第2話 服がない。さあどうしよう

 魔王征伐からはや十年。

 すっかり平和になった世界で、ある日、元勇者パーティの魔法使いの青年は森の中で幼い謎の少女を拾う事になった。


 桃色の髪に赤黒い湾曲した角、角と同じ色をした尻尾を持つ少女を、アルギスは保護目的で自宅へと連れ帰るが、目を覚ました少女から「お父さん」と呼ばれ困惑する。


 しかし、少女からお父さんと呼ばれたアルギスは、友人の冒険者が、後に勇者と呼ばれる事になった少女を拾って育てた話を思い出し「これが縁ってやつか」と苦笑して、しばらく少女の面倒をみてみようと考え付いたのだった。


「さてさて。聞きたいことが山ほどあるんだけど、まず、君の名は?」


「な?」


「名前だよ名前。僕はアルギス、アルギス・メテオール」


「あるぎす」


 見た目には四、五歳くらいの少女に聞くものの、あまり理解はしていないらしい。

 こちらを見て首を傾げている少女に、アルギスは肩をすくめるとため息を吐いた。

 そして、指を鳴らすと座っていた魔力で作った泡を消して少女が座っているソファに近づいていく。


「質問を変えよう。君の両親は? どこから来たんだい? 何か分かることで良いから、教えてくれると嬉しいな」


 魔王征伐の旅の途中、立ち寄った町の子供に勇者の少女が話しかけていた時のように床に片膝を付き、少女と視線を合わせて話を聞こうとするが、少女はポカンとしたまま首を傾げていた。


「まいったな。記憶が無いのか。いや、まだ幼いし、そんなものなのかな?」


 待っていたところで話は聞けそうもないので、アルギスは諦めて立ち上がる。

 ちょうどその時、少女が「くしゃん」と可愛らしいくしゃみをして鼻水を垂らした。


「ありゃりゃ。ほらコレで拭きな?」


 指を鳴らし、何もない空間からタオルを出して少女に渡すが、そのタオルで何をすれば良いのか分からず、手に持ってそのタオルを眺めていた。


「ふ〜む。見た目より幼いのかな? いや、知識がそもそも無いのか? 仕方ない、ほら貸して」


 アルギスが手を出すと、その手にタオルを渡す少女。

 言葉が全く理解できていないわけではない様子に安心し、ほっとため息を一つ吐くと、アルギスは受け取ったタオルで少女の鼻を拭き、タオルを丸めて空中に作り出した水の球の中に放り込んだ。


「あっ。服が無い。そりゃそうか。うーん、この辺に服屋なんてないしなあ。そもそも町もないし」

 

 全裸で生活させるわけにもいかず、考えた結果、アルギスはポンと手を合わせると「仕方ない、こういう時は友達を頼ろう」と、自分のローブで少女を包んで抱き上げ、壁に立て掛けた杖を引き寄せて掴んだ。


 そして、杖で宙に大きく円を描くと、自宅とある場所の空間を繋げる。


「疲れるからあんまり使いたくないんだけどねえ。まあ、ある意味緊急事態だからって事で」


 まるで誰かに言い訳するように、アルギスはある場所に繋いだ円の中に足を踏み入れた。

 すると先程まで自宅のリビングにいたはずのアルギスはとある街の一軒家の前に姿を表す。


 転移魔法により一瞬で自宅内から遠くの街へと転移したのだ。

 そして、アルギスは辺りを見渡して転移が成功した事を確認すると、転移した目の前の一軒家に向かい、玄関をノックした。


「ちょっと待ってくれ。すぐに開けるよ」


 アルギスのノックのあと、しばらくも待たないうちに玄関の向かうから声が聞こえてきた。

 低いが、優しい男性の声だった。

 その声の主が玄関の扉を開け、姿を現す。


「おお⁉︎ アルギスか! 久しぶりだなあ」


「やあリチャード。久しぶり、白髪が増えたねえ」


「まあ、そろそろ五十に近いからな。お前は変わらんな、どうしたんだ急に、娘に用か? あの子は今出ているが」


「いや。今日は君にちょっと用があってね。見てこの子」


 そう言うと、アルギスは抱えている少女を友人に見せると、家を尋ねた理由を話始めた。


 その話を聞いていたアルギスの友人、白髪混じりの茶髪と暗い青髪をしたリチャードは、意地の悪い笑みを浮かべながらアルギスを自宅に招いた。


「お前が捨て子を拾うとはなあ。今度は私ではなく、お前の番という事か。いやあ、分からんもんだなあ人生ってのは」


 そう言いながら、アルギスの友人、リチャードは玄関から入ってすぐの階段を上がると、クローゼットルームにアルギスを招き入れ、クローゼットの扉を開くと、ゴソゴソと奥の方から小さな服をいくつも掻き出すように取り出し始めた。


「凄い量だね。これ全部勇者ちゃんの服?」


「ああいや。コレは全部妹のセレネの物だ。中々捨てられなかったんだが、お前に渡せるならそれはそれでいい。とはいえ大切に使ってくれとも言わん。子供の服は消耗品だからな」


 これまでの子育て経験を思い出しているのか、アルギスの友人は苦笑しながら取り出した服をアルギスの前に並べていく。


「ありがとうリチャード。助かるよ」


「困った時はお互い様だ。お前にも随分と助けられたからな。あとは、あ、そうだ少し待っていてくれ、流石のお前も子育ては初めてだろう? 困った時のためにメモを書いてくるよ」


「おお! ありがたい。助かる〜」


 言いながら、アルギスは抱えていた少女を床に下ろすと目の前に並べられた服から着やすそうなワンピースを選び、少女に着せる。


「ほう。お前でも着させることは出来るんだな」


「それは流石に馬鹿にし過ぎじゃない? 僕だってこれくらい出来るさ」


「前後逆だがね」


「あれ?」


 リチャードの言葉に、アルギスは一度着せたワンピースを着直させ「こうか?」と、言わんばかりに友人の顔を見上げる。

 その顔にリチャードは再び意地の悪い笑みを浮かべた。


「では少し下で待っていてくれ直ぐに用意するよ」


「すまないね。ところで今日、奥さんは?」


「仕事さ。娘たちとね」


「流石は元冒険者ギルドの長、元気なエルフだねえ」


「まったくだ。おかげ様で毎日楽しくやっているがね」


 幸せそうに家族の話をする友人に、アルギスも釣られて嬉しくなって微笑む。

 その間に、アルギスは貰った服を魔法で一ヶ所に纏めてローブで包んだ。


 その後、一階へ移動し、しばらくリビングで話を聞きながら、友人がメモを書き終わるのを待つことになったのだった。

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