第11話

 エリシアが起き上がれるようになると、サラは手を戻してにっこり笑った。手のひらから発せられていた不思議な光も失われている。


「まさか……回復魔法……なのですか?」


「ウフフ。言葉遣いが戻ってますよ。もっと親密に接してください。先ほど、仲間とおっしゃってもらえて、とても嬉しかったのですから」


 あっさり肯定されたが、エリシアが驚いたのには理由がある。この世界セレンティスには、魔法が存在する。誰にでも使えるものではなく、素質ある者だけが覚える。


 習得方法も独特で、誰かに習ったりするわけではない。当人の魔力レベルが上昇するのに合わせて、勝手に覚えるのだ。素質の有無を見抜くすべがないのも厄介だ。昨日まで邪魔者扱いされてた非力な人間が、突如魔法を覚えて賞賛されるなんて事態も普通にあるくらいだった。


 魔法を使える総人数は決して多くない。近距離でも遠距離でも戦えて、威力も絶大。魔法使いと認定された者は、就職に困らないほど各国で大人気になる。


 大体が十五歳までに何らかの魔法を覚えるらしく、親は祈る気持ちで我が子を育てる。現時点で、十六歳のエリシアもロミルも魔法を覚えてはいない。素質がない証拠だ。


 魔法を使える者が騎士になれば、魔法騎士と呼ばれる。騎士隊長や国王を護衛する近衛兵に任命される者も少なくない。エリシアも素質があるのを十五歳までは願っていた。何も覚えずに十五の誕生日を迎えた時は悲しかったが、今ではとっくに諦めがついている。


「回復魔法の使い手か。いいね。ますます俺の盗賊団に相応しい」


 いつの間にか側に来ていたロミルが、腕を組みながら言った。


 どのような魔法を使えるようになるかは、覚えてみるまでわからない。もっとも多いのが人間の能力などを上昇させる支援魔法。次に多いのが攻撃魔法。大体七対三くらいの割合だ。


 もっとも少ないのが、サラの使った回復魔法だった。魔法使い全体で一割もいないと、以前に聞いた覚えがある。貴族の子供みたいに学校へ通えたりすれば色々と教えてもらえるのかもしれないが、生憎とエリシアは、町の修道院のシスターに教えてもらった最低限の知識しかなかった。


