第3章 訪問

第11話


「……ふぅ」


 樹里亜さんを近くの壁に下ろし、小さく息を吐く。


 ――赤い洋館……ね。


 正直、この言葉を聞くだけでこの辺りに住んでいる私と同じくらいの年の子は少し寒気を感じるだろう。


 ただ昔は昔でキレイな庭があった事も知っている。


 でも、私の物心がつく頃にはもうそこに住んでいた方が亡くなったのかはたまた引っ越してしまったのか……誰もいなくなってしまい、すっかりキレイな庭は荒れ果ててしまっていた。


 そして明かりも点らない真っ暗になった洋館は……なんとも言えない不気味な雰囲気を醸し出す様になっていた。


 まぁ、そんな「不気味な雰囲気」はその頃ちょうど大人の言う事を聞かなくなり、生意気真っ盛りぐらいの年頃だった私たちに対して大人たちはこぞって「言う事を聞かないとあの洋館に連れて行くからね!」とよく脅されたものである。


「……」


 今でこそそんな事を言われても特に何とも思わない。


 だけど、当時の私たちにとってあの洋館は雰囲気にも相まって「恐怖の象徴」みたいになっていて、当時は親たちからそれを言われると、みんな言う事を聞いた。


 それくらいあの『赤い洋館』は……怖かったのだ。


 そういえば……。


 ちょうどその頃。同じクラスの何人かが「あそこで肝試ししようぜ!」とか何とか言ってあの洋館に忍び込もうとした事があった。


 でも、その子たちはどうやらその洋館の近所にいる人にこっぴどく怒られて泣いて帰って来た……なんて事があった事を思い出した。


 噂で聞いたところによると、何でも「ここはちゃんと帰ってくる人がいる家だ。勝手に入るのなら警察呼ぶぞ!」とか何とか言われただとか……。


 あの時は特に興味もなかったので適当に「ふーん」って聞き流していたけど、それはつまりあの洋館にはまだ帰って来る持ち主がいて、使われている事を意味していたのだと今更になって思い出した。


「……」


 でも正直な話。あの周辺を何度か通った時、誰かが帰って来た様な痕跡はなかった様に思う。


 ただ、その近所の人が言うように「持ち主がいる」というのであれば、そろそろ取り壊しなどを検討しなければならないのに、あの洋館が今もその当時のままの姿で残っているのも納得出来る。


「うーん……」


 あのままお店にいる訳にも行かず「とりあえず……」と一階まで下りて来たものの……この後どうしたものかと途方にくれてしまった。


「……」


 樹里亜さんはまだ寝ていて起きる気配がない。そうなると残る方法は「樹里亜さんを私の家に泊める」と言う事くらい。


 ただ、アルバイト先のこのカフェから私の家はかなり遠い。しかもついさっきバーで支払いをした事もあり、タクシーを使えるだけのお金がない。


 いつもであればここまで困らず「親に迎えに来てもらう」という選択肢が思い浮かぶのだが……。


「はぁ、なんで今日に限って誰もいないんだろう」


 そう、実は私の両親はちょうど一泊二日の京都旅行に行っているので迎えを呼ぶ事も出来ないのだ。


 ただ、今日こうしていつもより遅く帰れているのはそのおかげでもあるので内心複雑でもある。


「うーん……」


 いっその事マスターに連絡して車を出してもらうか……とも思ったけど――。


「……」


 チラッと横を確認してみると、マスターの車は既にない。それはつまりマスターは外出中でお店も閉まっているという事を意味する。


「はぁ」


 せめて樹里亜さんが自分で歩いてくれるのら……なんて思うけど、それはそれで酔っ払いをあちこち歩き回らせる事になるので危ない。


「……」


 勝手に行動されて道路に出てしまって事故にも遭ってしまったらそれこそたまったものじゃない。


「ん……」

「あ」


 そんな中で突然樹里亜さんが目を覚ました。


「あれ、私……」

「だっ、大丈夫ですか?」


 まだ頭がボーッとしているのか辺りをキョロキョロと見渡している。


「えぇっと……ここは?」

「――覚えていませんか?」


 そう言うと、だんだん意識がハッキリしてきたのか頭を抱えた樹里亜さんは大きく「はぁ」とため息をついた。


「ごめんなさい。完全に酔っぱらっていたわ」


 申し訳なさそうに言う樹里亜さんの姿は……どことなくシュンとしている子犬に見えてちょっと笑える。


「いえ、それはいいです。それより一人で帰れそうですか?」


 そう尋ねると、樹里亜さんは「ええ、大丈夫」と言って立ち上がったけど……。


「――おっと」

「あ、ごめんなさい」


 よろついた樹里亜さんの体を支えつつ様子を観察した限り、意識はしっかりしているものの、どうにも足元が覚束ない。


「――家。どこですか?」


 その姿に一抹の不安を覚えた私は樹里亜さんを支えてそう尋ねた。だって、心配だったから――。

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