第14話

 スケベで腹の立つ男だが、そういう一面もある。文句を言いながらも今日まで盗賊団へ在籍してこられたのは、そういう要因も大きかったかもしれない。


「もちろん、エリシア様もいい人です。ウフフ。私を仲間と言ってくださいました」


「そんなに嬉しかったのか?」


「はい。城では表面上は敬いながらも、裏で私を蔑む人ばかりでしたので。裏表のないエリシア様の仲間だという言葉に、なんだか救われたような気持ちにもなりました」


「……そうか。それなら、私のことも呼び捨てにしてくれないか。いつまでも様をつけて呼ばれてると、なんだか心地悪い」


「フフ、わかりました。それでは、今後はエリシアと呼ばせてもらいますね」


 そうしてくれと言いながら、繋いでいた木から馬を離す。荷物を馬の背に乗せ、エリシアとサラは馬を引きながら歩き出す。


 サラだけでも乗るように言ったのだが、一緒に歩きたいからと当人に拒否された。


 それならばと馬を挟むようにして、夜道を歩いてアジトへ戻る。それこそ夜盗が出てきてもおかしくなさそうだが、近くに他の盗賊のアジトがあるという話は聞いたことがなかった。


 しばらく歩いていると、サラが口を開いた。


「お節介かもしれませんが……」


「何かあるのか?」


「最近、何かを悩んでいますよね」


 指摘されて、ドキっとした。どう返したらいいのかわからず、黙ってしまう。


「何も相談してほしいというわけではありません。ただ、辛そうな顔をなさっているので、心配になりました。そこで私からひと言だけ」


 にこっと笑ったサラが言葉を続ける。


「迷ったりした時は、おもいきって進んでみるのもいいですよ。私が特にそうでしたから。城で悩んでいても状況は変わりませんでしたが、視察で外へ出るようになって自分の世界が広がりました。最終的にどうなるかはわかりませんが、後悔はしないと思います。ですからエリシアも、後悔だけはしないようにしてくださいね」


「そう……だな。何が一番大切なのか……考えて、みよう」


 途切れ途切れに言葉を返していると、頬に冷たいものが当たった。

 いつの間にか星々を隠していた厚い雲が、雨を降らせ始めたのだ。


「いけません。雨が降ってきましたね。お話をするよりも、先を急ぎましょう」


 サラの言葉に頷いて、歩く速度を上げる。雨が段々と激しくなってくる。


 髪の毛だけでなく、服まで濡れる。きゃあきゃあとサラが大変そうにする一方で、エリシアは考え続けた。自分はどうするべきなのかを。


 そしてアジトが近づいてきた山道で、結論を出した。


 歩を止めたエリシアを不思議がって、サラが振り返る。

 彼女が目にしたのは、雨降る夜に冷たい輝きを放つエリシアのバスタードソードだ。


 どうかしたのか聞かれる前に、エリシアが口を開く。


「……貴女に恨みはないが、これも運命。どうか、お許しください」


 自身の罪を懺悔するように言ったあと、ゆっくりと標的に接近する。


 サラは取り乱したりしない。驚きの表情を見せたあと、状況を理解したように頷いた。


「エリシアが、あんなにも辛そうに悩んでいた理由がわかりました。私の暗殺を頼まれたからですね」


 何も答えない。代わりに、両手に持った剣を構える。


 殺気を察したのか、サラが手を離した馬が逃げ出す。

 追いかけるつもりはなかった。任務を果たすのが最優先だ。


「……ひとつだけ教えてください。お金ですか?」


 エリシアは違うと首を左右に振る。


「王女のお父上……国王陛下より、騎士に任命すると言われました。私は……どうしても騎士になりたい」


 迷いを捨てるために、相手を睨みつけて殺気を高める。


「私は貧しい大工の一人娘として生まれた。母は綺麗な人だったが、父にいつも怯えていた。酒を飲んで酔うと、暴力を振るう人だった。かなり折檻されていたのだろう。身体はいつも痣だらけだった」


