第9話
そんな話からお酒を飲み始めて二十分くらい経過した頃――。
「うーん……。フフ」
だんだん樹里亜さんの呂律も怪しくなってきて、何が楽しいのかグラスを傾けてカラコロと氷が動くのをジーッと見つめては笑っている。
まぶたは大分重くなっている様に見えて、とにもかくにも危なっかしい。
「……」
この様子を見る限り、樹里亜さんはどうやらお酒は好きらしいけどあまり強くはないらしい。いや、そもそも最初に飲んでから急ピッチで飲んでいた……というのもあるとは思うけど。
「じゅっ、樹里亜さん。もうそろそろそのあたりに……」
「フフ、大丈夫よ。私、お酒強いから!」
そう言って笑う樹里亜さんはいつもと様子が全然違うところが逆に「ダメだ。まるで話が通じそうにない」と思わせる。
「……お酒に酔っている人間程。この『自分はお酒が強い』っていう言葉は信用ならないな」
息子さんの皮肉とも取れるこの言葉に思わず同意してしまいそうに……いや、うん。コレは全面的に同意だ。
それくらい今の樹里亜さんは酔っている。相当酔っている。なぜか本人は頑なに認めないけど。
「それにしても、もうすぐで未麗ちゃんと久しぶりに会えるなんて……本当に感慨深いわぁ」
顔が赤い事や何が面白いのかずっと笑っている事。そして、方言でもなくいつもの口調とは違って語尾が伸びているのも酔っている証拠だろう。
「それは……私も思いますけど……」
ただ、私自身もそれは同意する。
そして、その話をしたところでところで私はふと「あれ? そういえば月の事。全然話していないな」という事に気が付いた。
「あ、あの!」
「ん?」
「ところで……月はどうしていますか?」
これはふとした疑問。私としては何気ない会話のネタ。そのつもりで樹里亜さんに尋ねると……。
「……どうしてそんな事を聞くの?」
なぜか一瞬。ほんの一瞬だけ空気が凍った気がした。ついさっきまで酔っていたはずなのに、樹里亜さんの視線が鋭くなった様に感じる。
「え、どうしてって……こ、高校が分かれてしまってから疎遠になっていましたし、何よりずっと友達だった……から」
あまりにも突然樹里亜さんの雰囲気が変わってしまった様に見えて、思わず怖気づく。
「……そうね。そうだったわね」
しかし、私の言葉を聞いた樹里亜さんはすぐにそんな「冷たい雰囲気」からいつもの「穏やかな雰囲気」に戻り、その代わりどこか遠い目をしてそして……。
「私の家……いえ。私の両親ね。離婚したの」
小さくポツリと呟いた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……え」
それは初耳だった。
「あ、あの。それは……一体いつ」
「うーん。一年くらい前かな。本当に突然」
「一年前って……結構最近じゃないですか」
「ふふ、そうね」
そう言って笑う樹里亜さんは自分の家の事のはずなのにどことなく他人事の様に見える。
既に成人をして家も出て一人暮らしをしているからだろうか。
「私は……もう既に一人暮らしをしていたから特に大きな問題はない。だからなのか、両親は私の相談なしに勝手に決めたみたい。本当に……勝手にね。でも月はここに残ったとは聞いていたから、月に会いに来たのも一つの目的ね」
「そ、そうだったんですね」
一方的に両親が離婚し、きっと弟の月とは何かしらの連絡方法でここに残った事を知ったのだろう。
ただ、方法は分からない。だけど、今は昔や小さい頃とは違って簡単に連絡を取る方法くらいいくらでもある。
「まだ月とは会っていないけど……確か。うん『今、家庭菜園を趣味にしている』言ってたかな」
「家庭菜園……ですか?」
確か、小学生の頃の月は植物図鑑に限らず読書の好きな文学少年だったと思っていたけど……。まさか家庭菜園を趣味にしているとは驚きだ。
「うん。そう……確か『赤い……洋館』で……って」
「赤い……洋館ですか?」
この『赤い洋館』に驚き思わず聞き返すと樹里亜さんは「うん。そう……」と小さな声で答え、そのままうつらうつらと頭を揺らし始め……。
「うーん……」
「え、樹里亜さん?」
私がそのまま問いかける暇もなく、目の前にグラスを置いてそのまま腕を枕にして「スースー」と寝息をたてて寝てしまった……。
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