第9話 勇者からの提案

 かつて共に旅をして、魔界に復活した魔王を討伐した勇者一行。

 その勇者一行のリーダーであったシエラとアルギスから魔法の鍛練を受け、魔王討伐後に賢者の称号を与えられたシエラの妻、マリネスはアルギスの自宅のリビングにお邪魔していた。


「当時の勇者一行六人の内、三人が集まるとはねえ」


 ダイニングテーブルに座ってもらったシエラの前には砂糖が入った甘めのミルクティーを。

 シエラの隣に座っているマリネスの前には甘さ控えめのストレートティーを置きながら、アルギスは砂糖を一杯だけ入れた紅茶を手に二人の前に座った。


 シエラとマリネスの娘はソファの上で爆睡。

 その様子を物珍しそうにファロナが見下ろしている。


「はいこれ。お父さんが焼いたクッキー」


「おお、ありがとう。リチャードのクッキー美味しいんだよねえ」


「父さんのクッキーは王国一」


「冒険者やめて、お菓子屋さんでもすれば良いのにねえ」


「妹、セレネが独り立ちするまでは頑張るんだってさ」


 そう言いながら、シエラが腰の異次元収納魔法が掛かったマジックポーチから紙包を取り出すと、その包みをテーブルの真ん中で開いて中のクッキーを一枚口に放り込んだ。


「君たちの夫婦生活はどうだい? 仲良くやってるかい?」


「仲悪かったら娘は産まれてないよ」


「神が認めた同性同士の結婚だもんねえ。愚問だったよ」


「それより今日はそっちのことだよ。何か困ってることはない?」


 シエラの質問に、アルギスは紅茶を口に運ぶと一口啜り、カップを置くと腕を組んで首を捻った。

 

「生活するだけなら正直別に困っていることはないよ。君のお父さんからメモも貰ったしね」


 言いながら、アルギスはシエラたちの後方にある本棚から育児メモを転写した本を魔法で取り出すと、それを引き寄せようとした。

 しかし、その引き寄せた本を見もせずにシエラが手に取り、開いて中身を物色する。


「確かにコレなら私たちが口出しすることないね。生活するだけなら確かに大丈夫そう」


「でも先生。ファロナちゃんとずっとこの森で暮らすつもりですか?」


 目の前のシエラとマリネスの言葉に答えずに、アルギスは髪をかきあげ「そういうわけにはいかないよねえ」と苦笑いを浮かべる。


「私も、産みの親に捨てられて、父さんに拾われて育てられた。だからこそ言えるけど、他人との交流は必要だよ」


「先生はお喋りだから、個人間のコミュニケーションという部分は問題ないと思いますが」


「君たちの言いたいことは分かるよ。ファロナが大人になった時のことを心配してくれてるんだね」


 伊達に数百年生きているわけではない。

 不老不死の力を手に入れてから長い間旅をして世界を見て回った魔法使いは、人と人の繋がりの大切さ、尊さも知っている。

 アルギスは教え子二人の心配そうな顔に向かって笑みを浮かべた。


「どこかに引っ越すかなあ。でも街はちょっとうるさくてねえ」


「なら村に住んでみたらいいよ。私たちの住む街エドラから西に行った所に湖があるでしょ?」


「十何年か前に地龍と戦ったクラテル地帯だね」


「あの湖から北に進んだ先の森の中に小さな村があるの。冒険者ギルドに依頼が来ててね。魔物から村を守れる長期滞在可能な冒険者が欲しいって」


「今は村を守る冒険者はいないのかい?」


「田舎に行きたがる若い冒険者はいないからねえ。ちょっと前まで年配の冒険者がいたんだけど。腰をやっちゃってね」


「なるほどねえ。それで君たちが直接勧誘に来たわけか」


「まあ、現職のギルドマスターとしてはねえ。信頼出来る筋に任せたいし」


「まったく。勇者ちゃんは本当にあの二人の娘だね。分かった、その依頼受けるよ」


「やりぃ」


「ちょっとシエラちゃん。ハイタッチはまずいよ」


 アルギスの言葉を受け、口元に笑みを浮かべて妻に向かって手を上げるシエラ。

 そんなシエラが上げた手を握り、マリネスはシエラの手を下げさせた。


「まあでも悪い話じゃないでしょ? 静かな村で、ファロナちゃんの育児が出来るし、困った時は手も借りられる。男親一人だと、女の子の育児では絶対困る時期が来るからね」


「ああ〜。確かにそういうこともあるか」


「一応臨時でリグスとナースリーを村にやってるから、あんまり急がなくてもいいよ。でも忘れないでね」


「勇者一行の戦士くんと魔法使いちゃんが行ってるなら僕いらなくない?」


「あの二人もそろそろ結婚の準備があるから」


「やっと決心したかあの二人。長かったなあ」


「仲良すぎて昔から夫婦みたいなもんだったからね」


「それについては君たちも大概だと思うけどねえ」


 そんな話をしていると、目を覚ましたか、シエラとマリネスの娘と、ファロナの笑い声が聞こえてきた。

 どうやらファロナが娘をあやしてくれているらしい。


 そんな様子を眺め、親バカ三人は口元に笑みが浮かぶほど和んでいたのだった。

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