第7話 夜のひとときと、早朝ハプニング
初めての風呂も終え、小さな背中まで伸びているファロナの桃色の髪を乾かし終えたアルギス。
このあとアルギスはキッチンに行くと、木のコップに水を入れ、更にその中に魔法で作り出した氷を入れると、それをファロナに渡した。
「喉渇いてない? いらないなら置いてても良いよ?」
と、聞いている最中にファロナはアルギスから受け取ったコップを傾けて口に運んでいた。
どうやら友人のメモは本当に正確らしい。
さすが二児の父親だなあと、アルギスは思いつつ、自分は立てた人差しの先に水球を作り出し、それを口に放り込んだ。
「ふう。本当はハーブティーなんかも良いらしいんだけど。いま切らしててねえ」
アルギスの言葉に両手でコップを抱えたままファロナは首を傾げていた。
そんなファロナに笑みを浮かべたアルギスは、空になったコップを受け取ると、それを洗い場に置き、ファロナを抱き上げてソファに座る。
「まだちょっと寝るには早いし、どうしよっか?」
と、聞かれて幼いファロナが何かを提案するはずもなく。
アルギスは友人のメモを転写した本を棚から引き寄せると、それを手に取って開いた。
「魔法は控えなきゃなのに。なかなか癖は抜けないねえ」
反省しているのかいないのか。
自分の行動に自嘲気味に笑う。
そんなアルギスに釣られてファロナも笑顔を浮かべていた。
「えーと。四、五歳の子供は文字にも興味を示すから、時間があるなら文字を教えてみろ、か。ふむふむ」
この世界の識字率は決して低くはない。
義務教育などは無いが、文字数字の重要性は理解され、親から子へ、更にその次の世代へと受け継がれてきた。
元は遥か昔にこの世界にやって来た転移者や転生者が持ち込んだ、アルファベットという二十六文字が使用されていたが、長い年月で形が崩れ、今では独自の文字に変化。
この世界の共通語として使用されている。
「文字の練習なら絵本とかかな? 僕小説と魔導書しか持って無いんだけどなあ」
などとボヤきながら、アルギスは魔力を指先に集中させ、この世界で最も普及している共通語を順番に空中に描いていく。
その空中に書かれた文字が、見えない紙にでも張り付くかのようにアルギスとファロナの目の前で浮かんだ。
「ねえファロナ。これ何か分かる?」
「わかんない」
「これはね」
と、こうしてしばらく文字を教えていたところ。
窓から大きな月が覗いたあたりで、ファロナが眠気に誘われたかコクンコクンと、舟を漕ぐようにフラフラしはじめた。
それを見て、アルギスは空中に浮かべた文字を蝋燭の火を消すように息を吹いて消す。
「そろそろおネムだね。今日はもう寝ようか」
アルギスの言葉に返事をする代わりに、座っているアルギスにしがみ付き、胸元に顔を埋めるファロナ。
そんなファロナの様子に微笑むと、アルギスはファロナを抱えて立ち上がる。
そして、リビングから出る際に指を弾いて鳴らし、散らかった本や衣服を片付け、天井に埋め込まれた光源用の魔石の光を消すと寝室へ向かった。
ファロナを抱えたまま真っ暗な廊下を歩くのは危険なので、魔力の塊を一つ放出して光源にして、アルギスは歩き、寝室の扉を開く。
窓から差し込む星の光で照らされた寝室にはベッドとクローゼットが置かれていた。
そのベッドまで進み、魔力の塊を消すと、アルギスは既に寝息をたてているファロナをベッドに寝かせ、自分もその隣に寝転ぶと、毛布を被る。
「妙なことになったけど。今はとくにやる事もないし、ちょうど良かったのかもねえ。コレが縁ってやつなのかなあ」
寝転んだまま横を向き、頬杖をついてファロナの安心しきった寝顔を見下ろしながら、アルギスは呟いた。
魔法の研究や
そんな人生を送るんだろうなと、考えていたアルギスの元に突然訪れたファロナという転機。
いつしか聞いた友人である勇者の父親が言っていた「人生何があるかわからん」という、取り止めのない言葉を思い出しながら、アルギスはファロナの顔に掛かった髪をつまんでどけると、そのもちもちした頬を突いてみた。
「栄養状態も悪くない。やっぱりあの場所で発生、産まれたって事なんだろうか。分かんないなあ。でもまあいいか。ファロナが魔物だったとしたら、それはそれで僕と似たような存在ってことだし」
アルギスに突かれても起きないどころか、すやすやと寝息をたてているファロナに苦笑し、アルギスも寝る体勢に。
そして、しばらくして眠りに落ちたアルギスは久しぶりに夢を見た。
十数年前、まだ勇者が幼い頃、勇者の父親と共に巨大地龍と戦った時の夢。
「もし生まれ変わっちゃったらさ、僕のところにおいでよ」
地龍に取り込まれ、体内に生成されたダンジョンの奥でアルギスが誰かに言った言葉。
その言葉を最後に、アルギスは下腹部に違和感を感じて目を覚ます。
「お〜。なんてこったい」
違和感の正体はファロナを中心に広がっていた。
就寝前に水分を取らせたせいだろう。
夜中のうちに粗相をしたファロナは、自分がやってしまった大洪水に気付かないまま気持ち良さげに眠っていた。
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