第5話 二人で風呂へ
少し早めの夕食を用意し終わって、アルギスはスープを皿に入れるとキッチンのすぐ側に置いているテーブルの上に置き、椅子に竜人幼女、ファロナを座らせた。
しかし、森の奥に住む魔法使いは一人暮らし。
人数分の椅子など置いているわけもなく「おっと。こりゃまいったね」と呟きながらファロナの座る対面に魔力を固めて足場を作って椅子の代わりにして座った。
「家具も揃えないとなあ。うーん、誰かと暮らすなんて久しぶりだから色々考えるのは楽しいね」
その昔、友人から預けられた弟子の育成のために街で暮らしていた時の事を思い出し、アルギスはスープを前に涎を垂らしているファロナを見て微笑んだ。
しかし、いつまで待ってもファロナはスープに口を付けようとしないので、アルギスは首を傾げる。
「どうしたんだい? 食べてもいいよ? あ、もしかしてスプーンの使い方分かんなかったりする? こうやって人差し指と親指で挟んで、中指で支えるんだ」
「んー?」
「出来ない? なら握ってもいいよ? こうやって握って、すくって食べるんだ」
まだ上手くスプーンが使えないようだったので、アルギスは自分のために用意したスープでお手本を見せながらスープを口に運ぶ。
しかし、そのおかげというべきか。
子供には少し熱いかも知れないという考えに至り、アルギスの真似をしてスープを使って口に運ぼうとしたファロナの手を止めようと手を伸ばした。
ファロナの小さな手に自分の手を添えるアルギスはホッとため息を吐く。
「ちょっと熱いかもしれないから、冷ましてから食べたほうがいいよ?」
「さます?」
「こう、フーってね」
自分のスプーンにスープを掬い上げ、息を吹きかけて熱いものの冷まし方を教え、そのスプーンをファロナの口元に運んだ。
すると、ファロナは嬉しそうにその木で作られたスプーンを咥える。
「どうだい? 美味しいかい?」
「おいしー!」
「それは良かった」
ファロナの反応にアルギスが笑顔を浮かべていると、ファロナがスープを掬い直してアルギスの真似をして息を吹きかけようとして息を吸い込んだ。
しかし、明らかに力いっぱい息を吸い込んでいるので、アルギスはこのあと起きる事を予想して自身の前に小さな魔力の壁を作る。
そしてその予想は的中し、ファロナは力一杯息を吹きかけてスプーンで掬ったスープを吹き飛ばしてしまった。
飛んだスープがアルギスに向かって飛散する。
そのスープを、アルギスは魔力の壁で止めると、水魔法を使う要領で空中に飛散したスープを集めていくとファロナの更にスープを戻した。
「もっと優しくね優しく。スープ全部無くなっちゃうよ?」
「あい」
「返事が出来るのは偉いね」
一般の四、五歳の子供の発育具合など知る由もなく、アルギスはそれでも見た目より少し幼く感じるファロナと夕食を楽しんだ。
「一人で食べるより倍くらい時間掛かっちゃったな。まあでも、これはこれで楽しかったから良いや」
自身は綺麗なものだが、溢したスープで口の周りやらリチャードに貰った子供服を汚したファロナを見ながら苦笑するアルギス。
その汚れを魔法で綺麗さっぱり取ろうとして、指を鳴らそうとしたところで、アルギスはある事を思いついて指を放した。
「そういえば、リチャードに魔法に頼り過ぎるなって言われてたっけ、ちゃんと人らしく育てるなら僕も魔法は控えないとなあ。となると、ファロナの服の汚れは洗濯、ファロナ自体は、風呂か」
魔法を控えると言いながら、身に付いてしまった癖は中々消えないもので、アルギスはキッチンのシンクに魔法で食器を放り込むと「おっと」と、苦笑して立ち上がり、テーブルからシンクのほうに向かうと手で皿を洗い始めた。
「おとうさん。何してるのー?」
「皿洗いだよ。そのあとはファロナを洗うからね?」
「ごしごしするの?」
「するよー?」
「あい」
アルギスの言葉に返事をしながら両手を差し出し、抱っこをせがむファロナ。
それを見て、アルギスは思わず吹き出して笑うと、皿洗いの手を止めて自分の服が汚れるのもお構いなしでファロナを抱き上げた。
「お風呂入ろうか。汚れてる服着てるのも嫌でしょ」
「んー? わかんない」
首を傾げるファロナを連れて、アルギスは歩き始めた。
向かうは廊下。その先にある、玄関入ってすぐ側の風呂場だ。
「最近お湯沸かしてなかったけど。まあ動くでしょ。多分」
ファロナを抱えたまま、風呂場に向かったアルギスは、脱衣場の扉を開け、浴室へ入ると、浴槽の横にある配管に組み込まれている魔石に触れた。
二本あるうちの配管の一本には、水と火の属性が付与された魔石が組み込まれ熱湯が。
もう一本には水と氷の属性が付与された魔石が組み込まれていて冷水が出る仕組みになっている。
まずは熱湯を出し、ある程度溜まったら冷水を出して少し温めのお湯を溜め、アルギスは配管の魔石の動作を止めると、浴槽横に組み込まれた魔石に触って魔力を送った。
火の魔石の粗悪品で、屑魔石などと不名誉な名称で呼ばれているが、保温に適しているので様々な日用品に使われている。
これでお湯の温度を一定に保つのだ。
「すーぷ?」
「いいや。お風呂っていうんだよ」
「おふろ」
「そうそう。心と体を洗う最高の文化さ。さて、向こうで服脱ごうね」
お湯を張り終わったアルギスはファロナを連れて脱衣場に戻ると衣服を脱いでタオルを腰に巻くと、ファロナの脱衣を手伝うために屈んだ。
襟が角に引っ掛かってしまったのだ。
「お。あれ? こう、こうだ。よし取れた」
「とれたー」
こうして、準備が整った二人は浴室へ向かう。
そしてこの日、ファロナは生まれて初めての風呂を体験する事になるのだった。
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