第10話

 サラがこちらを振り返ると同時に、暗殺は失敗に終わった。だというのにエリシアは落胆するより、安堵した。複雑な感情を抱えながらも、ひとまずは盗賊として活動しようと決める。


 報告を受けてエリシアが隠れていた茂みから飛び出す。慌ててサラもついてくる。通りかかった馬車の側には、馬に乗った護衛が二人ほどいた。


 突然現れて、道の真ん中で仁王立ちするエリシアに、馬車の護衛連中が怪訝そうな顔をする。


「何か用か?」


 こちらが若い女性だからか、明らかに軽く見ている。それだけでも、たいした腕前の連中でないのがわかる。本当に腕の立つ護衛なら、性別で立ち塞がった相手の実力を判別しない。


「あ、あのっ! 私たちは盗賊なのです。ご迷惑をおかけいたしますが、積み荷を幾らか分けては貰えませんでしょうか」


 盗賊として頑張ると決めたサラが、エリシアの前に進み出て名乗りを上げた。迫力など微塵もない。聞いた連中は怯えるどころか、大笑いする。


「これまたずいぶんと可愛い盗賊がいたもんだな。積み荷を寄越せと言われて、はいそうですかと応じられるわけがねえだろ」


 向かって左側の馬に乗っている男が言った。左目に眼帯をしているが、歴戦の猛者らしい雰囲気はない。


 右側の男は、見るからに安物の鉄兜を装備している。舐め回すような視線をサラに向け、舌なめずりしてるのが気持ち悪い。


 三十代半ばと思われる護衛の二人は、どちらもそれなりに鍛えているみたいだが、顔立ちはお世辞にも整ってると言えなかった。


「そうですよね。では結構です。失礼いたしました。道中、お気をつけてくださいね」


 盗賊という名称から何をするのかは大体理解していても、育ちのいい王女だけに相手へ強く出られない。旅の無事まで祈られたターゲットは、毒気を抜かれたような顔をする。


 唖然としているところに、異変を察知した馬車の主が降りてくる。太った中年男性だ。エリシアとサラを見るなり、興奮気味に声を発した。


「結構な上玉じゃないか。物乞いでもしてるのか?」


「いえ。盗賊らしいです」


 兜の男が、貴族風の身なりをした中年男性に応じる。


 よほど贅沢な生活でもしているのか、でっぷりと出た腹を撫でながら愉快そうに笑う。


「普通に物乞いするのが惨めで、盗賊になったとかそんな理由だろう。目的は金か積み荷か。欲しいなら、恵んでやってもよいぞ」


 バカにされてるのがわからないのか、サラが嬉しそうに瞳を輝かせた。


「よいのですか? ありがとうございます。それでは積み荷の方を、無理のない範囲で頂けたら助かります」


 丁寧に頭を下げるサラを見て、ますます中年男性が得意げな態度をとる。個人的には今すぐ痛めつけてやりたいが、どういうわけかロミルがまだ動かない。何らかの作戦があるなら、邪魔はできない。サラに危害が及びそうになるまでは、黙って見守ることにする。


 本来ならエリシアが敵の目を引いてる間に、得意のスピードを活かしてロミルが背後へ回り込む、いかに腕の立つ護衛がいようと、馬車の中に侵入されて護衛対象が確保されたり、積み荷を奪われたりすればどうしようもない。


