第9話
よくよく見れば、彼女が両手に持っているのは例の踊り子の衣装だった。しかも、従来のよりもキワドさと過激さがずっと増している。いくら頼まれても、着るのは無理だ。
「だ、だから、それは盗賊の仕事ではない! ロミル、一体何を吹き込んだ!」
「盗賊として頑張りたいというから、女盗賊としての振る舞いを口で説明しただけだ。エリシアも、いつもやってるぞと言ってな」
「ふざけるなっ! こんな真似をしたことなど、一度もないだろう! こうなったら、力ずくで対処させていただく!」
執拗に過激な踊り子衣装を着させたがるサラを、強引にカーテンで仕切られているスペースへ引っ張り込む。
都合よくそこに従来のサラの服もあったので、失礼と言ってから無理やり着替えさせる。
女同士だからいいかと上半身を露わにさせた瞬間、息が止まりそうになった。
露わになった双乳のボリュームが、想像以上すぎた。ロミルがエリシアのを大きいと言っていたが、改めて見てもまったく敵わない。
「――ハっ!? まさか、覗こうとしてないだろうな!」
背後に不穏な気配を察したエリシアが、慌てて振り返る。
視界に映ったカーテンの隙間が、慌てて閉じるのが見えた。やはりロミルは、ここぞとばかりに覗こうとしていたらしい。
サラは恥ずかしそうに頬を朱に染めているが、隠そうとするそぶりはない。むしろ見せようとしてるかのようだ。
「や、奴が覗くかもしれない。急いで着替えるんだ」
忠告をするも、何故か首を左右に振られる。
「首領様がおっしゃっておりました。女性の盗賊は、自身の肉体を武器にするのだと。エリシア様が私を助けてくださった際に乳房を露わにしたのも、敵を油断させるためだったのですね」
「え!? いや、まったく違います! そのようなつもりは……」
「他の方に見せるのは恥ずかしいですが、盗賊団の一員となったからには全力で頑張ります」
「何をだっ!? と、とにかく服を着てくれ! これは先輩の盗賊団員としての命令だ。いいな!」
慌てたエリシアは相手が王族だというのも忘れ、強めの口調で指示を出した。
サラが頷いてくれたのを確認してから、カーテンが大幅に開いたりしないよう気をつけて外へ出る。
エリシアがひとりだけで出てくると思っていなかったのか、しゃがみこんでカーテンの隙間から覗こうとしているロミルをタイミングよく目撃する。
「貴様は一国の王女に、何を教えているのだ!」
「団の一員になった以上、サラは王女である前に、俺の配下の盗賊になる。礼儀を教えるのは当然だろう」
「開き直るなっ! 踊り子の衣装で酌をする礼儀などあるかっ!」
殴りかかっても、ひらひらと簡単に攻撃を回避される。スピードだけは超一流のロミルから、なんとしてもサラの貞操を守らなければ。
そう考えてる自分に気付き、エリシアは愕然とする。
私は何をしているのだ。カーテン内で労せず二人きりになれたにもかかわらず、重要任務を決行しなかった。それ以前に、暗殺するという目的を忘れてしまっていた。
これでは騎士失格だ。幼少時からの夢である騎士になるためには、どうしてもサラを暗殺しなければならない。正攻法では、ツテのないエリシアには一生かかっても無理だ。普通に兵士の採用試験を受けた時に、はっきりとわかった。
認識させられた現実に絶望しかけたところに、救いの手が差し出された。せっかくできた宰相や国王との繋がりを、途切れさせるわけにはいかない。彼らを喜ばせれば間違いなく騎士になれる。逆に失望させれば、夢を実現させるのは不可能になる。王女の暗殺任務は、一世一代の勝負といっても過言ではない。
「あら。怖い顔をなさって、どうかしたのですか」
考え事をしてる間に、カーテンを開けてサラが出てきた。踊り子の衣装ではなく、初めて出会った時に着ていた薄いグリーンのワンピース姿になっている。
胸の谷間は隠れたが、それでも類稀なボリュームをしてるのがわかる。歩くたびにゆさゆさ揺れるのは、もはやお約束みたいなものだ。
同性であっても変な気分になりそうだ。率直にエリシアはそう思った。
「私自身はどうもしないが、王女様には少し、この男の言葉を疑うようになってもらいたい」
「いけません。王女様ではなく、サラと呼んでください。今の私は王女ではなく、盗賊なのですから」
やはりこちらの話をあまり聞かず、自分の言いたいことばかりを発言してくる。ここまでくると、狙ってるというより天然なだけに見える。
「……わかった。では、改めて忠告させてもらおう。いいか、サラ。この男の言う盗賊の礼儀とやらは、ほぼすべてが嘘だ」
「まあ!」
大きな声を出したサラが、口元に手のひらを当てて驚きを表現する。
「どうして、そのような嘘をついたのですか」
首領様と呼ぶロミルに、サラが質問をぶつける。
「決まってるだろ。盗賊として成長させるためだ。いついかなる時も、警戒を忘れてはならない。他人の行動であれ、言動であれ、注視する必要がある。言葉で教えられても、なかなか習得できるものじゃない。だからこそ俺は、あえてサラを試すような真似をしたのさ」
「それも大嘘だ」
普通の女性ならともかく、サラなら本気で信じかねない。先手を打って、ロミルがこれ以上調子に乗れない環境を作っておく。
「……お前、邪魔すんじゃねえよ」
エリシアだけに聞こえるように、ロミルが小声で話しかけてきた。
「俺が王女をものにしようが、お前には関係ねえだろ。せっかくのチャンスなんだよ。それとも……やきもちやいてんのか?」
「だ、誰がだ! もういいっ! さっさと仕事に行くぞ!」
口の上手いロミルと言い合うのは危険だ。下手をすれば、エリシアだって丸め込まれかねない。
自ら先頭に立って歩き、二人を連れてアジトを出る。近くの峠で、獲物が通りかかるのをひたすら待ち伏せるのだ。
三人になっての仕事は今回が初めてだ。従来は峠道を左右に挟むような感じでロミルと一緒に待機していた。案の定ロミルがサラと組みたがったが、エリシアが承諾しなかった。
結局エリシアとサラが、一緒に茂みへ隠れることになった。ロミルはひとりで、道の向こう側に待機中だ。
緊張で動悸がする。エリシアを信用しているサラは、無防備にこちらへ背中を向けている。腰に携えている剣を引き抜き、背後から心臓をひと突きすれば任務完了だ。
これまで何度も剣での戦闘を経験してきたが、殺すまでの展開にはならなかった。負けたことのないエリシアは戦闘に勝利しても、立ち塞がった敵を痛めつけるだけで終わらせてきたからだ。
ロミルの盗賊団に加入してからも、それは変わらない。命を狙われたりはしても、エリシアが相手の命を本気で奪おうとしたことは一度もない。
騎士になれば、そうした機会がやってくるのは理解していた。覚悟もしていた。けれど、初めて命を奪う相手が王女だとは想像していなかった。
悪行ばかりで民から恨まれている王女であれば、躊躇ったりしない。正義の名のもとに天誅を下し、胸を張って堂々と騎士になっていたはずだ。
見るからに清純そうなサラに、命を奪われなければならない理由があるのか。本当に自分はそれでいいのか。悩むべきでないのは理解していても、そんな疑問ばかりが浮かんでくる。
「エリシア様、馬車がやってきたみたいですよ」
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