第4話

 男たちだけでなく、追われていた少女までポカンとする。


 相手からすれば、踊り子姿の女が勝手に出てきて、痴女扱いするなと逆ギレしたのである。戸惑うなという方が、無理な話だ。


 それよりもと、ロミルは男たちを観察する。外見上はごろつき以外の何でもないのに、どうしても違和感を覚えてしまう。


 原因を探っていたのだが、いまいちピンとこない。一体、何がしっくりこないんだ。自問自答しながらも、男たちに注意を向け続ける。


「痛い目を見たくなければ、後ろの男とよろしくやってればいいんだよ。人間、余計なことに首を突っ込むべきじゃないぞ」


 髭面のデカい男の台詞を聞いて、ようやくロミルは違和感の正体に気づく。


 そうか。言葉遣いだ。ごろつきみたいな恰好をしてるくせに、どことなく口調に丁寧さがある。この町に住む荒くれ者の工夫の方が、ずっと乱暴なくらいだ。


 こいつら、本当にごろつきか? よくよく見てみれば、立ち振る舞いにもあまり隙が無い。どちらかといえば、訓練された兵士みたいだ。


「よろしくやるかっ! 私とそこの男は……そういう関係ではないっ!」


「ほう。だったら、俺たちが相手をしてやろうか? ほとんど乳房が見えてるような服装で、路地裏をうろつくくらいだ。欲求不満なんだろ」


「よ、欲求……! き、貴様。愚弄するのも大概にしろっ!」


 激昂したエリシアが、手に持った廃材を剣代わりに男たちへ挑みかかる。


 追われていた少女は素早く隅へ移動し、戦闘の状況を見守る。


 さっさと逃げるにしても、追ってくる男が他にもいて、先回りされれば結局捕まってしまう。


 それよりはこの場に留まり、エリシアが勝つ可能性に賭けたのかもしれない。必要以上に怯えてる感じもしないし、意外と度胸はありそうだ。


「はあっ! どうだ! この痴れ者どもめ!」


 片手に持つ一本の廃材だけで、ナイフを構える三人の男たちと互角に戦う。


 エリシアの剣技はかなりのレベルなのだが、簡単に勝敗が決しない。押され気味ではあるものの、男たちもなんとか動きについていっている。


 ただのごろつきにしては、動きがしっかりしすぎている。どうやら男どもにしても、追われていた少女にしても、ただならぬ事情がありそうだ。


「あ、あの……」


 恐る恐る少女が、ロミルに近づいてきた。


 何も応じずにいると、少し悩んだあとで言葉を続けた。


「戦ってる女の人を、助けなくていいのですか?」


「少し黙っててくれ。今、凄くいいところなんだ」


「は? いいところ……ですか?」


 きょとんとする少女のすぐ側で、さらにロミルは神経を研ぎ澄ませる。


 集中しろ。すべての意識を向けるんだ。この好機を、絶対に逃してはならない。


 しかし、とロミルは苦悩する。どちらも魅力的すぎて、簡単には選べない。


 男たちの攻撃を回避するたび、ビキニから飛び出しそうになる乳房は魅力的だが、パンツからはみ出し気味の尻たぶの揺れる光景も捨て難い。


「……あの」


 全神経を集中させたいというのに、またしても名前も知らない少女が声をかけてきた。平然と無視をした次の瞬間に、白い目を向けられる。


「……考え事の内容が、声に出てますよ」


「ほう。そうなのか」


「そうなのかって、まだ見続けるんですか?」


 呆れと非難を含んだ視線と声をぶつけられても気にしない。何故ならロミルは今、一世一代の勝負をしている最中だからだ。


「もう少し……あとちょっとなんだ。せめて乳か尻のどちらかでも見えれば……!」


「この状況で、一体何を考えてるんですか!」


「エロいこと」


 力強いロミルのひと言で、少女は何かを意見する気力を失ったみたいだった。


 これで落ち着いて見物できる。そう思ったが、さすがのエリシアは廃材だけで早くも三人の男を撃退してしまった。


 地面に倒れた男のひとりが、エリシアを見上げながら「卑怯だぞ」と叫んだ。


「卑怯? 不愉快な発言をしてくれる。私は正々堂々と戦った。貴様らも、両目でしっかりと見ていたはずだ」


「ふざけるな。誘うようにあちこちを揺れさせて、俺たちの視線を奪ったじゃないか。なんて卑怯――ぶぐっ!」


 最後まで言い終わる前に、男の顔面にエリシアの靴がめり込んだ。いつものブーツではなく、踊り子用のヒールがあるのをはいているので、かなり痛そうだ。


 他の二人は何も言えないでいるが、視線はやはりエリシアの魅力的な肢体に注がれる。


