第5話

「な、なんだか……話が変な方向にいってるような……」


 巨乳というより、爆乳の持ち主であるけしからん少女が呟いたところで、頭に血を上らせたエリシアには届かない。


「これでいいのだろう!」


 半ばヤケクソになったエリシアが、踊り子の衣装をめくる。


 露わになった麗しき果実に息を呑む。肌色と桃色の美しくも魅力溢れる色彩に、さすがのロミルも一撃でノックアウトされる。


 尋常ならざる破壊力の前では、自慢のスピードも一切役に立たなかった。


 胸を露出させて怒りが羞恥に変わったのか、大変なことをやらかしたとばかりに、慌てて衣装を戻してしまった。


「ま、待て! あの短い時間ではじっくり吟味――いや、本物かどうか認識できなかった。もう一度、頼む」


「そ、その通りだ。偽物かもしれない乳に敗れたなんて、納得できない!」


 いつの間にやら、ロミルの背後に三人の男が立っていた。ひとりは、顔面にヒールの跡をつけている。もしかしなくとも、エリシアに倒された連中だ。


「お前ら、図々しいぞ。あの乳は俺のだ。盗賊から盗もうとするとは、いい度胸してるじゃねえか!」


「巨乳は全国共通で、男の財産じゃないか。独り占めはよくないぞ!」


「だったら、追ってきた女の服を剥ぎ取って見りゃよかったじゃねえか。身体検査だっつってよ」


「なるほど。その手があった――いや、できるか! さすがに無理だ。いくら殺害を命じられたからとはいえ、そのような真似……!」


 もう少しでこいつらから、情報を聞き出せそうだ。狙ってはいなかったが、無料で貰えるのであれば、遠慮する必要はない。


「わ、わ、私の胸は私のものだ。誰のでもないっ!」


 不意をつかれたせいで、廃材がまともに命中した。俺は腹部だったが、頭を狙われた連中は揃って気絶する。


「き、貴様のせいで……不必要な恥を……絶対に許さん……!」


 怒りに燃えるエリシアを前に、あえてロミルは堂々と振舞う。


「勘違いしてるみたいだから、言っておくぞ。あくまで俺は罠を仕掛け、連中から情報を得ようとしていたんだ。実際にあと少しで、奴は口を滑らせそうになっていた」


 ロミルが指差したのは、白目を剥いて倒れている顔にヒールの跡がある男だ。


「せっかくのチャンスだったのに、邪魔をしやがって。お前、やっぱり盗賊に向いてないぞ」


「な、何だと……そ、そんなはずは……言い訳にすぎないのでは……い、いや、しかし……」


 騎士道精神を大事にしてるからかどうかは不明だが、基本的にエリシアはあまり疑わずに人の言うことを信じる癖がある。今回みたいな時には、とても好都合だ。


 いまだに側にいる正体不明な少女に、余計なアドバイスをされないかが心配の種だったが、警戒する必要はなさそうだ。


 どうやら助けた少女も、根っこの方はエリシアと同タイプな人間らしい。要するにお人好しなのである。


「状況を正しく把握できたら、作戦の邪魔をして申し訳ありませんと謝罪してもらおう。全裸でな!」


「く……ロミルの言うとおりならば、致し方あるまい……などと言うか! 何故に服を脱がなければならないのだ。先ほどの件にしてもそうだ!」


 調子に乗りすぎた。冷静になって思い返されれば、乳房を露出させた理由が適当だったとバレてしまう。口車に乗って見せてしまったのを後悔するあまり、この場で暴れられたりしたら敵わない。


 話題を変えるべく、ロミルはエリシアではなく、まだ名前を聞いてすらもいない少女へ話しかけようとした。


「いたぞ。こっちだ!」


 口を開こうとした瞬間に、怒声が路地裏へ響いた。少女を追いかけていた連中の仲間かと思ったが、どうやら違う。真っ直ぐにこちらへ向かってくるのは、エリシアがショウを台無しにした酒場の支配人と、そこの用心棒たちだ。


