第6話
「この方々が、貴方に借金をしているのですか?」
「ん? まあ、そんな感じだな。しめて二十万ゼニーだ!」
二十万ゼニーという発言に、真っ先に反応したのはロミルだった。
「何だと! 報酬の倍どころじゃねえぞ。返済するには裸踊りだけじゃなく、イヤンウフフなサービスまでエリシアにさせなきゃ駄目じゃねえか!」
「イ、イヤンウフフなサービスとは何だっ! いっそお前がやったらいいだろう!」
「吐き気を覚えるような提案をするな! お前がやるから報酬が発生するんだよ。いい加減に観念しやがれ!」
「お前は私の味方のはずだろう!? どうしてそこまで、いかがわしい真似事をさせたがるのだ!」
「決まってるだろ! 真っ先に俺がサービスを受けたいからだ!」
「……わかった。とりあえず貴様は殺す」
男と女の壮絶な死闘に発展しかけてるのを尻目に、サラが懐から布袋を取り出した。
気になったのはロミルだけでないらしく、今にも飛びかかってきそうだったエリシアもそちらを注目する。
「では、私が代わりにお支払いします。二十万ゼニーでよろしいのですね」
にこやかな笑顔で布袋の中に手を入れる。小さな手で、サラが金貨を一枚ずつ取り出す。手のひらに乗せられていく金貨に、酒場の支配人が目を丸くする。
「お、おい……王女様ってのは、普段からあんな大金を持ち歩くものなのか……?」
エリシアに尋ねてみたが、返ってきたのは「さあ……」という呆然とした感じの言葉だけだった。
ロミルが、エリシアを働かせる報酬の前金として受け取ったのが三千ゼニー。仕事後に残りの七千ゼニーを貰う予定になっていた。
総額一万ゼニーだが、これはわりと高給だといわれる工夫の一ヶ月分の賃金に相当する。普通に働いている奴らと比べれば、二ヶ月分の給金だ。
二十万ゼニーとなれば、その二十倍。安い家なら、買えそうな金額だ。サラはそれをあっさり出そうとしている。
金額分のゼニーを金貨で支払われた酒場の支配人は、驚愕から一転して満面の笑みを浮かべた。
エリシアに卑猥なサービスをさせられなくはなったが、二十万ゼニーも得られるのなら文句はないのだろう。
「これで、あちらの方々の借金は返済できましたね。まだ何かありますか?」
「いえいえ、あるわけもございません。私らはこれで失礼します。是非、王女様も当店をご利用なさってください」
目的を達成した酒場の支配人たちは、そそくさと路地裏から立ち去る。残されたのはロミルたちと、地面で気絶中の三人組の男だけだ。
「も、申し訳ございません。お支払いしていただいたお金は、必ず王女様にお返しいたします」
騎士らしくとでも思ったのか、エリシアがサラの前で膝をついた。
「気になさらないでください。助けていただいたお礼です。貴女がいなければ、私は殺されていたかもしれないのです」
「何と……! この連中は誘拐などではなく、王女様を暗殺なさろうとしていたのですか!? ならばこの場でいっそとどめを……」
「その必要はありません。仮にこの方たちの命を奪ったところで、新しい暗殺者がやってくるだけでしょうから」
「……王女様がそうおっしゃるのであれば、従います。しかしながら、お金はきちんと返済いたします」
あくまで金は返すと言い張るエリシアに、それまで黙っていたロミルが尋ねる。
「返すって、どうやってだよ。あてはあるのか?」
「そ、それは……か、返すといったら返すのだ。騎士は、一度口にした約束を決して破らない!」
「そのわりには、あっさりと働くと約束した酒場で暴れたけどな」
痛いところをつかれて何も言えなくなったエリシアに、ロミルはとっておきの提案をする。
「働く気があるなら、俺がいい店を紹介してやるぞ」
「断るっ!」
きっぱりと断られても、しょぼくれてる暇はない。ロミルには、何よりも優先すべき大事な任務がある。
「夜も遅いが、今から城に連れて帰ってやるよ。そうすりゃ、褒美も貰えるだろうしな」
「何を期待しているのだ、貴様は。王女様の護衛ができる誇りと名誉こそ、騎士にとって最大の報酬ではないか!」
「だから俺は騎士じゃなくて、盗賊だっつーの。で、今のお前はただの踊り子」
「うるさいっ! 私とて好きでこのような……ム! そうだ。剣を取りに戻らなくては!」
チッ。覚えてやがった。心の中で、ロミルは舌打ちをした。いつもの金属鎧より、踊り子の恰好をしてもらっていた方が盗賊の仲間らしいのに。
そんなことを思っていると、サラがとことことロミルの前まで歩いてきた。相変わらずの爆乳ぶりで、足を動かすたびに衣服の中でゆさゆさ揺れてるのがわかる。
「あ、あまり、胸ばかり見ないでください」
「何で? こそこそと目を逸らす方が男らしくないぞ。胸の大きな女性を見たら、むしろ最高に集中してガン見することが礼儀になるんだ」
女性の平均的な身長に童顔。肉づきは程よく、何より爆乳。加えて王女様ときた。卑猥な妄想をされる要素が大量すぎる。
「いい加減にしておけ、変態。それよりも王女様。どのようなご用で外へ出られていたのかは存じませんが、確かに城へ戻った方がよいのではありませんか?」
「そのことなのですが、是非、お願いがあるのです」
サラが真剣な顔つきになる。
