第6話 風呂での話
夕食を終え、ファロナを風呂に入れることにしたアルギスは、久方ぶりに自宅の風呂にお湯を張った。
魔法に頼らず、慣れない手つきでファロナの服を脱がせ、アルギスは浴室へ。
そして、湯船に浸かる前にまずは自分の頭と体を洗い、待たせていたファロナを椅子に座らせた。
「洗剤余ってて良かった。コレも買い足さなきゃなあ。じゃあファロナ。頭流すから目を閉じてね」
「あい」
呟きながら、アルギスは桶で湯船のお湯を掬い上げてファロナの頭にかけていく。
そして、頭髪用洗剤を手に取り、泡立たせて洗い始めた。
「角って頭髪用洗剤でいいんだろうか? 石鹸の方がいいか? 流石にリチャードのメモにも書いてなかったな。うーむ、とりあえず両方使うか」
呟きながら、アルギスはファロナの頭の角に触るが、それがくすぐったかったのか、ファロナはケラケラと笑い出してしまった。
「ああそうか。他人に爪を触られたり歯を触られるようなもんだもんなあ。もしかしてブラシか何かで擦った方が良かったりする? うーん、分かんないなあ」
下手に擦って傷を付けるわけにもいかず、とりあえずファロナに我慢してもらい、お湯で流して体を洗うことにした。
そして、洗い終わったあとは湯船に浸かる。
「はあ〜。疲れた」
「つかれた〜」
「どうだいファロナ。お風呂は熱くないかい?」
「あつ?」
「大丈夫そうだね。いやあ世の子持ちたちはこんな苦労をしてるのかあ。凄いなあ」
様々な魔法を取得し、強力な敵と戦ってきた稀代の魔法使いも、初めて経験する子育てに少しばかり疲れてきたようだ。
しかし、それ故にアルギスは楽しさも感じていた。
アルギスの真似をして浴槽に座ったファロナがお湯を掬ったりして遊んでいる様子が可愛らしくて和みもした。
「なんで君は森にいたんだい?」
捨てられたなら意味が分からない、もし拐われてきたならこれほど愛らしい子供を両親が心配していないはずがない。
最悪は両親は殺されたうえで拐われた可能性があることだが、それにしては腑に落ちない事が多い。
事情を聞きたいが、ファロナに答えは望めそうもなかったので、アルギスは仕方なくある手段に打って出ることにした。
「ファロナ。ちょっとごめんね」
そう言いながら、アルギスはファロナの頭に手を乗せる。
そして魔法を発動させて、ファロナの記憶を覗き込んだ。
話を聞けないなら直接見れば良いと思ってのことだった。
しかし、ファロナの脳には本当に何もなかった。
赤子からすら記憶を読み取れる魔法でもってしてもファロナの記憶は真っ白で、一番新しい記憶は森の中を少し歩いた先で魔力を放出して眠りについた瞬間だけで、次に見たのはアルギスの姿だったのだ。
「おとうさん?」
「忘れてるとか、思い出せないとかじゃない。本当に記憶がないのか。記憶喪失の症状でもないね。あそこで急に発生したような。魔物の生まれ方に近いけど。それにしたって綺麗さっぱり記憶がないなんてね」
こうなってはお手上げだが、少なくともこの少女、ファロナは産みの親と悲劇的な別れをしたわけではないことがわかったので、アルギスはホッと胸を撫で下ろした。
「ファロナと似た魔力をどこかで感じた気がするんだけどなあ。だめだ、思い出せない。記憶が多過ぎる」
呟くと、アルギスは自分の記憶を探るのを止めて湯船に寄り掛かった。
そしてしばらく温まったあと、二人は湯船からあがり、浴室を出る。
「ふぅ。さっぱりしたあ」
「さっぱり?」
「そう。さっぱり。気持ちよかったってことだよ」
そんな話をしながらアルギスはバスタオルでファロナの頭を拭こうとするが、どうにも角が邪魔をするのでそれにも四苦八苦する事になる。
このあとどうにかファロナを拭き、自分も拭くと、アルギスは棚に畳んだまま放置していた下着と着替えを着用し、ファロナの着替えを取りにファロナを連れてリビングへ向かった。
「あ。このワンピースは寝間着用かな? 生地が着て帰ってきたヤツとはちょっと違う感じだ。あ、下着もいるか。これかな?」
リビングにあるソファの近くのローテーブルの上に置いていたローブに包んでいた貰い物からアルギスはファロナの着替え取り出して着せていく。
そして、ソファに座って落ち着く前に何かやるべき事がないかと、本棚の方に向かうと、リチャードのメモを転写した本を開いた。
「長髪なので髪は早めに乾かすこと、風邪をひく可能性がある、か。なるほど?」
男は大丈夫なのだろうかと思いつつ、本を棚に戻すとアルギスはソファに腰をおろしてファロナを呼ぶ。
すると、部屋をウロチョロ歩き回っていたファロナは嬉しそうにアルギスに駆け寄ってきた。
「ここ座って。髪乾かさないといけないんだってさあ」
足を開いてソファをポンと叩くアルギス。
それに応えるように、ファロナはアルギスの前に腰を下ろした。
それを見て、アルギスは風の魔法を使ってファロナの髪を乾かしていく。
こうして、新米パパの初めてのお風呂は終わりを迎えるのだった。
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