。ヒールの音を鳴らしながら堂々と真ん中を歩き、人波を逆光していく明里は、フランス映画のジャンヌダルクみたいだった。できれば端を歩いて欲しいけど。

 

人が少ないので、スムーズに入店できた。明里を奥のソファー席に座らせ、僕は手前に座る。

「ご注文お決まりになりましたらそちらのタッチパネルからご注文ください」

店員は水を置いてすぐに帰っていく。昼時はモールが空いていても忙しいようだ。

「最近はこれが主流よね」

明里はタッチパネルを操作しながらそう言った。

「タッチパネル?」

「うん」

「確かにここ数年で増えた気がするよな」

「運がよかったな、私」

明里が少し俯く。リボンのついたイヤリングが揺れる。

「運がよかった?」

「私、これがあったら颯太に出会えてない」

明里が少し顔をあげて、僕を見る。明里の目に僕が映る。

僕と明里は、客と店員だった。

明里が働いている、レトロな雰囲気が漂う喫茶店。僕らの高校の最寄駅に近い喫茶店で、40、50代くらいの夫婦が切り盛りしている喫茶店だ。僕らが通う高校のほとんどの生徒が利用する駅の近くなのに、高校生はほとんど見ない。というのも、この喫茶店は喫煙者も利用できるスペースが広く置かれているため、タバコのにおいに慣れていない人や肺が弱い人は、入れないのだ。

僕は父親が喫煙者で、タバコには慣れていた。

騒がしいのが苦手な僕にとって、その喫茶店の年齢層高めな空気感は居心地が良かった。

「お嬢ちゃん、注文いいかい」

「はい!今行きます」

店内に響くワントーン高い声。

その声の主である彼女、明里はその店の夫婦の娘だった。

「お待たせしました!カフェオレとサンドウィッチです」

「ありがとうございます」

「伝票こちらに置いておきますね」

伝票が置かれ、サンドウィッチに手をつけようとした。

…が、すぐに消えると思っていた人影が消えない。

なんだ?

「…あの、まだ何か?」

「す、すみません!、国高の人ですよね?」

僕は顔を上げる。そこで明里の顔を初めて見た。

声からのイメージより、顔がおぼこい。

「はい、そうですけど…」

「私も国高なんです!びっくりしたぁ、高校生なんてうちに来ることないから」

店員として見せる笑顔と、年相応の笑顔を同時に見て僕は素直に可愛らしい人だなと思った。


あれから約一年、僕の目の前に恋人として明里が座っている。

「それを言うなら僕の方だ。明里は店員として客を見るかもしれないけど、僕は明里が話しかけない限り顔も見なかった。」

「ふふ、そうかもね。全然目が合わないんだもん、颯太」

「ごめん…」

まあ、思ってないけど。

「思ってないでしょ」

バレた。

「お待たせしましたー!」

店員が材料を机に置いていく。客が作って食べる、なんていうシステムを誰が作ったんだろう。少し小賢しさを感じる。

僕は店員の顔を見る。

(ほらな)

別にこっちが見たところで、店員だって僕を見ていないんだ。

明里がちらりとこちらを見る。考えていることが読まれた気がして、僕はそっぽを向いた。












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降り積もる太陽の中で 朝村伊織 @asamurasyo-toke-ki

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