第13話
「そんなに気に病まないでください。サラ様が元気でいてくれれば、私たちも嬉しいです」
エドガー夫妻の自宅でお茶を飲んでいると、住民たちが続々とやってきた。全員がサラに会いに来たみたいだった。
王族として敬いつつも、仲の良い友人みたいに迎え入れてくれる。理想の主従関係のような気がした。
エリシアは騎士になるためとはいえ、そんな女性の命を奪わなければならない。幾度目かも忘れた、本当にいいのかという疑問が頭の中に浮かび上がる。
「ごめんなさい、エリシア様。退屈でしょう。食料を調達する目的もありますし、そろそろお暇させてもらいましょう」
「いえ、私は……」
「いいのです。付き合ってくださって、ありがとうございました」
「ええーっ。今日は泊まっていってくれないのー」
抗議の声を上げたのはディルだ。立ち上がろうとするサラを引き止めるべく、両手で腰に抱きつく。
「ごめんなさい、ディル。私は今、事情があって、盗賊団のお世話になっているのです」
サラの言葉に、場にいる全員が目を丸くする。当たり前だ。王女が盗賊団の世話になってると聞かされて、驚かない方がどうかしている。
「と、盗賊団ですか?」
擦れ気味の声でエドガーが質問する。
隠す必要もないとばかりに、サラは笑顔で肯定した。
「危ないところを助けていただいたりもしましたし、とてもよい方々なのですよ。エリシア様も、団員のひとりなのです」
「は、はあ……そ、そうなのですか。エリシア殿も……」
信じられないといった感じでエリシアを見るエドガーに、そのとおりだと頷いてみせる。宰相の私兵だと公言できない以上、盗賊と認識されておいた方が何かと都合がいい。
「サラ様が言うなら、信用していいのでしょうね。盗賊団を信用というのも、なんだか変な気もしますが……」
頭を掻きながら、エドガーが笑う。初対面なのに、サラの知り合いというだけでエリシアを信用してくれているみたいだった。
騎士へなるためには、こうした住民たちの信用を裏切らなければならない。ズキズキとした心の痛みを覚える。
それでも騎士になりたい。もやもやした気持ちを抱えながら、エリシアはサラと一緒にエドガーらへ別れを告げた。
外に出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。想像以上に長くエドガー家へ滞在していたようだ。
夜になっても町の活気は失われていないどころか、ここからが本番だとばかりに賑やかさを増している。
酒場も営業を開始して盛況なのを横目で見ると、どうしても恥ずかしい記憶を思い出してしまう。すぐに視線を逸らして、目的の食糧調達へ集中する。
パンや野菜などの他に、日持ちしそうな食料も買い込む。ある程度は馬に乗せられるので、普段よりも多く持ち運びできる。
お金に関しても、気絶中のロミルから持ってきたので問題ない。エリシアが恥ずかしい思いをしてまで手に入れた前金だ。勝手に使ったと文句を言われる理由はない。もっとも、途中で暴れて舞台を台無しにしてしまったが。
「結構な量を買いましたね」
「町に来られない時のことも、考えないといけないからな」
近いうちにエリシアは、暗殺の任務を果たすことになる。盗賊団の将来を心配する必要などない。食料調達をしているのは、あくまでもロミルやサラに目的を悟られないためだ。
本当にそうか? 頭の中に浮かんでくる疑問を無視する。深く考えるほどに悩みが濃くなってしまう。騎士になりたい。目的をはっきりさせて、迷わずに突き進めばいいんだ。
「ディルのお家もそうですけど、仲の良い家族というのは羨ましいですね」
唐突にサラが言った。視線の先には、仲良く手を繋いで歩く家族がいた。両端に母親と父親がいて、真ん中に笑顔の小さな子供がいる。
「家族と……仲が悪いのか?」
エリシアが聞くと、サラは寂しそうに頷いた。
「陛下……お父様だけでなく、お母様も口煩い私を邪魔に思っているのです」
「邪魔になど……」
「気を遣われなくて結構ですよ。自分でもよくわかっています。エリシア様に助けて頂いた日、私の命を狙っていたのは、護衛としてナスラの視察についてきてくれた兵士たちです」
以前にロミルが、襲っていた者の正体を兵士と見抜いた。その際に護衛の兵士ではないかと予想したのだが、どうやら正解だったようだ。
「露骨すぎますよね。護衛の兵士に私の命を狙わせる。そのような命令ができる方はひとりしかおりません。国王陛下です」
サラ自身も暗殺の黒幕が誰なのかを、しっかりと認識できていた。恨んだりしてないのは、寂しげな表情を見れば明らかだ。
「私は思うのです。王族や貴族ばかりが、恵まれて生活をしていてはいけないと。全員が仲良く手を取り合えて、笑って暮らせる世界があったら、とても素晴らしいとは思いませんか?」
