第2話 シチューとパン

 翌日。

 日も傾き始めた頃。離れの扉を叩く音がした。

 

 ちょうど夕飯を作り始めようと食材を選んでいる時だったから、急いで扉に向かう。


 使用人は必要以上に離れへ来ちゃダメだって言われているみたいで、この時間に人が来ることはほとんど無いの。

 だから、昨日の騎士さんかなって、ちょっとだけ期待して、扉を開けた。

 

 そうしたら、昨日の男の人が立ってた!

 昨日よりちょっとだけ顔色が良くなったような気がする。

 

「あっ……えっと、こんばんは……!」

 

 なんて言えば良いのか分からなくて、私は首を傾げながら挨拶をした。

 

「あっ、と……こんばんは?」

 

 騎士さんも分からないのかな。困った顔で首を傾げる。

 

「えっと……」

 

 アミュレットを取りに来た、のよね?

 取りに行った方が良いのかな。

 

 でも、もしかしたら別の用事かもしれないし、そもそもアミュレットはこの人のじゃないかも……。

 

 使用人か、義妹としか関わった事が無いからどうしたら良いか分からない。

 

 彼も分からないのかな、黙ったまま困った顔をしてる。

 

「えっと、忘れ物を取りに来たのですよね?」

 

 ずっと見つめあってるわけにもいかないから、声をかける。

 どんな言葉遣いが正しいのか分からないな。お勉強しておけば良かった。

 ちょっとだけ遅れて、彼は頷いた。

 

「待っててください、取りに行きます」

 

「あっ、ちょっ! ちょっと待って!」

 

 部屋に保管してあるから、取りに行こうとしたら彼が私の手を掴んだ。

 ヒヤッとする。

 私の手を直接触ったら眠ってしまうから。

 

 ここで倒れたりしたら、大変だ。

 

 それに誰かに手を掴まれたのなんて、ほとんど初めての事だからびっくりしちゃった。

 

 恐る恐る振り返る。

 良かった。眠ってない。手袋を付けてたみたい。

 

「あっ! ごめん。痛くなかったか?  ……ですか?」

 

 大袈裟なくらいの動きで彼は手を離して、何もしないよって言うみたいに両手を上げた。

 

「だ、大丈夫です! 私こそ話も聞かずに……」

 

 彼の慌て方につられて私も慌てちゃって、ついつい大きな声が出る。

 

 で、お互いに見つめ合ってまた無言に。

 アミュレットを取りに来たわけじゃないなら、どうしたのだろう。

 

 話しにくい事だったりするのかな……。

 

「えっと……今から夕飯を作るのですけど、一緒に食べますか……?」

 

「あ、え……」

 

「あっ、急にそんな事言ったら、ご迷惑ですよね!」

 

「め、迷惑じゃない! むしろ有難い! です。えっと……良い、ですか?」

 

「わ、私の料理で良ければぜひ!」

 

 知らない人とこんな風に話すなんて久しぶりの事だから、緊張しちゃう。

 彼も緊張してるみたいだから余計に。

 

「あぁ……えっと、私、シャーロットって言います! シャーロット・ミラー」

 

「ああぁっ、僕から名乗るべきなんだった! 僕はガブリエル・ロペス。えっと……よろしく、お願いします?」

 

「ガブリエルさん。よろしくお願いします! ここ、この椅子、座って待っててください」

 

 ガブリエルさんに椅子を進めて、キッチンに駆け込んだ。

 

 使用人が話し相手になってくれる事はたまに有ったけど、こんな風に中まで入って、一緒に食事までしてくれる人は初めて。

 ドキドキしてる。

 

 もしかして距離詰めすぎたかな、こういうのって、いきなり連れ込むのは良くないとか、有るのかな。

 

 何回も繰り返し読んだ本の中で見たはずなのに、マナーとか、知識とか、全部忘れちゃった!

 

 緊張しながら具材を取り出す。

 2人分。2人分って事は、2食分よね? 多すぎたり少なかったりしないかな。

 明日のお昼ご飯は節約しなきゃ。

 

 どんな物を作ろう? いつも1人だから適当に作って適当に食べてたけど、レシピとか見るべきなのかな。確か部屋にレシピがあったはず。

 

 あっそもそも、あの人、ガブリエルさんは好き嫌いとかあるのかな。

 

 今更聞きに行っても良いのかな。

 

 悩んで、悩んで、シチューを作った。

 よりによって時間がかかる料理。

 

 できる限り急いで作り上げて、パンと一緒に出した。

 具材は少なめに抑えたけど、質素だって思われたかな……?

 

「ごめんなさい遅くなりました」

 

「いや、その、ありがとう。……ございます」

 

 同じ器が無かったから、バラバラの器。

 スプーンも、ガブリエルさんにはスープ用の大きなスプーンを渡したけど、私のスプーンは砂糖を掬うためのスプーン。

 

 2人分の食器が必要になる日が来るだなんて、誰も思っていなかったから仕方が無いけど、不格好で恥ずかしいかも。

 

「いただきます」

 

「いただきます。ありがとう」

 

 何回もありがとうって、ガブリエルさんは繰り返す。

 優しい言葉で、嬉しくなった。

 

「えへへ……」

 

「あ……美味しい」

 

「良かった」

 

「……」

 

「……」

 

 また、静かになる。

 

 どう話したら良いのか分からない。

 

「そ、そうだ。ガブリエルさん、何か用事が有ったのですよね……?」

 

「んっ……そう、です」

 

 話題を切り出すと、ガブリエルさんは緊張した顔になった。

 どうしたのだろう? 何か深刻なお願いだったりするのかな。

 だとしたら、私は叶えてあげられないと思うのだけど……。

 

「実は、聞きしたい事が有るん、です」

 

 スプーンを片手に、ガブリエルさんは真剣な目を私に向けた。

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