第10話 ファロナの話

 十年前に復活した魔王を征伐し、現在は故郷で冒険者ギルドを勤めている今代の女勇者、シエラ・シュタイナーが戦友であるアルギスの元を妻と共に尋ねたのは、とある村にアルギスを常駐させて、その村を守ってもらいたいという願いからだった。


 その話も前向きに終わり、アルギスはテーブルに紅茶の入ったカップを置いて席を立ち、リビングのソファに向かっていく。


 そして、ファロナの後ろに立ち、シエラとマリネスの娘を見下ろし。


「お父さん。この子のお名前は?」


「ん? それはあっちの二人に聞くべきかな?」


「フィリアっていうの。仲良くしてあげてね?」


 後ろに立ったアルギスを見上げ、聞いたファロナの言葉に応えたのは椅子に座ってミルクティーを飲み終えたシエラだった。


 そのシエラが、椅子から立ち上がってアルギスの横を通り過ぎファロナの頭を優しく撫でたあと、娘が座っているソファに腰を下ろす。


「フィリア。お姉ちゃんと遊んでもらってたの?」


「うん。お母さん、ここどこ?」


「ここはお母さんの友達の家。お腹空いてない? ママがお爺ちゃんのクッキー持ってるわよ?」


「じいじのクッキー好き、食べる。ママー、クッキー」


 シエラの言葉に娘のフィリアはソファから降りると、トコトコ歩いてマリネスの方に向かっていった。

 そしてフィリアはクッキーを受け取ると、一枚を口に入れ、もう一枚をマリネスに要求すると、それを持ってファロナの所へ戻ってくる。


「はい。お姉ちゃんにも、あげる」


「優しいねえ。良かったじゃないかファロナ」


「ありがとう?」


「そうだね。誰かから何かを貰ったならありがとうだ」


 アルギスから撫でられ、ファロナは嬉しそうに微笑みながらクッキーを受け取ると、一口にそれを放り込んだ。

 初めて食べる菓子、甘味はファロナの舌から脳へ、これは美味しい物、好きな物だと信号を送り、自然と笑顔を浮かばせる。


 その笑顔にフィリアも嬉しそうに笑顔を浮かべ、釣られて親たちも笑顔を浮かべた。


「フィリアちゃん今何歳だっけ?」


「三つ。もうすぐ四つ」


「ファロナよりちょっと下か。いや、生まれたのが先日だからファロナのほうが歳下なんだよねえ」


「話は父さんから聞いたけど、突然森に現れたんだっけ?」


「最初はとんでもない魔力の塊みたいな物が現れたのを感じてね。それが収束、縮小したところにこの子がいたんだ」


「魔物の出現の仕方とも違う感じね。転移に近いけど、それならアルギスが分かるよねえ」


「そうなんだよ。僕の結界内に本当に突然現れたんだ。カウンタートラップの迎撃魔法も発動せず。つまり魔物ではない、しかし、魔力の循環の仕方が人のそれとも違う。魔物みたいに完璧な魔力の循環がすでに出来てるんだ」


「この子が私を知ってるって言ってたのと関係あるのかな?」


「僕を見た時、最初に言った言葉が『お父さん』だった。最初は鳥の雛のすり込みみたいなもんかとも思ったんだけど。ご覧のとおり、ファロナにはちゃんと人間的な知性が備わっている」


「私とアルギスに関係あるんだろうけど、いまいち心当たりが無いなあ。竜人族に共通の知り合いなんかいないし」


 そう言いながら、シエラは座ったままファロナの頭に手を伸ばした。

 頭を優しく撫で、その手を少しずつファロナの角へ這わせるシエラ。

 ファロナはその手の感触に一緒びくつくが、悪意がない事が分かっているからなのか、大人しくシエラに角を触らせている。


「大丈夫? 痛くない?」


「大丈夫。ちょっとくすぐったいの」


「そっか。ごめんね」


 ファロナの角から手を離し、その手を組んでシエラは首を捻った。

 昔、まだ子供のころにファロナの角と似た角を持つ何かを見たような気がしたからだ。


「お姉ちゃん、尻尾ある」


「フィリア。勝手に触っちゃだめよ? お姉ちゃんくすぐったいからね〜」


「あい」


 ファロナの動いている鱗に覆われた尻尾に視線を落としていたフィリアが、マリネスの言葉に返事をしたあと、シエラが座っているソファにちょこんと座る。

 そんなフィリアをシエラは抱き寄せた。

 そして、再びファロナに目をやり口を開く。


「尻尾の鱗は一枚一枚が幅広、リザードマンの物とはかけ離れてるけど、竜人族の持つ尾よりは体に対して長さも幅も大きめ」


「現存する竜人族は血が薄れて今の姿になっていると聞いたことがある。ファロナの姿はどちらかと言えば古文書の記述にある竜人族の原種に近い。でも原種の体にあるはずの鱗は無いんだよねえ」


「個体差ってだけじゃないの?」


「恐らくだけど違うね、現存する竜人族の中にここまで完璧に竜の因子を体内に内包している者なんていない。それだけははっきり断言するよ」


 言いながら、アルギスは自分の胸に手を当て、自分の内部にある竜の心臓の鼓動を感じていた。

 

「ファロナといるとね。胸のあたりが心地良いんだ。安心出来るというか、ちょっと表現が難しいけど」


「私も一緒。お父さんといると安心する」


「僕の心臓は君たちが知っての通り、太古に滅んだ文明跡の遺跡の奥で保管されていたドラゴンの心臓を取り込んだ物だ。そっちと関係があるのかも」


「それだと私を知ってる理由が分からないわよ?」


「うーむ。確かに」


 などと、ファロナの正体に二人して首を捻っていると、話を聞いていたマリネスが「もしかして」と口を開いた。


「先生とシエラちゃん。二人が同時に遭遇した龍が昔いたよね?」


「あ〜。十何年か前に戦った巨大地龍?」


「あの地龍の体内のダンジョンの奥にいた本体の地龍のこと覚えてる?」


「忘れるわけないよ。私が、止めを」


 言いながら、シエラが目を伏せた瞬間だった。

 

「ああ! もしかして、そうなのかファロナ! 君、あの地龍なのか⁉︎」


 と、アルギスは何か分かったのか、驚いたように声を上げ、ファロナの両脇を抱えて抱き上げ目を合わせる。

 しかし、ファロナにはなんの事か分からず、抱き上げられたまま首を捻り、アルギスに抱っこされた事が嬉しくて微笑みを浮かべたのだった。

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元勇者パーティの魔法使いの竜人幼女育成物語 リズ @Re_rize

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