盗賊さんと巨乳女剣士あと童顔爆乳王女

桐条 京介

第1話

 響き渡る戦闘音に、馬車をひく馬たちが怯える。


 建物ひとつない峠道の高くそびえる木々が揺れる中、持ち前のスピードを活かして、ロミルは馬車を護衛していた男の腕を斬り裂く。


 剣を持っていられなくなった冒険者らしき男が、その場にうずくまる。


 こちらはある程度片がついた。向こうはどうなっている。


 視線を移動させた先では、身長の高い女剣士が、もうひとりの護衛を相手に両手持ちのバスタードソードを振るってる最中だった。


 気合の声とともに振り下ろされた大剣が、やはり冒険者と思われる中年男性のロングソードを弾き飛ばした。


 勝敗は決した。男たちは降参するとばかりに、両手を上げた。


「最初から、無駄な抵抗はやめておけばいいんだよ」


 地面に唾を吐き捨てながら言うロミルの側に、仲間の女剣士が歩いてくる。


「そう言うな。彼らにも任務がある。勝てないとわかっていながらも、忠義を尽くして剣を取るなど、まさに騎士の鑑ではないか」


「……どう見ても、こいつらは騎士じゃなくて、冒険者だろ。ま、んなこた、どうでもいい。さっさと馬車のドアを開けろよ」


 頷いた女剣士が馬車のドアを開く。


 窓がカーテンで隠れていたので内部は見えなかったが、冒険者まで雇って峠道を馬車で移動するくらいだ。結構な金持ちに違いない。


 そう思ってウキウキしていると、中から出てきたのは普通の恰好をした家族だった。


 父親と母親と思われる男女に、娘と思われる幼い少女がひとり。とても金持ちには見えない三人組だった。


 俺は騙されないぞ、とロミルは警戒する。盗賊などの被害に遭わないよう、わざと金持ちオーラを消してる可能性だってあるのだ。


「あ、あなた方は……」


 自分の妻と娘を背後に隠した男が、震える声で聞いてきた。


「わざわざ名乗らなくてもわかるだろ。俺たちは盗賊だよ」


 そう。ロミルと女剣士は盗賊団の一員だった。


 といっても、団員は二人しかいない。盗賊団を立ち上げたロミルが首領で、女剣士が初めての団員だ。


「俺は首領のロミルってんだ。命が惜しけりゃ、金目のものを全部置いていきな」


「わ、わかりました……」


 物わかりのいい男が、諦めたように頷いた。いかに大切な金品があろうとも、家族の命には代えられないといったところだろう。


 今日は仕事が上手くいきそうだ。内心で安堵したロミルがニヤニヤしていると、目の前で十歳にも満たないと思われる少女が父親の足元にすがりついた。


「駄目だよ、パパ。これから新しい土地で、皆で暮らすんでしょ!? 借金も返せて、残ったお金でやり直そうって言ってたのに!」


 本当に幼い少女かと疑わしくなる内容の台詞を発したかと思ったら、父親の足元でわんわん泣き出す。


 お涙頂戴な展開だが、この程度で不憫がっていたら、とても盗賊など務まらない。


 容赦なく金品を奪うとしよう。行動を開始しかけたロミルの肩を、何者かが掴んだ。


 右手で行動を制止したのは、同じ盗賊団の一員であるはずの女剣士だった。


 上半身を覆う白の金属鎧をカチャカチャ鳴らしながら、空いている左手で、そっと自分の目元を拭う。


 この女、泣いてやがる。嫌な予感を覚えたロミルは、慌てて女剣士の方へ向き直る。


「おい、エリシア! お前、また変な気を起こそうとしてねえよな? 俺たちは盗賊だぞ。そこらをよく考えろ!」


 かなり大きな声を出したはずなのだが、こちらの言葉などまったく耳に入ってないみたいだった。


 女剣士のエリシアは何度か頷いたと思ったら、感動した面持ちで家族に馬車へ乗れと言った。


「自らの身を挺してでも家族を守ろうとした騎士道精神も素晴らしいが、何よりも私の胸を打ったのは誇り高き家族愛だ。新天地へ向かう貴男方の邪魔など、とてもできない」


「いや、邪魔しようぜ! 何度も言うけど、俺たちは盗賊なんだ。獲物に情をかけてる暇があるなら、こいつらの財産を奪わなきゃいけないんだよ!」


「いい加減にしないか、ロミル。そのような盗人の真似事など、できるはずがないだろう」


「真似事じゃなくて、俺たちは盗賊なの。盗むに賊と書く職業なんだよ。本当にわかってんのか?」


「もちろんだ。さあ、先を急ぐがいい。貴男方の旅の無事を、心から祈っているぞ」


 さっぱりわかってねえ。愚痴るロミルの前で、笑顔の父親と少女にお礼を言われるエリシアはとても満足そうだ。


 さらには得意げな態度で、護衛の任務を果たせなかった冒険者たちに説教をし始める。


 何でこんなことになってんだよ。ロミルがため息をつく中、仕留めたはずの獲物たちはそそくさと馬車でこの場を立ち去った。


「……で? 今日の飯はどうすんだ」


 峠道を通過する人間を朝から待ち始め、ようやく最初の獲物を発見したのは夕方近くになってからだ。


 一連のやりとりをしてるうちに夕日は半分以上沈み、人けのない峠道にも夜がやってくる。


 ジト目で俺に尋ねられたエリシアは、胸を張って「問題ない」と言い切った。


「山にはたくさんの自然の恵みがある。それを食して――」


「――もう三日も、木の実やらしか食ってねえんだよ! 誰かさんがことごとく、獲物を逃がしちまうせいでな!」


 このエリシアときたら、いつも標的の事情を聞いては、勝手に逃がしたりする。おかげで盗賊団を立ち上げて以来、金品強奪に成功したことは一度もない。


 今日も嫌な予感がしたのでさっさと金品を奪おうとしたのだが、あの少女のせいでご覧の有様だ。


「わ、私のせいだというのか!?」


「当たり前だろうが! 大体、お前。その様で、どうして盗賊になりたいなんて思ったんだよ。黙って、騎士になればいいじゃねえか」


「騎士とは、簡単になれるものではない。たゆまぬ努力と鍛錬、それに心構えを国に認められて、やっと誇り高き称号を得られるのだ」


「はいはい、そうですか。盗賊の俺にはどうでもいいわ。興味あるのは、どうやって今日の飢えをしのぐかだよ!」


 ついでに、お前が盗賊に向いてないのも確かだけどなとも言ってやる。


 悔しそうにしているが、獲物を逃がした自覚はあるのだろう。強く反論できずに、唇を噛むのが精一杯という感じだ。


「俺ひとりの方が、まだ盗賊らしく生活できそうだぜ。お前、辞めるか?」


「ま、待て。それは困る。私にも目的が……ああ、いや、その……そ、そうだ! 金がないというのなら、私が稼ごうではないか!」


 いきなりの提案にズッコケそうになる。騎士かぶれの女に、どんな仕事ができるというのか。


 エリシアがどんな目的で俺の盗賊団に参加したかはどうでもいいが、さすがにそろそろまともな飯が食いたい。


「稼ぐってお前、働くあてはあるのかよ」


 問いかけると、案の定というべきか、はっきりしない答えが返ってくる。


「なら、俺が紹介してやるよ。口ばかりじゃなく、本気で働く気があるんならな」


「む……! 私を侮辱するか。一度口にした以上、責任を持ってやり遂げてみせる!」


 力強く拳を握り締めたエリシアを見て、俺はニヤリとする。


「決まりだな。じゃあ、早速出発するぞ」

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