第8話 来訪者
早朝から風呂を焚き直し、ファロナと朝風呂を堪能した魔法使い。
アルギスは見事な地図が描かれたシーツと毛布を前に苦笑すると、ファロナを連れて二つを魔法で丸めて浮かせ、引き連れるように外に出た。
空は快晴、洗濯日和。
森の木々の間を抜けてきた風は涼やかで心地良いものだ。
「さて、毛布を洗っちゃおうか」
そう言うと、アルギスは丸めたシーツと毛布を中心に水の魔法を展開して洗濯物を包む。
そして、その中に水流を生み出して乱雑に回し始めた。
「寝具の洗濯は久しぶりだなあ」
「ごめんなさい」
「別に怒ってないよ? 寝る前に水飲ませたのは僕だしねえ。これからは寝る前にトイレ行ってから寝ようね」
「トイレ?」
「うん。体内の老廃物を排泄する設備のことだよ」
「ろーはいぶつ」
「色々教えないとなあ」
アルギスに寄り添って立つファロナが首を傾げている様子に苦笑して、何度か寝具の水洗いを終えたあと、アルギスは水の魔法だけを解除。
宙に噴霧するように水を拡散させるとシーツと毛布を空中に広げて停止させる。
「乾燥させてもいいけど。まあここは一つ時短といこうかな」
そう呟いて、アルギスは手を開いてかざしたあと、ゆっくりその手を握っていく。
すると、絞っているわけでもないのに毛布とシーツ、両方から剥がれるように吸収されていた水がアルギスの手元に集まり寝具があっという間に乾燥していった。
「お〜」
「凄いでしょ。昔開発した魔法の一つでね。対象から水分だけを剥奪する魔法なんだ」
って説明しても伝わんないよねえ、とは思いつつもアルギスは言葉の練習の一環になればと考え、ファロナにこの魔法を開発した経緯や思い出話をアレやコレやとしながら、今度は宙に浮かせたシーツと毛布を綺麗に畳んで家の中に放り込んだ。
こうして寝具の洗濯を終えたので、何をしようかなあと考えながらファロナを抱き上げ自宅に向かって行こうとしたそんな時だった。
「あれ? 珍しいな」
と、急に真後ろに現れた見知った魔力にアルギスは自宅の前の広場に振り返った。
そこには先程まで何もなかった空間を裂いたような亀裂が浮かんでいる。
それは昨日アルギスが使った転移魔法に似た現象で、現状その空間を切り裂いて行う転移魔法は世界的に見てもある一人の人間にしか行使できないものだった。
「うわ。本当にアルギスが子育てしてる」
「やあ勇者ちゃん。久しぶりだねえ」
「昨日ウチに来てたでしょ? なんで声掛けてくれなかったの?」
空間を切り裂いて現れたのは三人。
一人はアルギスに勇者ちゃんと呼ばれた、白髪に近い水色の髪の身長が高めの女性。
もう一人は金髪のロングヘアを後ろでまとめた女性で、その女性は娘だろうか、まだ幼い少女を抱えている。
「アルギス先生お久しぶりです」
「マリネスくん、久しぶりだねえ。娘ちゃんは元気かい」
「はい。今は眠ってますが」
「はっはっは。性格の図太さは勇者ちゃん譲りってわけだ。転移してきて話し声も聞こえてるだろうに眠り続けてるなんてねえ」
「私たちの娘だからね」
そう言って、青髪の勇者ちゃんは連れ添っている金髪の女性、マリネスの肩を抱き寄せ、眠っている薄い青が混じった金髪の娘の頭を撫でた。
「しかし、突然じゃないか。聖剣での転移まで使ってさあ。勇者ちゃんと賢者ちゃんご夫婦が来訪すると知ってればもてなしたのに」
「父さんの友達にそんな事させられるわけないでしょ」
「君は本当にお父さんとよく似てるねえ。まあせっかくきたんだ。中にどうぞ、何も無いけどね」
「ん。大丈夫。だと思ってこっちから色々持ってきた。アルギスの好きなお菓子もあるよ」
そう言いながら、長身のアルギスよりやや背の低い今代の勇者の女性は腰のポーチをポンと叩く。
「その子が?」
「そう。ファロナと名付けた。いい名前だろ?」
「ん。そうだね」
アルギスの言葉に同意すると、勇者は妻の肩から手を離し、手を繋いでアルギスに近付くとファロナと視線を合わせてニコッと笑う。
「私はシエラ。シエラ・シュタイナー。あなたのお父さんの友達だよ。よろしくね」
「勇者のお姉ちゃん。よろしく。わたし、あなたのこと、知ってる、かも」
「え?」
少し怯えるようにアルギスに身を寄せながら、それでもファロナは勇者の女性、シエラを見つめたままそんな事を言い放ったので、シエラは驚いてアルギスを見る。
しかしアルギスに心当たりはなく、シエラに向かって首を横に振ったのだった。
「あんまりやりたくはなかったんだけど。記憶を覗いてみた。でも無かった。この子の記憶は僕との出会いが一番最初だったよ」
「子供とはいえ、人の記憶を覗くなんて、サイテー」
「ええ〜? 仕方なくない?」
「この人手なし〜」
「まあ確かに人間ではないけど。酷いな勇者ちゃん」
「まあ、冗談だけどね」
久しく再会した戦友同士、笑い合うアルギスとシエラ。
そんな様子にシエラの妻マリネスとアルギスに抱えられているファロナも微笑んでいた。
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