「貴方方は盗賊だとおっしゃっていましたね。どうか、私を仲間に加えてほしいのです」
「はあ!?」
ロミルとエリシアの声が、見事なまでに重なった。
「い、今、何とおっしゃいましたか。この国の第一王女であられるサラ様が……その……と、盗賊などという卑しい身分になりたいというのですか!」
「卑しい身分で悪かったな。そういうお前も、盗賊だろうが」
ロミルのツッコミなど聞こえてないのか、気にするそぶりも見せない。
勢いあまってサラの両肩を掴み、正気に戻ってくださいとばかりに軽く揺さぶる。そんなエリシアを、当の王女様が困り顔で見つめる。
「すでにご存じのとおり、私は命を狙われています。誰が暗殺者を放ってるのかも、心当たりがあります。ですので、共に行動させてほしいのです」
「なるほど。要するに、護衛しろってことか」
路地裏の壁を背に、ロミルが腕を組む。
「城へ戻りたくないってのも面白いな。アンタを殺そうとしてるのは、身内の誰かってことじゃねえか」
「何だと? 王女様の前で、適当な発言をするのは許されないぞ」
「適当じゃなく、事実だよ。盗賊団なんぞに入らなくても、城へ戻って優秀な騎士に守ってもらえばいい。それをしないのは、できない理由があるからだろ」
城の関係者が王女を殺害したがってるのであれば、戻りたくないのも理解できる。護衛役のはずの騎士が、いつ自分に刃を向けるかわからないからだ。
考えてみれば、エリシアが撃退した連中も、戦闘の素人といった感じではなかった。
「騎士かどうかは知らないが、そこで倒れてる連中は城の兵士だろ。違うか?」
ロミルの質問にサラは俯き、エリシアは驚愕する。
まさかと唇を震わせるエリシアの側で、辛そうにサラが顔を上下に振った。
「国に忠誠を誓ったはずの兵士が、王女の命を狙うなどありえない……!」
「実際にありえてんじゃねえか。それに、国に忠誠を誓った兵士だからこそ、王女相手に剣を向けた可能性だってあるんだぜ」
「どういうことだ?」
「わかんねえのかよ。王女と同等、もしくはそれ以上の身分の人間に暗殺を命じられれば、従うしかねえだろうが。忠誠心の高い兵士なら、特にな」
命を狙われてる張本人なだけに、サラはとっくの昔に気づいていたのだろう。
そのせいで城を出ていたのかは不明だが、気軽に手を突っ込むべき案件ではなさそうだ。いかに無法者の盗賊だろうと、国を相手にした喧嘩は分が悪すぎる。
「悪いが、仲間にするわけにはいかねえよ。どう考えても、簡単には終わらなさそうだしな」
「お、お願いです。詳細を説明するわけにはいきませんが、大体は貴男の推測どおりなのです。城へ戻れば余計に危険が増えますし、だからといってひとりでは刺客を撃退できません」
そう言ったあとで、おもむろにサラはロミルの両手を取った。
「お金なら、差し上げます。まだ十万ゼニー近くは残っていますので、ご自由にお使いください。ですから、どうか私を仲間に加えてください」
城の連中にしても、まさか王女が盗賊団に加入するとは思わないだろう。町から多少離れた場所にあるアジトなら、そう簡単に見つかったりもしない。
とはいえ、危険すぎる。断るべきなのは明らかだ。しかし、両手に伝わる柔らかな感触と温もりが決断の邪魔をする。
「わ、悪いが問題は金じゃない。どうしても仲間に入れてほしいというなら、首領である俺にまずは一発――んごっ!」
おもいきり後頭部を叩かれた。誰の仕業なのかは確認するまでもない。エリシアだ。
「痛えな。何をしやがる!」
「叩かれて当たり前だろう。殺されなかっただけ、感謝してほしいくらいだ。王女様に何を要求しようとした! 貴様はその……い、い、一発……などと……ふ、ふしだら極まりないっ!」
エリシアが発したばかりのふしだらという単語に、王女のサラがきょとんとする。
「ふしだら……ですか? 一発というのが何を意味する単語なのか存じませんが、盗賊団に入る条件というのであれば、私に可能なことなら頑張ってみようと思います」
王女なだけあって、世間知らずなのだろう。ロミルにとっては大歓迎でも、エリシアは許容できないとばかりに首を左右に振った。
「絶対にいけませんっ! 王女様にそのような真似をさせるわけにはまいりませんっ!」
「だったら、お前が代理でもいいぞ。騎士らしく、主君の身代わりになれ」
「黙れ、変態っ! やはり今すぐここで、貴様を始末してくれるっ!」
物騒な台詞と同時に、血走った目を向けられる。
なんとかして童貞脱出のきっかけを掴みたかったが、それどころではなくなる。気絶させていた男たちが、目を覚ましそうな感じで呻きだしたからだ。
「ここで騒いでいても仕方ない。寄り道せずに、一刻も早くアジトへ戻るとしよう」
「……寄り道はしてもらう。私の剣や鎧を取り戻し、着替えるためにな」
酒場の連中から、追われる心配はなくなった。ロミルひとりでも、サラをアジトへ連れて行くだけなら簡単だ。そう言ったのだが、最後までエリシアは首を縦に振らなかった。
二人きりにすれば、特にロミルが何をしでかすかわからない。監視する意味も含めて、強情に自分も同行すると言い張ったのだ。
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