第2話

 住民の数はさほど多くないが、夜になれば賑わいを増す。


 王都ガルグラードからさほど離れてない場所に存在する鉱山町。それがここ、ナスラだった。


 ロミルとエリシアが根城にしているアジトも、この町の近くにある。


 峠道を越えた山の中にある大きめの洞穴がアジトだ。住めば都という言葉があるとおり、藁のベッドでもそれなりに快適だ。


 盗賊をやってる以上、堂々と町の中に住むわけにもいかない。有名になるほど、いつ兵士に狙われるかわからないからだ。


 とはいえ、山の中にこもっていても腹は膨れない。食料などは、町で調達する必要があった。


 よほど国に忠誠を誓ってる店でなければ、相手が盗賊であろうと金さえ払えば商売をしてくれる。


 特にナスラみたいな鉱山町ならなおさらだ。工夫という職業の男が大半なので、荒くれ者が多い。そういう町だけに、店を開いてる連中も些細なことは気にしない。盗賊がいようといまいと、毎日のように喧嘩や問題事が発生するからだ。


 ナスラの町に外れにある酒場で、ひとり丸テーブルに座ってワインを飲む。ロミルは十六歳だが、年齢によって飲酒を禁止されたりはしない。学校なんてのも一般的じゃなく、貴族のボンボンでなければとても通えない。そんなご時世だけに、平民は十四歳を過ぎれば立派な大人として扱われる。特に男の場合は労働力として。


 ワインを片手に、運ばれてきたばかりで湯気を上げているステーキを頬張る。金があるので、牛の特上だ。口に入れた瞬間に肉汁が広がり、空っぽだった胃袋を満たしてくれる。


 幸せな気分に浸っていると、店の真ん中にある大きめのステージに、タキシードを着たひとりの男が現れた。鼻の下にちょび髭を生やし、小太りな身体でコミカルな動きを披露する。


 ひとしきり観客を沸かせたあとで、マイクを片手に声を張り上げる。


「お待たせしました。夜も更けてまいりましたので、いよいよメインイベントを開催します」


 荒くれ者どもに金を落としてもらうために、酒場では様々な催し物が行われる。


 胸元を開いたウエイトレスもなかなかに魅力的ながら、客たちのお目当ては別にある。それこそが、これから行われるメインイベントだ。


「今夜もたくさんの踊り子が、皆様の目を楽しませるために登場します。ご満足なさったら、たっぷりとおひねりをお願いしますよ!」


 司会役の男がステージから降りると、すぐに幕が開く。次々と蠱惑的な衣装に身を包んだ踊り子たちが、飛び出してくる。


 その中のひとりに、大きな歓声が注がれる。木製のテーブルから身を乗り出すだけでなく、ステージ下まで移動する者まで現れる。


 店で雇ってる人気の踊り子もいるはずだが、注目は新人と思われる女性に集まる。


 他の女よりも高い身長で、ボーイッシュな感じのするショートカットが特に珍しい。


 スラリと伸びる足についた筋肉を見れば、普段からよく身体を鍛えてるのがわかる。


 口元と腰に当てられた薄いブルーの布は透けており、やや肉厚な唇やビキニタイプのパンツが確認できる。


 凛々しさと美貌を兼ね備えた顔立ちは、見る者を魅了する。


 顔立ちや艶めかしいヒップラインも感動ものだが、何よりも特筆すべきは、その踊り子の上半身だ。


 ぎこちない動きに合わせて、ビキニの衣装に包まれたふたつのふくらみが揺れる。小さめの生地からこぼれそうになるダイナミックさに、誰もが息を呑む。


 ロミルも例外ではなかった。いや、むしろ他の男よりも大きな興味を覚えた。ステージへ現れるなり、観客の人気を独り占めにした踊り子は女剣士のエリシアだったからだ。


 よくこの酒場へ飲みに来ていたロミルは、踊り子のステージがあるのを知っていた。そこで支配人へ、エリシアを出演させられないか尋ねた。二つ返事で了承してもらえたが、当のエリシアがなかなか首を縦に振らなかった。


 踊り子などできるかと散々喚いていたが、最終的にお前は約束を破るのかというロミルのひと言で、渋々ながらも最終的に今回の仕事を受け入れた。


 おかげで前金を貰えたロミルは、エリシアも参加する踊り子のステージを見物しながら、せっせと食べ物を口に運べている。


 腰にある布袋へ、持って帰れそうな食料を入れるのも忘れない。アクシデントが発生した場合、途中で食べるのをやめて逃げるはめになる。また三日も木の実だけの生活はごめんなので、今のうちから備えておくのだ。


 それにしても、とロミルは思った。普段は重たげな金属鎧に隠れてるからわからなかったが、エリシアは想像以上に巨乳だった。大きなバストを売りにしてる踊り子にも、勝るとも劣らない。圧倒的な存在感を放つ双丘に誰もが目を奪われる。次々とステージに投げ込まれるおひねりの量が、踊り子エリシアの人気の高さを証明する。


