第12話
気色の悪い笑みを浮かべたロミルが、じりじりとこちらに近づいてくる。気持ち悪い中年男性も一緒だ。
「私たちに使うらしいですが、どうやって使用するのでしょう?」
サラの疑問に、気持ち悪い中年男性が答える。
「心配しなくても、痛いのは一瞬だけだ。すぐに初めての苦痛も忘れて、喘ぎ悶えるようになる」
ようやくエリシアは理解した。どうしてロミルまでもが、中年男性と一緒になって不気味な笑みを浮かべているのかを。
思い出してみれば、欲求不満の妻など、使い道を連想させるような言葉が幾つもあった。その時点で気付くべきだった。
「この……ゴミ虫どもめ! いかがわしいアイテム片手に、私やサラに近づくんじゃない!」
激怒したエリシアが、鞘ごとバスタードソードを振り回す。ロミルには回避されたものの、中年男性は惨めに吹き飛ばされる。
肩で大きく息をしながら、執拗にロミルを狙う。バスタードソードが、次々と地面に穴を開けていく。
「ま、待て! お前、本気じゃねえか。そもそも悪いのは俺じゃなく、こんなのを積み荷にしていたそこの男だろうが!」
「うるさいっ! お前も同罪だ! こんなものを手にして喜ぶ変態が!」
ロミルに攻撃を当てられない代わりに、馬車を倒して積み荷をことごとく破壊する。あまりにも凄い迫力だったのだろう。エリシアを見ていたロミルが、持っていた卑猥なアイテムを地面に放り投げた。
「勿体ねえよな。町に戻って売れば、それなりの金になったかもしれねえのによ」
「……私の行動に何か不満があるのか?」
「いえ、ありません」
何故か敬語のロミルを目で威圧していると、状況を理解できていないサラが、ひとつだけ無事だったアイテムを手に取って呟いた。
「ところで、このアイテムはどうやって使えばよろしいのでしょうか」
「任せておけ。アジトで俺が手取り腰取り――ぶごォ!?」
「ようやく攻撃が命中したか。長い道のりだったな」
「テ、テメエ……」
油断しているところへ一撃を放たれれば、さすがのロミルも避けられない。スピードは超一流でも、耐久力は並みの男性よりも弱い。
一度後頭部に回し蹴りを見舞われていた影響もあり、今回のダメージに耐えきれずにその場へ崩れ落ちた。気を失ったのだ。
すぐに回復させようとするサラを制し、エリシアは逃げずに残っていた馬を一匹だけ拝借する。
背中に気絶中のロミルを乗せる。心配そうにしているサラへアジトへ戻る旨を告げると同時に、早く手に持ってるアイテムを捨てろと忠告した。
アジトへ戻り、気絶したロミルを置いてから、馬に乗ってエリシアとサラはナスラの町へ来た。
鉱山町なだけあって、王都とは違う特殊なにおいが充満する。行き交う人々の熱気を表現するかのように、あちこちから蒸気が立ち上る。
すでに夕方近くなっているのもあり、ひと仕事終えた工夫たちの威勢のいい声が聞こえる。
さほど大きくない規模の町ながら、景気の良さもあってかなりの人が居住している。食事時になれば、絶好の機会がきたとばかりに次々と道路へ露店が並ぶ。
木に馬を繋いでから、町を見て回る。簡易テントを使った様々な種類の露店などを、同行中のサラが楽しげに眺める。
「この町は、本当に活気が凄いですね」
ナスラに来たことがあるか尋ねるのは、ナンセンスだ。エリシアはここで、サラと初めて会った。さほど日にちが経過してないにもかかわらず、なんだか懐かしく思える。
「あっ! サラ姉ちゃんだ!」
半ズボン姿の男児が、サラの姿を見つけるなり、駆け寄ってきた。満面の笑みを浮かべ、スカートを軽く掴む。まだ五歳くらいだろうか。元気な様子が、見ているこちらにまで伝わってくる。
「こんにちは……って、もう夕方になっていますね。ウフフ。元気でしたか、ディル」
どうやらサラに話しかけてきた男児は、ディルという名前らしい。危害を加えられそうな感じもないので、余計な口を挟まずに見守っておく。
「うん、元気だよ。ねえ、僕の家に来てよ。お父さんもお母さんも、サラ姉ちゃんに会いたがってたんだ」
「まあ、そうなのですか。お邪魔したいところなのですが……」
サラが横目でエリシアを見た。
ナスラの町へ来たのは食料と日用品の調達が目的だ。とりたてて急ぐ用事ではない。盗賊団の首領であるロミルも、アジトでお休み中だ。多少の寄り道をしたところで、問題はなかった。
「サラが寄りたいのであれば、そうすればいい」
サラの命を狙っていたのは、宰相の手の者だと判明した。単独行動をさせても安心そうだが、姿を消されては困る。暗殺の任務を果たすまでの間、きっちりと監視をしておく必要がある。
いつまでも暗殺を先延ばしにはできない。決行するまでの間に、楽しい思い出を作らせたとしても、罰は当たらないだろう。エリシアはそう考えた。
「ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えさせていただきますね。ディル、お家へ案内してくださるかしら」
笑顔のサラに言われた少年のディルは、心から喜んだ。すぐに案内すると言って、お姉ちゃんと呼んで慕うサラの手を掴んだ。
手を繋いで歩く二人の背中は、まるで姉弟みたいに仲が良さそうだ。楽しそうにお喋りしながら、細い道を通って住居が立ち並ぶ地区を目指す。
そこにある小さな一軒家が、ディルという少年の家らしかった。時折サラは背後のエリシアを振り返り、話しかけてくる。仲間外れにならないよう、気遣ってくれているのだ。
「着いたよー。ここが僕の家なんだ。エリシアお姉ちゃんも、入ってよ」
道中で自己紹介を済ませたのもあり、人懐っこいディルはエリシアもお姉ちゃんと呼んでくれるようになった。
ただいまと元気な声でディルが言うと、家の中から人のよさそうな女性が出てきた。
「おかえりなさい、ディル。あら、そちらは……サラ様ではありませんか!」
「お久しぶりです、ミーシャさん。先ほど偶然、町中でディルにお会いしたのです」
「まあ、そうだったのですか。このような家でよければ是非、ゆっくりなさっていってください」
「ありがとうございます。今日は、仲間のエリシア様も一緒なのです。構いませんでしょうか」
サラがミーシャと呼んだ女性は、もちろんですと言ってくれた。ディルの母親らしいので、年齢は三十代後半といったところだろうか。
自己紹介をしてから、お邪魔しますと言って家の中に入らせてもらった。
リビングに案内されると、そこにはやはり三十代後半と思われる男性がいた。恐らくはディルの父親だろう。
「これはサラ様。お久しぶりです。お連れの方は、初めましてですね。私はエドガーと言います」
エドガーもやはり、人のよさそうな男性だった。夫妻の口ぶりからして、どうやらサラとは面識があるようだ。
「初めまして。サラを様付けで呼んだので、王女なのはわかっているみたいですね」
「はい。以前に、ナスラの町へ視察にいらした際にお会いしました。王族なのに気取ったところがなく、私たちの訴えにも真摯に耳を傾けてくださったんです」
賞賛の言葉をエドガーが並べてる間に、妻のミーシャがお茶と軽食を用意してくれた。息子のディルは、サラの側で子猫のように甘えている。
国民の声を聞くのは、王族としての義務です。真面目な顔つきだったサラが、口にした台詞の直後に申し訳なさそうにため息をついた。
「お父様――国王陛下には、何度も進言しているのですが、いまだに聞いてもらえません。民あっての国だというのに……」
サラ曰く、ムルカの国の税率は、他国と比べても高いらしかった。加えて、貴族が優遇される政策ばかりで、民も疲弊しきっている。
現状を打破するには、王制や貴族制度の撤廃も視野に入れるべきというのがサラの持論だ。
貧困にあえぐ国民には支持されるだろうが、権力者にとっては邪魔な提案以外の何でもない。それを知ってかどうかはわからないが、執拗なまでにサラは実父の国王へ何度も言っているみたいだった。
「サラ様の理想の実現が難しいのはわかっています。王族の方が、私たちみたいな普通の民の未来を、真剣に考えてくれてるのが嬉しいのです」
夫の言葉を、妻のミーシャが引き継ぐ。
「暇があれば視察にも来ていただいて、本当に感謝しています。今回は護衛の方が少ないみたいですけど……何かあったのでしょうか」
「何もありませんよ。こちらのエリシア様がとても頼りになるので、行動しやすいように護衛の数を減らしただけです」
サラの言葉に納得したのか、ミーシャは少しだけ安堵したみたいだった。
いかに王女とはいえ、好き勝手な要望を国王に言い続ければ、疎まれる可能性が高い。嫌がらせのひとつとして、護衛の数を減らされたと思ったのかもしれない。
考えてみれば、いかにお忍びの視察であろうと、一国の王女が単独で鉱山町を訪れるなどありえない。恐らく、サラの命を狙った三人組こそが護衛役の兵士だったのだ。
宰相の部下だったみたいだが、黒幕は国王だ。失敗しても諦めるつもりがないのは、騎士に取り立てるのを条件に、エリシアへ暗殺を命じたことからも明らかだった。
「賑わってるように見えるナスラでも、小さくない貧富の差があります。それをなんとかしたいのですが、私には力がありません。上に立つ器がないのもわかっています。だからこそ、民のための政治をしてほしいと国王陛下に訴え続けているのですが……」
いつもにこにこしているサラが、落ち込んだ様子を見せる。国王との話し合いが、上手くいってないのは聞くまでもなかった。
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