尋ねられたエリシアは頷いた。実現すれば、それ以上に素晴らしい世界はない。けれど、そこへ辿り着くまでがとても難しい。
「理想論にすぎないのはわかっています。ですが、努力はしたかったのです。私なりに頑張ってみたのですけど、結果は……駄目そうですね。城へ戻れば確実に私は殺されます。実の父親の命を受けた何者かに……」
悲しげに微笑むサラの横顔を見てるだけで、エリシアの胸が痛くなる。
王女として生まれ、何ひとつ不自由ない生活を送れるはずなのに、民のことを考えたがゆえに父親の国王から命を狙われるはめになった。
あまりに不憫すぎる。なんとかしてやりたくて、エリシアはやや強めの声で言った。
「自分が間違っていたと、国王陛下に言えばいい。命を狙われることはなくなるはずだ」
そうすれば、暗殺の命令も撤回されるかもしれない。
しかし、サラはゆっくりと首を左右に振る。
「それはできません。幼少時の私は、自分の生活がどのように支えられてるのかも知らずに、ただ安穏と過ごしていました。いつだったか、生活の困窮ぶりを訴えてきた者の言葉を偶然に聞いて、本当にそうなのかと興味を覚えたのです」
視察に行きたいと言っても許可して貰えそうもないので、母親に頼んで、遊びに行くという名目で王都に近い町へ連れていってもらった。その際に迷子になったふりをして、町の様子を見て回ったのだという。
「今にして思えば危険な行動でしたが、おかげでこの国の真実が見えたのです。王城にある豪華な柱も壺もありません。今に崩れ落ちそうな家の中で、人々が肩を寄せ合って生活していました。私は自分の目で見たことを、すぐにお母様やお父様に伝えました。返ってきたのは、お前が気にすることではないというひと言でした」
なんてことだ。エリシアは思った。目の前にいる心優しき王女は、誰より国の現状を憂えたがために、命を奪われようとしているのだ。騎士の主君は国王。命令は絶対で、逆らうことは許されない。だが、本当に正しいのはどちらだろうか。数々の疑問が、胸をもやもやさせる。
「大きくなってからは、自分の意思で各町へ視察に行きました。私が王族だと知るだけで、住民の目つきが変わりました。憎しみの視線を貰えても、心の中にある正直な思いを誰も教えてくれません。そこで私はまずドレスを脱ぎました。住民の方々と変わらないような服に身を包み、余計な装飾品も身体から排除したのです」
その結果、サラは住民から話しかけられるようになった。護衛の数も最小限に減らし、対等な会話ができるように心掛けた。一年二年と視察活動を続けるうちに、住民も心を許してくれるようになった。ナスラの町のディル一家のように、自宅へ寝泊まりさせてくれる家族も現れた。
それが何より嬉しかったのです。サラは笑顔で言った。
「十六歳になったのを契機に、より強く陛下へ民のことを考えた政治をするように訴えました。最後は適当にあしらうのも面倒がって、口をきいてすらくれなくなりましたが」
風変わりな王女だと、宰相などからも疎まれるようになった。味方がいなくとも声を上げ続けたが、現在の状況にまで追い込まれた。
命を狙われる危険が高い城へは戻らず、盗賊団の一員として暮らす日々の中で民の生活を見守る。普通にしていれば優雅な生活を約束されていたはずなのに、サラは甘えるのをよしとしなかったのだ。
「……辛くは、ないのか?」
馬を繋いでいる木を目指して一緒に歩きながら、エリシアは問いかけた。
「生活のことならば、問題はありません。住民の方々に出してもらった食事も、温かくて美味しかったですしね。城での生活とは何もかも違いますが、むしろ楽しいですよ。一緒にディルの家に宿泊したこともある護衛の兵士たちは、困惑していましたが」
当時を思い出しているのか、おかしそうにサラが笑った。
王女のわりには、洞穴のアジトでの生活も苦にしてなかったので不思議に思っていたが、そうした事情があったのだ。
「盗賊団に入れてもらってからも、感想は変わりません。他人の所有物を奪うという行為に抵抗はありますが、首領様はお金持ちの方だけを狙ってるように見えます。私を助けてくださった際に、根は優しそうだと思ったのですが、間違っていなかったようです」
確かに、サラの言うとおりだった。アジト近くの峠道で獲物を待ち伏せている際、貧しそうな家族が徒歩で通過していくのを目撃するケースがある。そういう時は大抵、金を持ってなさそうだからパスとつまらなさそうに見逃す。どういう意図があるのかは不明だが、狙いを金持ちに定めているのだけは間違いなさそうだ。
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