 エリシアの言葉を、サラは黙って聞き続ける。


「やがて母が亡くなった。突然死と説明されたが、父親のせいだと思った。母が亡くなって以降、父親の目は私に向けられた。それまでいかに母に守られていたのかを実感したよ」


 雨の勢いが激しくなる。地面を叩く音が木霊す中、エリシアは唇を動かす。


「暴力を振るわれるのは日常茶飯事だった。仕事が上手くいかなくなってくると、余計に酷くなった。暴力以外のこともされそうになった。まだ十歳にも満たない娘にだ。とことんクズだった。人生に希望などないと幼いながらに思っていた時、唐突に助けられた」


「……エリシアを助けたのは、騎士の方だったのですね」


「ああ。今もはっきり覚えている。アルガルという名前の男性騎士だ。助けられて以降も引き取り先のない私は、父と一緒に暮らさなければならなかった。けれどアルガルが頻繁に様子を見に来てくれた。とても優しい男性だった。どうして助けてくれたのか聞いたら、騎士として当たり前だと言われた。次第に私は騎士という肩書に憧れるようになった。自分のように弱い者を救いたい。アルガルがしてくれたように、騎士として」


 一気に話し終えると、サラは数秒だけ瞼を閉じた。


 次に目を開くと、正面からエリシアを見ながら微笑んだ。これから、殺されようとしているのにだ。


「理由を聞いて安心しました。お金のために命を奪われるのであれば、悲しすぎますから。どうかお願いです。騎士になったら、たくさんの人を救ってあげてください」


「どうして、そんなふうに笑えるんだ! 私には……理解できない」


 目をつり上げて憎んでくれれば、少しは救いもある。抵抗して、一生消えない傷を負わせてもらっても構わない。


 サラはどちらも実行しようとしない。祈るように胸の前で手を組み、いつでもどうぞとばかりにエリシアに斬られるのを待つ。


「国王陛下が私を暗殺したがってる以上、いつか必ず私の命は奪われます。それなら、志をきちんと持っているエリシアに捧げたいのです」


 心が締めつけられる。涙がこぼれそうになる。


 手が震え、持っているバスタードソードがカチャカチャと鳴る。まるで泣いているみたいだ。


 構えた剣を振り下ろせば、エリシアは騎士になれる。念願だった騎士に。


「……すまない。せめて、約束は守ろう。私は自分の命が続く限り、弱い者を助けると誓う」


 曇りない笑顔を浮かべたままのサラが、満足そうに頷いた。


 初めて奪う他人の命。重みをしっかり自分自身の中へ刻むために、真っ直ぐサラを見据える。


 仲間と呼んだだけで、心から嬉しそうにしてくれた少女。大人びてると思っていたが、実は同い年だった少女。


 幼いころから父に虐げられ、友人すら作れなかったエリシアが、初めて心惹かれた同性の少女。


 強く唇を噛む。辛さと悲しみを乗り越えてこそ、騎士を目指せる。自分自身に言い聞かせて、剣を持つ両手に力を込めた。


「――お前、アホだろ」


 構えていた剣を振り下ろそうとした瞬間、目の前に見知った顔が現れた。ロミルだ。


「ロミル!? どうしてここに……」


「せっかく気持ちよく寝てたのに、誰かの不細工な殺気に起こされたんだよ」


 つまらなさそうに言ったロミルは、背中にサラを隠す。このまま剣を振り下ろしても、目的を達するのは難しい。


「……それは悪かったな。すぐに終わるから、アジトへ戻って休んでいてくれ」


「そうですか、とは言えねえな。盗賊団に入った以上、サラはもう俺のもんだ。勝手に殺そうとしてんじゃねえよ」


「お前には関係ない。あくまでも邪魔をするというのなら……」


「やってみろよ。お前ごときに、俺をどうにかできるとは思わねえがな」


 戸惑っているサラの前で、エリシアはロミルと対峙する。

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