「あまり使うなと言われているのですけど、仲間のためであれば惜しみません」


「……ありがとう」


 改めてエリシアは、ダメージを回復させてくれたサラにお礼を言った。


 あまり使うなというのは、回復魔法を使えるのが周囲に知れ渡ったら、誘拐などの面倒な事態が発生するかもしれないからだろう。


 嬉しそうにするサラが頷く中、ひとりだけ残った貴族風の男が話しかけてくる。


 エリシアとロミルに護衛が倒されるのを見て、腰を抜かしたらしい。地面に尻もちをついたまま、こちらを指差している。


「お、お前ら、と、盗賊といったな。よ、よし。積み荷は全部やろう。そ、その代わり、ワシの下で働かんか」


 何を言うのかと思っていたら、貴族風の身なりの中年男性はエリシアたちを私兵にスカウトしてきた。


 給金はかなり貰えそうだが、騎士になる目的のあるエリシアが頷くはずもない。


 盗賊団首領のロミルもすぐに拒否するかと思いきや、瞼を閉じて悩むそぶりを見せた。


「部下になり、抵抗できなくなった女剣士が、気持ち悪い中年親父に責め嬲られる。それもまた一興だな。ウム。そそられる」


「アホか!」


 叫ぶと同時に放った回し蹴りが、目を閉じていたロミルの後頭部へ命中する。

 強烈な攻撃を食らったロミルが、表情を歪めながらサラに手を伸ばす。


「お、俺にも回復魔法を……」


「する必要はない」


 人のいいサラなら本当に使いかねないので、冗談で痛がってるだけだと説明する。


「冗談じゃねえんだよ! 首領様の頭に蹴りをぶち込むとは、どんな部下だ。本当にあの気持ち悪い中年親父につき出してやろうか」


「そ、そうだ。ワシに従え! お前となら気が合いそうだ。ワシの屋敷にいる女で、好きなのを与えてやってもいいぞ」


 ――マズい。直感的に思ったエリシアが視線を向けると、好色なロミルは案の定、瞳をギラつかせた。


「確かに、アンタとは気が合いそうだ。けどよ」


 一瞬にして中年親父の背後に回ったロミルが、相手の後頭部を足で踏みつける。


「テメエは俺のものに手を出そうとしやがったろうが。それに、大金を積まれようとも、誰かの下で働くなんてごめんなんだよ。つまり、却下だ」


 容赦なく相手の顔面を地面へめりこませながら、ロミルはなおも言葉を続ける。


「金が欲しければ奪えばいい。俺は盗賊なんだからよ。つーわけで、テメエの積み荷も貰っていくぜ」


 ようやく足を離した頃には、ロミルに踏まれ続けた中年男性は気を失っていた。


 誰がお前の女だとエリシアは思ったが、あえて黙っておく。言い争いをして、無駄な時間を使ってる場合ではない。


 さすがのサラも、倒した連中には回復魔法を使おうとはしなかった。それでも気にする様子を見せているので、やはり心優しい女性なのだろう。


 演技ではない。サラ本来の性格が出ているだけだ。やはり、命を狙われなければならない女性には思えなかった。


「おい、エリシア。何をボーっとしてやがんだ。さっさと積み荷を奪ってずらかるぞ」


 騒ぎを聞きつけた誰かが、ナスラの町などに滞在している兵士たちへ連絡したらマズい。逃げ切るのは可能でも、積み荷を奪うのは難しくなる。


「これだよ、これ。盗賊はこうでなくちゃな。ククク。盗賊団を結成して初めて、それらしい活動ができたぜ」


 ロミルは心底楽しそうだ。普段はエリシアがよく獲物を逃がすので、略奪行為はほとんどできていなかった。


 人を殺すのも好きではないが、他人の物を奪うというのも趣味ではない。だからこそ、あえてターゲットを逃がしてきた。


 今回も最初はそうしようかと思ったが、ロミルに気絶させられた中年男性があまりにも気持ち悪かったので、慰謝料代わりに貰ってもいいかと考えた。


 そもそも今のエリシアは盗賊なのだ。略奪行為に躊躇いを見せすぎれば、何のために団へ入ったと言われる。先日も、盗賊に向いてないと言われたばかりだ。


 実際にそのとおりなのだが、王女の暗殺という新たな目的ができた現状で団を追放をされるのはマズい。指示を受けたエリシアは、素直に馬車の後ろの積み荷を確認する。


 何だ、これは。隠していた布を取り、中身を見た瞬間に絶句する。


「妙な……形をした積み荷ですね。一体、何に使うのでしょう」


 意外と好奇心旺盛なのか、正体不明の積み荷をサラが興味ありそうに見つめる。


 隣でロミルが積み荷に手を伸ばした。


「少し硬めだが、意外に弾力性もあるな。こんなに大量にあるってことは売り物なんだろうが、見たことねえな……」


 三十センチ程度の異物を手に持ったまま、じろじろとロミルが観察する。


 先端が丸く尖っており、手に持つようなところもある。ロミルたちと一緒に積み荷を眺めていたエリシアが、底に小さなスイッチを発見した。


「ここにスイッチみたいなのがあるな」


「もしかしたら、武器かもな。押したら、先端が伸びて剣みたいになるとかよ」


 言いながらロミルが、スイッチを押した。


 すると先端の部位が、ぐねぐねと不気味な動きをし始めた。

 円を描くような感じだ。さらには強弱もつけられるらしい。


「ますます意味がわからなくなってきたな。仕方ねえ。倒れてる連中に聞いてみるか」


 サラに言って貴族風の男を回復させると、すぐにロミルが襟を引っ張って強引に立ち上がらせた。


「おい。この積み荷は何だ。痛い目にあいたくなけりゃ、さっさと白状しとけ」


 本来なら怯えてもおかしくない状況なのに、どういうわけか中年男性が口の端を歪めた。


 とどめに不気味極まりなく、エリシアやサラをチラチラ見てくる。おぞましさで鳥肌が立ちそうだ。


「このアイテムは、対女性用の秘密兵器だ」


「女性用の秘密兵器?」


 男の説明に、ロミルが怪訝そうな顔をする。


「アイテムをよく見ろ。何かの形に似ていると思わんか?」


 下卑た笑みの男が、下卑た声を出す。


「似てるって何に……ま、まさか……!」


 何かに気づいたらしいロミルが、驚愕の表情を浮かべる。


「わかったか。妻や恋人を満足させられない男や欲求不満の女どもに、密かに人気がでつつある商品なのだ!」


 力説する男の近くで、ロミルまでニヤニヤし始める。嫌な予感を覚えたエリシアは、サラに自分の近くへ来るように言った。


「なかなか着眼点のいいアイテムじゃねえか。なるほどな。この動きと振動で乱れ狂わせるわけか」


「そのとおりだ。抜群の破壊力で、どんな女もヒイヒイ泣かせられるぞ。お前の女どもに、試してみたらどうだ」


「それは名案だ。むふ」

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