 露わになっている肌の大半に浮かんだ玉のような汗が、月明りでテラテラと輝く。黙ってるだけで卑猥さ漂う姿は、まるでエロスの女神でも降誕したかのようだった。


 前かがみになったロミルが凝視していると、背後からまったく感情のこもってない声が届いてきた。


「どうして殿方とは、こうなのでしょうね」


「嫉妬か? 自分が貧相な……」


 反論してやろうと後ろを振り返った直後、ロミルは大きく目を見開いた。


 踊り子衣装のエリシアに視線を奪われていたせいで気付けなかったが、目の前の少女はかなりの美人だ。


 綺麗という形容が相応しいエリシアとは違って可愛らしい感じだが、羨まれるほどの美貌の持ち主には違いない。


 なんてこった。心の中で、ロミルはひとりごちた。


 目を剥くほど驚愕したのは、少女の美貌が理由ではない。ワンピースに包まれている上半身に、視線が捕らわれる。


 服の上からでも、大きなふくらみがはっきりとわかる。ゆっさゆさと音が聞こえてきそうなほどだ。


 堂々と凝視しているので、当然少女はどこを見られてるのかすぐに気付く。


「や、やめてください……」


 両手を交差させるようにして胸を隠すと、恥ずかしそうに横を向いてしまった。


 もっと見せろ。そう言おうとした矢先に、男たちを叩きのめしたばかりのエリシアがやってきた。


「た、助けてください……」


 顔を真っ赤にした少女が、慌ててエリシアの背に隠れる。


「な、何だと? おい、ロミル。貴様、この少女に何かしたのではあるまいな!」


「い、いいえ。何もされてはいませんが、そ、その……私の胸を、まるで視線で凌辱するようにじっと……」


 同じ女性でもあるエリシアが、少女の訴えを聞いて激怒する。


 マズい展開になりつつあるも、ロミルは慌てない。男がエロいのは、遥か昔からの特有スキルみたいなものだ。


 不敵に笑うロミルを前に、エリシアが怪訝そうにする。


「何を不気味に笑っている。開き直ったのか」


「フッ。あまり調子に乗るなよ、エリシア。お前の時代はもう終わったんだ」


 指を差されたエリシアが、眉をかつてないほど吊り上げる。


「どういうことだ」


 迫力ある低音の声には、はっきりとした怒りが滲む。


 大半の人間なら怯えるかもしれないが、ロミルはものともしない。この程度で臆していたら、とても盗賊稼業など務まらない。


「言ったとおりだ。お前の時代は終わった。いや、正確には終わらせられたのさ。背後にいる少女によってな」


 突然話題にされて焦る少女をチラっと見たあと、再びエリシアは「どういうことだ」と聞いてきた。


「まだわからないのか。見てみるがいい。たわわに実った麗しき果実を。服の上からでもわかる膨大なボリュームの前に、お前の存在感など皆無も同然。その程度で巨乳とは片腹痛い!」


「あ、あの……何を言ってるのか、よく意味がわからないのですけど……」


 不安そうに瞬きをする少女の前で、ロミルは挑戦的な視線をエリシアに向ける。


「胸元をそこまで露わにしておきながら、隠れきっている果実に負けるお前の乳は時代遅れ。いやさ! 偽物と言ってもいいくらいだ!」


「時代遅れだの、偽物だの、勝手なことばかり言ってくれるではないか。不愉快極まりない思いをさせた責任は、きっちり取ってもらうぞ」


「黙れ、偽乳女。お前こそ、酒場で俺を含めた数多くの男たちの胸を無駄にトキめかせた責任を取れっ!」


 自分勝手極まりない発言。さらには、偽乳呼ばわりまでされたエリシアが激怒する。


「もはや許せん。覚悟してもらうぞ」


「許せないのはこちらだ。おおかた詰め物でもして、不正にボリュームをアップさせているんだろ。偽乳に騙されて、路地裏に散った男たちが無念すぎる!」


「いい加減にしろっ! わ、私のは本物だ!」


「証拠があるのか? 言葉だけじゃ、信じられねえぞ。なにせ、口にしたことはやり遂げるとか言いながら、踊り子の仕事を途中で投げ出したりするくらいだからな」


 ギクリとした様子を見せるエリシアへ、ここぞとばかりにたたみかける。


「まったく情けなくなるぜ。普段から騎士だ何だと言ってる人間が、こうも容易く嘘をついて他人を騙す奴だったなんてな」


「な――!? だ、騙してなどいないっ! いいだろう。そこまで言うのなら、証拠を見せてやる!」


 乗ってきた。ロミルは内心でニヤリとする。

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