「チッ。見つかっちまったみたいだな。さっさと逃げるとするか」


 今にも走り出そうとする俺を、エリシアが「待て」と制した。


「この少女を置いていくのか? 私たちと一緒にいるところを見られたのだ。仲間と思われてるかもしれないぞ」


 可能性はおおいにある。置いて逃げれば、ほぼ確実に名前も知らない少女は、鬼のような形相をしてる連中に捕まる。


 ロミルの立場からすれば、逃げるための時間稼ぎになってもらえる。非道と言われるかもしれないが、盗賊なのだから当たり前だ。


 騎士道精神豊かな女剣士が反論しようとも、今回ばかりは首領である自分に従ってもらう。そう決めたロミルの耳に、何かを思い出したような声が届いてきた。


 声を上げたのは、女剣士のエリシアだ。何事だと視線を向ける。口を開いた彼女が発したのは、驚きの台詞だった。


「どこかで見た覚えがあると思ったら、ムルカの王女様ではないですか!」


「おいおい、ムルカって本当かよ。この国の王女ってことじゃねえか」


 驚いて少女を見ると、隠そうともせずに笑顔でエリシアの言葉を肯定した。


「はい。私はムルカの王女サラです」


 王家に興味などないロミルだけに、王女の顔など覚えていなかった。エリシアが気付かなければ、最後まで名前も知らない少女扱いで終わっていた。


 なんてこった。まさか王女様とはな。これは……金になる。


 ロミルはひとり、笑みを浮かべる。ムルカの王女なら、サラの父親は国王ということになる。追われてた王女を助けて保護すれば、褒美を貰えるはずだ。


「おい」


「何だ。今、忙しい。用があるなら、あとにしてくれ」


 話しかけてきたエリシアにそう言ってから、どのくらい褒美が貰えそうか考える。少なくとも、一年は遊んで暮らせる程度の額は期待できるはずだ。


「おいっ!」


「さっきから何だよ! 人が考え事をしてる間は、静かにしておくのが基本だろ」


「そうか。それはすまない。だが、酒場の連中に囲まれてしまったのでな」


「そいつはご苦労なこったな。酒場の連中に囲まれるとは……何っ!?」


 迂闊だった。発見されたばかりの状態で、立ち止まって考え込んでいれば追いつかれるのも当然だ。


 周囲の様子を確認する。エリシアの言ったとおり、円を描く形で酒場の関係者に包囲されている。


 エリシアが剣を持っていれば敵陣に突撃させ、生まれたスペースからロミルがスピードを活かして逃げるという作戦も可能だった。だが生憎と今のエリシアは 踊り子姿で、唯一の武器だった廃材も王女を助けるための戦いで壊れてしまった。


 どうするか。ロミルが考えていると、酒場の支配人が前に出てきた。


「よくも、ステージをめちゃくちゃにしてくれたな。前金を返してもらうのはもちろん、損害を弁償してもらわなければ気が済まん!」


 やっぱりな要求にため息をつく。このあとに続く言葉も大体わかる。エリシアに無料で働かせるつもりだ。


 登場しただけで人気を得たエリシアに因果を含めておけば、今度は暴れなくなる。その上で、高い金を払った客の夜の相手もさせる。いかがわしい酒場の経営者の考えることなど、簡単に推測できる。


 決して同類だからじゃない。言い訳じみた一文を頭の中に浮かべていると、酒場の支配人はロミルが予想したとおりの要求をしてきた。


 顔を真っ赤にして嫌がるエリシアだけでなく、側に立っている少女ことサラにも魔の手を伸ばす。


「そっちの女は、サラ王女に似ているな。まあ、本人かどうかは関係ない。儲けさせてくれそうな顔と身体をしてるじゃないか」


 グヒヒと笑う支配人に、騎士道精神を大事にするエリシアが怒りを露わにする。


「き、貴様……! この方をサラ王女と知ってなお、いかがわしい真似事をさせようとするのか! 恥を知れっ!」


「恥を知るのはそっちだ。前金まで貰っておきながら、暴れて店に損害を出すとは何事だ!」


 荒くれ者ども相手の商売をしてるだけに、凄まれるのは慣れてる。そう言いたげな態度だった。


「アンタはどう思ってんだ!」


 支配人が、聞いてきた。そもそもエリシアを酒場に紹介したのは、他ならぬロミルなのだ。


「騎士道精神を大事にするなら、一度引き受けた仕事は最後までやらないとな。おまけに損害まで与えたんだ。全裸で踊り、客から得たおひねりで弁償するしかないな」


「本気で私にそんな真似をさせるつもりか!? 一体、何を考えているんだ!」


 俺が見たいからだ! 強くは言えないので、それしか方法がないんだよ的な顔をする。酒場の支配人に目をつけられ、町を出入り禁止みたいな状態になるよりはずっといい。


「やっぱりアンタは話がわかるな。どうだ。チンケな食い逃げ団などやってないで、俺の下で働かないか。女を見る目もありそうだ」


「そうだな……って、待て! 誰が食い逃げ団だ。俺は盗賊だっつーの! おまけに首領だぞ、コラ」


「首領だというのなら、仲間を守れ! は、はは裸でステージに上がるなど、絶対にお断りだ!」


 様々な声が入り乱れる。カオスな状況になった路地裏で、王女のサラが遠慮気味に「あの……」と酒場の支配人に声をかけた。

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