 いつ動くのだろうと待ってる間も、サラと貴族風の中年男性の会話は続く。王女だと気付かれてはいない。着ている服が高級なだけで、男は貴族でないのかもしれない。


「よかろう。ならば、その場で素っ裸になって踊るがいい。そうすればおとなしく、盗賊に積み荷を奪われてやるぞ。グフフ」


 護衛の連中までもが、下劣な笑みを浮かべる。サラだけでなく、エリシアにまで向けられる視線が不快だった。


 さすがのサラも、このような提案には応じないだろう。そう思っていたが、なんと彼女は頷いてしまった。


「……わかりました。これも盗賊として、積み荷を奪うためです。は、恥ずかしいですが……し、仕方ありません」


 何がだとツッコミを入れる前に、サラが震える指先を自身の服に伸ばそうとする。


「グヒヒ。早くしないか」


 サラの大きなバストに視線を集中させている中年男性が、辛抱たまらないといった感じで急かす。


 普通の女性なら冗談じゃないと怒る展開にも、世間知らずで天然なサラはそうなのかと恥ずかしがりながらも従おうとする。


 巨乳の美少女が恥じらいながら言うことを聞いてくれるのだから、男たちが調子に乗るのも当然だった。


「俺は、そっちが好みだな。キツそうな顔をしてるけど、そういう女に限ってエロかったりするんだ。尻もデカいし、ヒイヒイ言わせてやりたいぜ」


 眼帯で左目を隠している長髪の男が、下品な目つきでエリシアを見た。


 おぞましさで背すじが震える。もう限界だ。あとでロミルに何を言われようと、不愉快な連中を叩きのめす。


 貴族風の男を狙って動き出したエリシアの視界に、スっと影が映る。ようやく動いたか。足を止めると、盗賊団首領のロミルが中年男性の背後に立っていた。


 突然背後からナイフを首筋に密着させられた貴族風の男が、情けない声を出して目をパチクリさせる。可愛らしさなど砂粒ほどもない。


「な、何だ、貴様っ! どこから現れた!」


「余所見をしてていいのか? 注意を怠ると、怪我をするぞ」


 ロミルに驚く眼帯の男の背後に、そっと忍び寄った。


「私が好みとか言っていたな。いいだろう。相手をしてやる。もっとも、貴様の望むものではないだろうがな」


 馬から引きずりおろす。女に舐められてたまるかと、怒りで顔を真っ赤にした男が、立ち上がるなり飛びかかってきた。


 隙だらけだ。本気を出すまでもなさそうだが、油断はしない。鞘から抜いた剣で、向かってきた敵の太腿を斬る。


 男の悲鳴と血が、地面にこぼれ落ちる。続いて剣の柄で顔面を殴れば、勝敗は決する。


 後ろ向きに倒れた眼帯の男が白目を剥き、ピクピクと手足を震わせる。行動不能にしたのを確認してから、次の標的に目を向ける。


「次は貴様の番だな。私の仲間を卑猥な視線で汚した罪は重いぞ」


 眼帯の男が倒されたのを目撃したせいか、エリシアに凄まれただけで恐怖を露わにする。女だからといって、侮れる相手ではないと今さら気付いても遅い。


「な、何をしているっ! お前たちには高い金を払っているんだ。さっさとワシを助けろっ!」


 うるさく喚く男の声に呼応して、馬車の中からも戦えそうな男が出てくる。中で、飛び出すタイミングを窺っていたに違いない。


 増援が現れても、窮地にすらならない。事前にある程度の予測はついていた。フンと鼻を鳴らしたロミルが、貴族風の男を離す。人質にして場を逃れるよりも、戦って勝つ方が楽だと判断したのだ。


 ショートソードやナイフを好むロミルは、まともに敵と斬り合わない。武器同士のぶつかり合いでは不利なのがわかっているからだ。


 目にも止まらぬ速度で敵の背後を取り、首筋などの急所を狙う。エリシアが女剣士なら、ロミルは超一流の暗殺者だ。腕力と剣技はたいしたことなくとも、秀でた能力がひとつあれば驚異になる見本みたいな男だった。


 瞬きをするたびに、敵が一人ずつ地面に倒れていく。致命傷は与えてないので、手当てをすれば十分に助かる傷だ。ロミルもまた、エリシア同様に敵を簡単に殺したりする人間ではなかった。


「う、うあ……く、くそっ! 何なんだよ、お前らっ!」


 予期していなかった展開に取り乱した兜の男が、馬に取り付けていた斧を手に取って暴れ出す。眼帯の男同様に馬から引きずりおろそうにも、錯乱して斧を振り回されてる現状では危険すぎて近寄れない。


 冷静さを失った人間は脆いが、時に厄介な相手になる。兜の男が、その典型だった。


「あ、あの……落ち着いてください。積み荷を少しだけ頂戴できれば、これ以上は――」


「――危ないっ!」


 迂闊に近寄ったサラの身体に、兜の男が振り回す斧が接近する。慌てて彼女を突き飛ばし、エリシアは身に纏っている金属鎧の肩の部分で受け止める。


 金属音が鳴る。強い衝撃が、肩から全身に広がる。地面に叩きつけられると同時に、脳が揺さぶられる。影響で何も考えられず、ボーっとした状態になる。


「何をしてやがるっ!」


 身動きできないエリシアに追撃が行われる直前で、ロミルがショートソートで兜の男が乗っている馬の足を斬った。


 バランスを崩した馬が倒れる。乗っていた兜の男も一緒に倒れ、顔面から地面に激突する。手放した斧がかぶっている兜に直撃し、脳震盪を起こしたのか、男はそのまま動かなくなった。


 身を挺して守ってもらったサラが、倒れたままのエリシアに駆け寄る。


「大丈夫ですか!? 私のために申し訳ありません。すぐに治しますから」


 エリシアの頭を自らの太腿に乗せたサラが、両手を前に突き出す。丁度エリシアの胸辺りに出された手のひらが、ぼんやりと白い光を放つ。


 なんて暖かい光なのだろう。心地よく思ってるうちに、響くようにガンガンしていた頭痛が治まった。段々と気分も安定してくる。

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