第7話
人はみんなそれぞれ様々な「悩み」や「思い」を持って生きている。
だから今の「そういう事もある」という言葉もきっと樹里亜さんの心の声が表に出たのだろう。
それはいわゆる「本音」というヤツだ。
ただそれを聞いても私は特に嫌な気持ちにはなったワケじゃない。むしろ「あ、樹里亜さんも一緒なんだ」とむしろちょっと嬉しくなったくらいだ。
「そういえばここの『バー』って、一旦お店の外に出るのよね?」
「はい。お店の隣にある階段を上がります」
元々このお店は五階建ての建物だったらしい。そしてマスターがその建物を買い取って一階の部分をカフェにした。
そして他の階は「テナント」として貸し出していたらしい。
しかしちょうど二階をテナントとして貸していた会社が出て行った事で空き、息子さんが「バーを開きたい」と言った事で二階にバーを開いたようだ。
「じゃあご家族は別のところに?」
「そういう事になりますね」
「あら、そうなの」
「元々最初からそんなにお客様を入れるつもりはなかったそうなので。イメージとしては『隠れ家風』にしたかったのだとか」
ちなみにお店から見えていない場所にはお酒など備品を置いているらしい。見た事があるワケではないけど。
そして、この『バー』ではお酒も提供されているけれど、料理も提供されており、なかなか美味しいと評判だ。
「なるほどね。確かにバーはどちらかと言うとみんなでワイワイというよりは一人でまったり静かに飲むってイメージがあるものね」
「……そうですね」
実のところを言うと、私はまだ『バー』というところに行った事がない。
法律上では一応「成人」という事になっている。だけど、正直なかなか自分が「成人になった」という実感はわいていない。
それは多分、二十歳まで制限されている事や物が多いのも理由の一つだと思う。
後は何となくのイメージというのもあり、居酒屋は何となく「飲んで食べて」とう印象が強いけど、バーは「お酒を楽しむ」という印象が強いというのもある。
ただ、何度か一階のお店を利用したお客様を二階に案内する事がないという事もあるので全く知らないワケでもないけど……。
「えーっと、ここかしら?」
「はい」
「……」
「どうされましたか?」
「何も……書かれていないけど」
「あ、でもドアにはオープンと書かれているので大丈夫です」
そう、お店と思われるドアには「OPEN」とだけ書かれていて他には何も書かれていない。私は何度か来たことがあるので見慣れた光景だけど、確かに初めて来た人は困惑するかも知れない。
「でも、店名は書かれていないわよ?」
「そうですね」
「……」
「……」
「本当に……合って……いるわよね?」
「それは……さすがに合ってますよ」
不安そうな樹里亜さんに少し笑いかけると……。
「そうよね。合っているわよね!」
そう言って扉に手をかけ、ゆっくりとドアを開けた……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……」
扉を開けるとそこは少し薄暗くゆったりとしたジャズのかかったまさしく「大人」を連想させる空間が広がっていた。
「――いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
正直、私が普段の生活している空間とは全然違うその雰囲気に呆気にとられてしまったけど、樹里亜さんはやっぱり慣れているのか店員さんの案内に従い、そのまま店内へと進もうとした。
「? どうしたの?」
「え、ああ。いえ」
「フフ。慣れない?」
「それは……まぁ」
正直、樹里亜さんに痛いところを突かれたと思った。でも事実なのだから仕方がない。
「大丈夫よ。すぐに慣れるから」
「そう……でしょうか」
現に私はこの雰囲気にすっかり圧倒されてしまったワケだけど、正直それを指摘されるのは……ちょっと恥ずかしかった。
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