 黙っていればかなりの美人で、普段は男に近い口調を使ってるのもわからない。何より、スタイルが抜群だ。


 ロミルの身長は一メートル七十三センチなのだが、それよりも頭半分程度低いくらいだ。恐らくは一メートル七十センチ近くある。女性の平均が一メートル五十五センチ程度なので、もしかしなくとも高い部類に入る。


 通常なら高身長の女性は威圧感があると、男性の人気を得られない。ところがどうだ。踊り子として登場中のエリシアはステージで浮いてるくらいなのに、他の踊り子よりも拍手喝采を浴びている。


 理由は単純明快。魅惑的なまでに発達したボディラインのおかげだ。ひと目でわかるほど巨大なバストにプラスし、剣士として鍛えられてる肉体、とりわけ太腿の発達具合は素晴らしい。


 筋肉と脂肪が絶妙にブレンドされており、むちっと張った双臀と合わされば、どのような男性であっても前かがみにさせるだけの破壊力を発揮する。


 普段は丈の長いパンツをはき、腰回りは鎧で隠してるので気付けなかった。堅苦しい感じの言動もあり、てっきりムキムキのアマゾネスみたいな体型を想像していた。


「エリシアが、こんなに魅力的な身体を持ってたとはな。その気になれば、いくらでも稼げそうだが……まあ、無理だわな」


 エリシアの初心者全開な踊りを眺めてひとりごちたあと、苦笑いを浮かべる。騎士だ何だと騒ぐ性格の女が、いつまでもおとなしく踊り子として働いていられるわけがない。


 もっと腰を振れ。もっと尻をくねらせろ。


 卑猥なからかいや野次を飛ばされるうちに、ただでさえ恥辱に打ち震えていた顔が、ゆでだこも驚くほど真っ赤に染まっていく。


 そろそろ爆発するな。テーブルの上に乗っている食事の中で、布袋に入れられそうもないのをひたすら口に詰め込む。


 木の実を頬張るリスのごとき状態になったところで、エリシアが口元を隠していた布を剥ぎ取って、ステージの床へ叩きつけた。


「もう……やっていられるか! 私は踊り子になりたくて、鍛錬を積んできたわけではない!」


 男たちの好色な視線に耐えられなくなったエリシアが、とうとう怒りを爆発させた。ロミルの予想どおりだ。


 タキシード姿の司会の男性が、慌ててなだめようとする。


「お、落ち着いてっ。ほら、笑顔でお客様へサービス、サービス!」


「そんなにしたくば、貴様がやればいいだろう! 先ほどからひ、卑猥な視線をぶつけてくる連中に、サービスする理由などないっ!」


 前金を貰って働いているのだから、客にサービスするのは当たり前なのだが、頭に血が上っているエリシアには正論でさえも通じない。


「このような、いかがわしい店に通っているから、根性も腐ってくるのだ。私が叩き直してくれるっ!」


 剣士としてはとても優秀なだけに、荒くれ者どもとやりあっても遅れをとるようなエリシアではない。


 ロミルがすべきは彼女を助けるのではなく、一刻も早く酒場を退散することだ。怒り狂った支配人が、前金を返せと迫ってくる前に。


 注文した料理の代金をテーブルの上へ置くと、脱兎のごとく駆け出す。スピードには自信がある。


 店の奥から鬼の形相の支配人が出てきたものの、伸ばした手が俺に触れるのは不可能だった。


 酒場の用心棒たちの腕の間をすり抜け、あっさりと店から脱出する。この程度のミッションで苦労するほど、のろまではない。


 店から出たロミルは、人通りの少ない路地裏へ移動する。挟み込まれれば逃げ道を塞がれるが、そうなったらジャンプして逃げればいいだけだ。


 ロミルにエリシアほどの剣の腕はないし、魔法も使えない。だが、誰にも負けない誇れる武器がひとつだけある。


 スピードだ。特異体質らしく、生まれた時から他の子供とは違っていたらしい。


 物心つくと、違いはさらに鮮明になった。医師の診断によると、どうやらロミルは常人の三分の一程度の重力しか感じてないみたいだった。


 おかげで人より三倍速く動ける。全力で跳躍すれば、そこらの住居の二階の窓へ簡単に到達できるほどだ。


「やれやれ。やっぱりひと騒動起きたか。ま、飯にはありつけたから、よしとするか」


 路地裏にあった廃材に腰掛け、布袋から取り出したパンをひと口食べる。どのような場所で食べようとパンはパンだ。十分に美味しい。


「よう。遅かったな」


 ひとりでのんびりすること数分。気配を感じたので、そちらへ声をかけた。

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