第4話 義妹

 翌朝。義妹が離れにやって来た。


 勝手に扉を開けて、ツカツカと入ってくる。


 可愛らしいドレスから甘い香水の匂いがした。

 見たことの無い扇を持ってる。また新しく買ってもらったのかな。

 

 彼女の名前はジゼル。

 ジゼルがここに来る時は決まって、機嫌が悪い。

 

 それでいつも私に嫌がらせをして気晴らしをするの。

 真冬に水をかけられたり、食料を荒らされたり、殴られたり蹴られたりなんかもあった。

 

 だから、今日は何をされるんだろうってちょっとだけ怯えていたのだけど、珍しくジゼルの機嫌が良い。

 むしろ怖いってくらいの良い笑顔。

 

「おねぇさま〜ごきげんよう!」

 

 ジゼルは綺麗なブロンドの髪と青い目をしてる。

 使用人が教えてくれたのだけど、綺麗な顔をしているから巷では人気者なんですって。

 

 彼女の笑顔を見て、私でも思わず綺麗だなって思っちゃったくらい。

 

「……なんの御用でしょうか」

 

 ジゼルには丁寧に話しかけないといけないの。

 だって、家の中で彼女の立場は私よりずっと高いのだから。


 ジゼルが私の事をおねぇさま・・・・・だなんて呼ぶのは皮肉だと思う。

 

「ふふっ、あのね、私、聞いちゃったんだぁ」

 

 嫌な笑顔をジゼルは浮かべた。

 

「昨日おねぇさまのに男の人が来たってぇ」

  

「え……」

 

 見られてた? いつの間に。

 どうしよう、なんて誤魔化そう。

 

「良いなぁおねぇさまは。好きな時に人を呼べるお家・・が有ってぇ」

 

「……」

 

「あら黙りだんまり? まぁいいわ。うふふ。にしてもおねぇさまにそんな趣味・・・・・が有ったなんてぇ」

 

「しゅみ……?」

 

 男の人……いや、人を入れてあげたのはガブが初めて。

 ジゼルが勝手に入ってきたり、使用人が休憩するための隠れ家としてやって来ることはあったけど、私の意思で入れたのは昨日の1回きりだ。

 

「そ。特徴を聞いてビックリしちゃった。おねぇさまが連れ込んだ方って、狂犬・・のガブリエルでしょ?」

 

「狂犬……?」

 

 ガブリエルなのは間違いないけど、狂犬って言葉と彼の印象が噛み合わなかった。

 

「あら! 知らないの? まぁ仕方ないかぁ」

 

「……」

 

「あのね、教えてあげる。狂犬ガブリエルって言ったら、乱暴でいっぱい人を殺してる騎士って有名なのよ」

 

「そんな方には見えませんでした……!」

 

「って事はやっぱり会ってたのね。うふふ、何が目的? おねぇさま、狂犬なんて連れ込んで何をする気なの?」

 

「あ……」

 

 しまった。

 誰も来てないって誤魔化せば良かったのに。

 どうしよう、なんて誤魔化せば、というか、どこからバレたの?


 ジゼルは私の事なんて興味が無いみたいにテーブルの方へ歩いていく。

 それで、何かを見つけて手に取った。

 

「あら! これ、アミュレット? おねぇさまの物では無いわよね。もしかして、いただいたのかしらぁ」

 

「待って! それはダメ!」

 

 ガブの忘れ物。必ず渡せるように置いておいたのが裏目に出た!

 

「へぇ……やっぱり大事な物なのねぇ」

 

「違うの、やめて返して」

 

「あらおねぇさま」

 

 ジゼルの視線が冷たくなった。

 しまったと思った時にはもう遅い。

 

「いつから私よりも偉くなったのかしら? ねぇ。答えなさいよ」

 

「ご、ごめんなさ――ッ」

 

 扇が風を切る音がして、次の瞬間には頬に衝撃が走った。

 叩かれた衝撃でその場に座り込む。

 

「お仕置が必要かしらぁ?」

 

「ごめんなさい、違うんです許してください」

 

「何が違うのぉ? ジゼルわかんなぁい!」

 

「ひっ」

 

 容赦なく、何度も扇が振り下ろされる。


 痛い! 痛い!

 

 触れて眠らせれば、瞬間的には助かる。

 だけど、その後にもっと酷い事をされるって、私は知ってるの。

 

 だからなにもできない。誰も助けてくれない!

 

 じっと耐えるしかないの!

 

 ――そうやって、ジゼルが満足するまで耐えた。

 彼女が満足した時にはもう、全身が痛くて動けなかった。

 

「うふふ。悪い子のおねぇさまにこんなものアミュレットは勿体ないわぁ! 私が捨ててあげるから、感謝してね」

 

「あぅ……」

 

 ジゼルがアミュレットを持って行くのを、私は見ている事しかできなかった。

 

 どうしよう。きっとガブの大事な物だと思うのに。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 次会ったらなんて謝罪しよう。

 そもそも次なんて有るのかしら。

 

 アミュレットが無くなっちゃったから、ガブが居た証拠も無くなっちゃった。

 

 涙が出てくる。

 私は、すごく弱いから。

 なにもできない。

 

 悲しい。

 

「ごめんなさい、ごめんなさいッ」

 

 何に謝っているのかしら。

 

 あぁ……まだ朝ごはんも食べてないのに、すごく眠たいな。

 

 疲れちゃった。

 昨日はすごく楽しかったのになぁ――。

 

 ――――――――――

 

「――ティ、だい……ロッ――」

 

 誰かしら。

 声が聞こえる。

 

 まだ眠らせてほしい。

 だって、そうしたら次に起きた時、ガブが居るかもしれない……でしょう?

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