第8話
「ただいま、戻りました」
ダーレグの私兵から、とりあえずは盗賊団の一員に戻る。丁寧な言葉を使ったのは、サラが首領のロミルと一緒にいるからだ。
ロミル相手にならどのような言葉遣いでも構わないが、一国の王女を相手に馴れ馴れしくはできない。例えそれが、暗殺を命じられた対象であったとしても。
日中とはいえ、薄暗い洞穴の中に進めば太陽の光も届かなくなる。身を隠すには最適だが、日常生活を送る上では不便極まりない。
身をかがめなくても歩けるくらいの高さはあるので、普通に洞穴へ入る。ドアがついてないのは、見る者に単なる洞穴と認識させ、盗賊団のアジトだとバレないようにするためだ。
サラが入団したいと言い出すまでは、たった二人しか所属していなかった。もっといえばエリシアが入るまで、ロミルはひとりぼっちで盗賊活動をしていたのである。
サラが変なことをされてなければいいが。心配しながら奥へ進むにつれて、愉快そうなロミルの声がはっきり聞こえるようになる。嫌な予感を覚えたエリシアは足早に、居住場所にしている一番奥の開けたスペースを目指した。
「あ、おかえりなさい」
出迎えの挨拶をしてくれたサラに、言葉を返すどころではなかった。目にした光景に、開いた口が塞がらない。
しばらく呆然としたのち、膨大な怒りがこみあげてきた。前方でニヤニヤする男を、おもいきり殴りつけたくなった。
「貴様、王女様に何て恰好をさせている! それだけじゃない。この有様は何だっ!」
声を荒げたエリシアに応じたのは、踊り子の衣装を身に纏って、ロミルの隣に座っているサラだった。
「こうした格好で首領様にお酌をするのが、新人のお仕事なのだと聞きました。少し恥ずかしいですが、これも一人前の盗賊になるため。一生懸命に、頑張らせていただいております」
サラの説明に、頭を抱えたくなる。どうせロミルが吹き込んだのだろうが、疑いもせずに信じるとは世間知らずにも程がある。エリシア自身も豊富な知識を所持してるわけではないが、さすがに踊り子衣装でのお酌を盗賊の仕事だとは思わない。
「その男の言葉を、むやみやたらと信じてはいけません。半分以上がでたらめなのです。私もつい先日、王女様を助けた路地裏で……ぐうう!」
口車に乗せられ、乳房を露出させられたシーンを思い出してしまう。サラが忌まわしい踊り子の衣装を着用してるので、なおさらだ。
「大体! どうしてその服をお前が持っているのだ!」
「どうしてって、買ったからに決まってるじゃねえか」
悪びれもせずにロミルが言った。同じく購入したのか、足元には酒場で使っていたテーブルもある。その上に、所狭しと美味しそうな料理が並んでいる。お酒やグラスも置かれている。エリシアが不在の間に、酒盛りをしていたのは明らかだった。
「踊り子の衣装はもう一着ある。さらにキワドイのがな。遠慮しないで、お前も着ていいぞ。そんで、こっちに座れ」
ロミルが指で示したのは、サラとは逆のスペース。つまりは空いている方の自分の隣だった。エリシアとサラに挟まれる形で、酒盛りを続行しようとしているのだ。
「丁重にお断りさせてもらう。よもや仕事もしないで、酒盛りをしているとはな。お前には、盗賊団の首領たる自覚がないのか」
「あン? 盗賊のくせに獲物を逃がしまくるお前が言うな。普段だったら、仕事に出るのも嫌がるくせによ。何かあったのか?」
怪しまれても得はない。エリシアは「何もない」と首を左右に振る。迅速に暗殺せよと言われているが、今日でなければ駄目だとは言われていない。
それでなくとも、ロミルのスピードは厄介だ。迂闊に邪魔をされると、暗殺自体が失敗しかねない。やはり堂々と命を狙うよりも、盗賊業の最中にアクシデントを装ってサラを仕留めるしかない。
騎士道精神に憧れたのが騎士を目指し始めた理由なだけに、可能であれば正面からお命頂戴といきたい。
しかし、とエリシアはもやもやする心を飲み込む。騎士になる以上、任務の確実な遂行が何より求められる。国家運営に関わる重大な案件であればあるほど、手段を選んでなどいられない。それでも国に忠義を尽くすからこその騎士なのだ。
サラ王女暗殺の任務を果たせば、念願の騎士に取り立ててくれる。国王ベルサリトが約束してくれた。
実の娘なのに父親から暗殺を企てられるくらいなのだ。清純そうなのは表向きの顔で、実際は国を破滅させようと画策してるのかもしれない。
考えてみれば、ロミルの好色な性格を半ば理解しつつあるのに、露出度の高い衣装を平気で身に纏っている。サラを被害者みたいに思っていたが、本当は彼女から色仕掛けをしようと試みたのではないか。疑い始めると、すべての行動が怪しく思えてくる。
暗殺の対象を強引に悪だと決めつけることで、任務を実行するための意欲を高めていく。
