第4話 魔法使い、少女の名前で大いに悩む

 リビングのソファに座る、ワンピースを着た幼い少女の隣に座り、アルギスは少女に与える名前を考えていた。

 考えていたのだが、どうにもしっくりこず、腕を組み、首を傾げて唸っている。


「うーむ。桃色の髪って事は火の神の加護持ちだろ? 火に因む名前にするべきかな? いやでもなあ。青髪の勇者ちゃんも水に因んだ名前じゃなくて空に因んだ名前なんだよねえ」


 アルギスの頭に浮かぶのは、人間から種族として魔法使いへと進化を果たした頃から、数百年分蓄えた魔法の名称ばかり。


 それも悪くないが、名前となれば一生ものだ。


 安直に考えるのは良くないかと考え、アルギスは柄にもなく花の名や、星座の名称、神の名などなど、思い浮かべてみるものの、どうにもコレだという名が思い付かない。

 それどころか、これでいいかという妥協案すら思い浮かばなかった。


「参ったな。魔法の研究なんかより厄介だぞコレは」


 濡鴉ぬれがらすの羽のような黒い髪を掻き上げ、天井を見上げながら呟くと、アルギスは本棚に向かって手を翳した。

 そして棚にしまってある魔導書や小説を片っ端から引き寄せ、宙に浮かせる。

 宙に書籍を浮かせたあと、アルギスは指を弾いて鳴らし、その浮かせた数十冊の書籍全てのページを適当に開いていった。


 その様子に、竜人の少女は少し怯えた様子でアルギスに身を寄せ、アルギスのシャツの裾を握る。


「怖がらせちゃった? ごめんね」


 そう言って、アルギスは一冊ずつ本を閉じていくが、丁度その時一冊の小説の一文が目に入った。


「ファルナ。神の恩寵。正しき者に褒美を与えるという神の名。ファルナか、この世界の神様ではないんだっけ。過去、この世界に転移、転生してきた異世界人が持ち込んだ知識と概念だったかな?」


 この世界にいる神様は六柱だけなんだよねえ。

 と、思いつつ、アルギスはその小説を手に取ると、指を鳴らし、他の書籍は全て自動で棚に戻していった。


「正しき者に褒美を、か。いいね、悪い奴が得する話は僕嫌いだし。この異世界の神様の名前を貰おう。でもそうだなあ、異世界の神様の名前とはいえ、まんまファルナはちょっと気が引ける。一文字変えてファロナなんてどうかな? ファロナ・メテオール。お、悪く無いんじゃない?」


 小説を流し読みしながらブツブツ呟いて、アルギスはパタンと小説を閉じると、魔力を小説に込めて紙飛行機を飛ばすようにそっと小説を投げた。


 すると、小説は蝶のように羽ばたき、元いた本棚に帰っていく。


 それを捕まえようとしてソファから降りていこうとした少女に、アルギスは「ファロナ」と呟くように呼び掛けた。


 その声に少女は足を止めてアルギスに振り返る。


「ファロナ。これが今日から君の名前だ。分かるかい?」


「ふぁろな? わたしのな?」


「そうそう。君の名前だよファロナ」


「ファロナ!」


「お? もしかして気に入ってくれた? やったね。あれ。なんだろ、僕も嬉しくなってるな。妙な感覚だけど、悪くないね。むしろ良い感じだ」


 言いながら笑うアルギスを見て、ファロナも笑顔を浮かべていた。

 しかし、その笑みの下、腹からグゥ〜ッと音が鳴り、竜人幼女ファロナが切なそうにお腹を抑えた。


「腹ペコかい? そりゃそうか。拾ってから何も食べさせてないしねえ。ちょっと待っててね。簡単だけどスープでも作るよ。あ、そういえばパンもあったっけ」


 ファロナに向かってそう言うと、ソファから立ち上がり、アルギスはキッチンへと向かっていく。


 その後、アルギスは指を壁に掛かっている鍋に向け、魔法で鍋を浮かせると魔石を組み込んだコンロに掛け、宙に作り出した水球から鍋に水を流し込む。


 そして、今朝採ったキノコや山菜、保存用に作り置きしていた燻製肉を、キッチン横の一定の室温を保つ魔法陣を施した保冷室から取り出すと、まな板も使わず斬撃魔法で宙に浮かせたまま切り刻んで鍋に投下。


 手を汚す事なくスープの準備を進めていった。


 その様子を眺めていたファロナが手を伸ばしてアルギスがそうしていたように、振ったりするが、何も起きない事を疑問に思ったか、首を傾げている。


「僕のマネしてるのかい? でもまだファロナには早いよ。まずは魔力を感じるところから始めないと」


「まりょくぅ?」


「そう魔力。この世界を覆う大気と同様、世界に満ちる全生命体に必須なエネルギー、って言っても分かんないか」


 説明を始めた途端、ファロナがポカンと口を開けてこちらを見ている事に気が付き、アルギスは苦笑を浮かべて話を中断すると、ファロナの側に行って腰を下ろした。


「今はとにかくご飯食べて寝て、元気で健康に育っておくれよ。もう少し大きくなったら僕に教えられる事ならなんでも教えてあげるからさ」


 言いながら、アルギスはファロナの頬をツンツンと突いてみた。

 ファロナはくすぐったそうに笑っているが、嫌がる事はなく、アルギスに近寄って抱っこをせがむ。


 そんなファロナを抱き上げて、アルギスは魔法を使って食事を作り、少し早めの夕食を二人で食べる事にしたのだった。

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