元勇者パーティの魔法使いの竜人幼女育成物語

リズ

第1話 森で子供を拾った魔法使い

「本当に良いんだね?」


「はい。私はあの人のところへ行きます」


「分かった。次は幸せにね」


 白い光に包まれ、彼女は目を閉じて眠る。

 それまでの事を全て忘れ、それでも残ったのはある人間の青年の笑顔と名前だけだった。


 ある日のこと、元勇者パーティに所属していた魔法使い、アルギス・メテオールという黒髪の青年は森の奥深くに建てた自宅で魔導書片手に今日も魔法の研究に明け暮れていた。


「ムサシの国の魔法はやっぱりちょっと変わってるなあ。こう、いや。こうか」


 魔導書を読みながら、手の内に光の玉を無数に作り出し、宙に浮かべたアルギスは満足そうに笑顔を浮かべ魔導書をパタンと閉じる。


 ちょうどその瞬間だった。


 まるで森の上に海でも現れたのかというほどの魔力の奔流を感じてアルギスは飛び上がるように暖炉の前のソファから立ち上がった。


「ええ? なんだこれ、ドラゴンでも出た? でもおかしいな。この辺りにドラゴンなんていないはずなのに」


 リビングの片隅のポールラックに引っ掛けっ放しの黒い生地に金の装飾が施されたフード付きのローブを羽織り、先端に青い宝石がはめ込まれた愛用の木の杖を手に持ち、アルギスは外に出ると空を見上げた。


 しかし、空は昨日と同じ青い空が広がり、遠くには浮島も見えるほど空気が澄んでいる。


「おかしいな。魔力がしぼんでる? これは放っておいても死にそうだけど。それならそれで素材になるし、ちょっと様子を見に行こうかなあ」


 労力を使わずに貴重なドラゴンの素材が手に入るかも知れないことに、ウキウキしながらアルギスは魔力が収縮しつつある場所に向かって散歩をするように歩いていく。


 歩き慣れた人類が踏み入らない森を、今晩の夕食の材料になりそうな木の実やキノコを集めながらアルギスはのんびり歩く。


 しかし、しばらく歩いていると、感じていた魔力が小さく萎んだまま収縮が止まったのを感じてアルギスは肩をすくめた。


「一命は取り留めたか? やれやれ、止めを刺すのは面倒なんだけどなあ」


 そんな事をボヤきながら進んでいくと、開けた場所に出た。

 辺りの木は強風に煽られたかのようにある一点から放射状に倒れそうになっている。

 その木の影から中心にいるであろうドラゴンの様子を確かめようとしたアルギスだったが、そこにいたのはドラゴンどころか魔物ですらなかった。


「は? 子供?」


 辺りをキョロキョロ見渡し、人や魔物がいない事を確認して、アルギスは体を縮こめて膝を抱えるようにして眠っている幼い、見た目には四、五歳くらいの少女に近づいていく。


「捨てられたとか、拐われてきたってわけじゃなさそうだけど。さて、どうしたもんかな」


 スヤスヤと心地良さげに眠っている少女の側に膝をつき、怪我などがない事を確認するが、アルギスは少女の扱いを考えあぐねいていた。


 それと言うのも少女が一目見て人間じゃないというのが分かったからだ。


 少女には側頭部から頭頂部に向かって湾曲した角と尾てい骨の辺りから爬虫類に似た尻尾が生えていたのだ。


「リザードマン、じゃないな。鱗は尻尾だけにしか無い。竜人族か? じゃあ、さっきの魔力はこの子が。ふーむ、考え難い。でも、ありえないなんて、ありえないしなあ」


 少女が目覚める様子はない。

 待てど暮らせど両親らしき人物が現れる様子もない。


「こういう時、勇者ちゃんなら放ってはおかないよねえ。仕方ない、とりあえず連れて帰るかな」


 そう言って、立ち上がったアルギスは指を鳴らして魔法を発動すると、少女の体を宙に浮かせ、杖を手放し浮遊させた。

 その後、ローブを脱いで少女を包んで抱えると浮遊させた杖を引き連れて自宅へ向かって歩き始める。


「おっと。森は直しておかないとね」


 ふと思い出したアルギスは、振り返って少女が寝ていた場所に向かって手をかざす。

 そして魔法で森を再生するとため息を吐き、苦笑しながら振り返って再び自宅を目指して歩き始めた。


 心地良さげに眠る少女を抱え、帰宅したアルギスはリビングへと向かい、ソファに少女を寝かせる。


「連れて帰ってきたはいいけど、どうするかなあ。どこかの孤児院にでも連れて行くか、勇者ちゃんを頼るか」


 空中に魔力で作り出した泡に座り、拾った少女をどうするかと思案していた時だった。


「ん」


 と、小さな声がアルギスの耳に微かに聞こえてきたかと思うと、少女が目を覚まし、ムクッと体を起こした。


「やあ。おはよう」


 寝ぼけ眼を擦り、まだ眠たそうな顔で少女は聞こえた声の方に向かって顔を向ける。

 すると、少女は少しずつ目を覚ましていったのか、目を丸くしてアルギスを眺めた。


「お父さん」


「え? 僕のこと? 違うよ? 僕は君のお父さんじゃあない」

 

「ううん。お父さんなの」


「ええ? 困ったな、鳥の刷り込みみたいなものか? 僕は育児なんてした事ないんだけどなあ、まあどうにかなるか? 最悪勇者ちゃんの家族を頼るかな」


 見知らぬ幼女に父と呼ばれ、誰かに預けるという考えが頭の隅に追いやられていくアルギス。


 とりあえず、できる限りの事はしてみるかと、元勇者パーティの魔法使いの青年は拾った竜人幼女と生活を共にすることを決めたのだった。

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