私にできるだろうか。浮かんだ不安を掻き消すように、やるしかないのだと自分自身に言い聞かせる。今回の任務で初めて誰かの命を奪うことになろうとも、躊躇ってはいけない。本物の騎士ならば、膨大な悲しみを背負うはめになったとしても、主君の命令を実行する。例え、標的を背後から討つことになろうとも。
「王女様が、このようなくだらない真似をする必要はありません。すぐにお着替えになってください」
アジトの隅の方に、エリシアが着替えるためのスペースがある。覗かれたりしないように、きちんとカーテンで仕切られている。
同じ盗賊団の仲間なら、着替えも一緒にすべきだというアホな理論を振りかざすロミルを尻目に、淡々とエリシアが設置した。
そこへ連れていこうとサラを立ち上がらせた瞬間、エリシアは我が目を疑った。
ビキニタイプの踊り子の衣装に包まれたバストが、重たげにたぷんと揺れる。凄まじいまでの重量感に圧倒される。エリシアのよりもずっと大きい。
「そんなにサラのを見つめてどうした。大きくなりたいなら協力してやるぞ。揉めば成長するというしな」
「貴様の頭の中は、そればかりか。ただ少し驚いた――い、いや、何でもない」
妙に照れ臭くなって、頬を赤らめてしまう。
「さあ、早くお着替えになってください」
すぐに従ってくれると思っていたが、何故かサラはゆっくりと首を左右に振った。
「私は無理を言って盗賊団に入れてもらいました。今の私は王女ではなく、盗賊なのです。団に掟があるというのであれば、従うのが当然ではありませんか」
「い、いや……盗賊だからといって、何も露出度の高い服を着る必要はないのです!」
「貴女も、私に敬語を使うのをおやめください。仲間になったのですし、盗賊団に入ったのは私があとです。どのような雑用でもしますので、どうぞお気軽におっしゃってください」
「そういう問題ではありません。どう言ったら、理解していただけるのですか!」
心の底から声を絞り出しても、やはりサラはロミルに教えられたと思われる盗賊の掟とやらを忠実に守ろうとする。
エリシアとサラのやりとりを黙って見ていたロミルが、焼き鳥を頬張りながらケラケラと笑った。
「まるで、騎士としての生き方を盲目的に信じるエリシアみたいだな」
宙に舞った言葉が鋭い棘となり、エリシアの胸に突き刺さる。ズキンとした痛みが胸だけでなく、頭にも発生する。
胸の中にあったもやもやが再び大きくなってくるも、強引に押し込む。どうしても騎士になりたいエリシアには、決意以外の感情は邪魔でしかなかった。
「騎士たる生き方を望んで何が悪いっ! 私が間違ってるとでも言いたいのか!」
アジト内にエリシアの怒声が響いた。無意識のうちに、感情を爆発させてしまった。
ビクンとするほど驚くサラとは対照的に、ロミルは無表情で焼き鳥を食べ続ける。
「なに、ムキになってんだ。帰ってきた時からおかしいぞ。ストレスが溜まってんなら、踊って解消すればいいだろ。幸い、ここに衣装もある」
「確かに……少しばかり苛々しているようだ。声を荒げて済まなかった。ここは頭をスッキリさせるためにも……って、どさくさまぎれに、とんでもない提案をするなっ!」
ロミルに文句を言うエリシアを見て、今度はサラがクスクスと笑った。
「お二人とも、仲がよろしいのですね。羨ましいですわ」
「王女様!? 変な勘違いをなさってるみたいですので、訂正させていただきます! 私とこの男は何の関係もありませんっ!」
「ほら。口調がまだ堅苦しいままですよ。首領様と会話してるような感じで、私にも接してください」
わざとなのか、それとも素でそうなのか。エリシアの話などろくに聞かず、自分の希望を押し通すために、笑顔でにじり寄ってくる。
「わかりました! いや、わかった! これでいいですか?」
観念したようにエリシアが普段の口調を使うと、ようやくサラは満足してくれた。
「まだ遠慮なさってるみたいですが、特別扱いせずに接するのを意識してもらえていれば、ともに生活していくうちに自然と振舞えるようになると思います」
とても爽やかで素敵な笑顔だった。裏表など感じない。サラの持つ純真さが、そのまま伝わってくる。
やれやれとため息をつき、小さく肩をすくめる。父親の国王は想像どおりの人物だったのに、サラはあまり王女らしくない。好奇心旺盛で心優しい町娘といった感じだ。
およそ邪悪な企みをするように見えない。このような女性が、一体どうして命を狙われなければならないのか。
首を左右に振る。エリシアが考えるべきことではない。騎士を目指す以上、主君となるべき国王がいかなる目的を持っていようとも、淡々と従い忠義を尽くすだけだ。
「ん? 何をしているのですか……いや、何をしている?」
無意識に丁寧な言葉を使ってしまったあと、慌てて言い直した。にこやかな笑みを浮かべたサラが、何かをエリシアに差し出してきた。
「これを身に着けて、一緒に盗賊の仕事に励みましょう」
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