第10話
「えぇ」
確かに、樹里亜さんから「飲んだら介抱してくれる?」とは言われた。言われたけれども……。
「……」
でも、この時の私はまだ何も食べていなかったので「しばらくしたら起きるだろう」と思い夕食を食べつつ飲んでいたフロート系の甘い飲み物にも飽き、ウーロン茶に切り替えて飲んだ。
そして、そんな私の隣には……すっかり「スースー」と気持ちよさそうに寝息をたてている樹里亜さんの姿。
「コレは完全に酔いつぶれたな」
しばらくして戻って来た息子さんの顔は無表情だったけど、その声はどことなく「仕方ないな」という呆れた様子だ。
多分、バーを開いている以上。こういったお客は結構いるのだろう。
「まぁ、あの宣言をしていた時点で飲む気満々だっただろうけどな」
「……ですよね。どうやって樹里亜さんを帰らせるか……」
完全に酔いつぶれてしまった以上、私がどうにかして連れて帰らなくてはいけない。しかし、困った事に今。樹里亜さんがどこに住んでいるのかも分からない。
さっきの会話では「戻って来た」と言っていたのでマンションを既に借りているかもしれないし、もしかしたらまだ住む場所は決めていなくてホテルの可能性もある。
元の家に連れて行く事も出来なくはないが……両親が離婚している事を考えると、それはあまり得策とは思えない。
「飲み始める前に連絡先と住所を聞いておけばよかったです」
「なんだ。聞いてなかったのか」
少し驚いた様子で息子さんは言うけれど、あの時はまさかここまで飲むとは思っていなかった。
だからこそ、正直それが一番悔やまれる。
むしろ再開した時すぐに連絡先を交換しておけばよかったのだけど、何せ「久しぶりに会った」という驚きと嬉しさから完全にその事が頭から抜け落ちてしまっていた。
「人間。予想外の事があると色々と忘れるんです」
強がり……という訳ではないけど、かなり痛いところを突かれたので誤魔化す様に息子さんから視線を逸らしつつ答えた。
「親父から聞いたが……一応昔からの知り合いなんだろ? 家の電話番号とか知らないのか?」
「さっきの話を聞いた上で考えると……正直分かりません。帰って来たとは言っても実家に帰ったとは言っていなかったので」
「……なるほどな」
そう、さっきの話を聞いた限りご両親は離婚されている。だから、私の知っている昔の住所や電話番号を使っていいのか正直微妙なところだ。
「じゃあ、親父に聞けば分かるんじゃないか? 履歴書に今の住所くらい書いてあるはずだが」
「……確かに」
それが一番手っ取り早そうではある。
「俺が一旦店を抜けてお前の家に送ってやれればいいが……そろそろこっちも混みそうだな」
「え?」
そう言われてチラッと息子さんの後ろにある壁掛け時計を見ると……。
「え!」
何と時刻は十一時を指していた。
「なんだ、気づいてなかったのか?」
息子さんは意外そうな顔を私に向ける。
「えぇっと……」
久しぶりに「仲の良い元幼馴染のお姉さんと話す」という事にどうやら完全に舞い上がってしまっていた様だ。
「まぁ、いつもブスッとした顔だったからな。随分と楽しそうにしているとは思っていたが」
「わっ、私だってそういう日くらいあります」
そう、私は楽しかったのだ。専門学校に入学して以来久しぶりに……本当に久しぶりに楽しい時間を過ごせたのだから。
「……そうか。それは良かったな」
そう言う息子さんの表情はどことなく優しい。これは本当に珍しい。
「どうかされました?」
「いや。さっき聞いた話で気になった事があってな」
「気になった事……ですか?」
「ああ。ほら『赤い壁の洋館』話だ」
そう言われ、私も「ああ」と頷いた。
実はここの地域には私が小さい頃から『赤い壁』が特徴的な『洋館』がある。昔は庭も手入れされていてよくそのお庭を一般に開放していたらしく、私が赤ん坊の頃は何度かそのお庭にお邪魔していたくらいみんな知っている。
それくらい有名な『洋館』だ。
「ここら辺に住んでいる人であれば一度は行った事があるくらい有名な場所ですよね?」
「今は『違った意味』で有名だけどな」
「ああ、はは。確か今は誰も住んでいないんですよね?」
「俺もそう思っていたが……」
息子さんが「気になった」と言うのは酔い始めた時に樹里亜さんが言った「
「でも、家庭菜園なんて最近はみんな誰でもやってますよ。場所は……もしかしたらご実家にそういった物を作ったのかも知れませんし。樹里亜さんの家はお金持ちですから」
「そう……だな。俺の気にし過ぎか」
なんて話をしている内にバーにはお客様がどんどんと来始めた。
「とりあえず、混み始める前にお会計済ませます」
「大丈夫なのか?」
「まぁ、何とかします。親に連絡すれば迎えに来てもらえると思いますし、樹里亜さんの事は知っていますから。それに……今のままだとお店のお邪魔になっちゃいそうですから」
「あっ、ああ」
そう言いつつも息子さんはお店の様子が気になる様だ。
「――悪いな」
「いえ。ごちそうさまでした」
そう言いつつ私は申し訳なさそうな顔の息子さんから伝票を受け取り、支払いを済ませてすっかり爆睡状態の樹里亜さんの腕を肩にかけてゆっくりと一階へと降りたのだった。
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