第4話
「あ、ヘルプで入った事があるのなら、ロッカーは分かります……よね?」
「ええ。どのロッカーを使えばいいかは教えてもらったわ」
着替えやカバンなどを置く更衣室は厨房とは反対側にある。
ただ場所が出入り口からかなり近いところにあるせいもあってか冬は寒いのがちょっとだけ難点である。
「それにしても驚きました。まさか新しいバイトが樹里亜さんだったなんて」
「私も驚きよ。まさかバイトに未麗ちゃんがいるなんて」
「でもどうしてこちらに? 確か県外の大学に行ったと聞きましたが」
「え、ああ」
そう尋ねると、少し驚いた様な表情を見せつつロッカーの扉を開けてカバンを置く。
「私の親が言ったのね」
「はい。あ、言いたくない事なら……」
何となく樹里亜さんの様子を見ると、どうしてもそう思えた。
「ううん。そうじゃないの。そうね。うーん……実は今はちょっと……学校はお休みをもらっているところなのよ」
「あ、そうだったんですね」
おしゃべり好きな二人の母とは月と疎遠になってからめっきり会わなくなってしまったが、その前に樹里亜さんの進学先を教えてくれたからよく知っている。
でもまさか休学中だったとは。
「……」
確か月も頭が良かったけれど、樹里亜さんも頭が良かった。確か大学も有名なところだったはずだ。でも、休学する程大学は大変なのだろうか。
「フフ。そんなに不安そうな顔をしないで。ちょっと自分を見つめ直したいって思って自分で決めた事だから」
「そうなんですか。あ、じゃあこのバイトも……」
「うーん。その一環……かな。そういえば今までアルバイをした事がなかったなと思ったから」
「社長さんの娘ですもんね」
実は樹里亜さんは社長令嬢。しかもかなりのお金持ちらしい。そして、彼女の弟である月も同じくである。
ただ「社長令嬢」と聞くと「良いなぁ」と思う人は多いだろう。でもきっと一般庶民の私には分からない苦労がたくさんあるのだろう。
でもその苦労などを知らずに「恵まれたヤツ」と言ってその事実を良く思わないヤツというのはフィクションに限らずいる。
そして、私が月と仲良くなったのも「それ」が理由で、同級生たちに絡まれていたところを助けた事がきっかけだ。
ただ小学生で。しかも低学年の時なんて女子の方が身長が高い……なんてよくある話で、力の差もまだそんなになかったからこそ、簡単に助けられた。
そういえば……あの後。その同級生たちにちょっかいをかけられる事もなかった。
次の日くらいに何かしら陰口などしてくると思っていたからちょっと拍子抜けだったのを覚えている。
ん?
その前に……あの子たちが次の日学校に来ていたかどうかすら覚えていない。何せクラスが違ったし、そもそも興味すらなかったのだからどうでもいい話ではあるが。
「でも、まさか面接したその日に入ってと言われるなんて思わなかったわ」
「あ、あはは」
そんな昔の事を思い出していたけど、樹里亜さん言葉で現実に戻った。
「よくあるの?」
「えーっと。まぁ……結構?」
なんて言いながらおどけて見せると、樹里亜さんはなぜか「フフ」と笑う。
「?」
「ああごめんなさい。未麗ちゃん、昔から変わっていないなぁって」
「え? そうですか?」
私の小さい頃を知っている人はあまり多くはないのでそう言われてもあまりピンとこない。
「ええ、ずっと可愛い」
「え、いや。そんな」
普段「可愛い」なんて言われた事がないので思わず照れてしまう。
「フフ。本当に可愛いわね」
「か、からかわないでくださいよ」
なんてちょっとした言い合いをしつつ着替えを済ませると……。
「それにしても……ここのお店の制服ってものすごくシンプルね」
「そう……かも知れませんね」
樹里亜さんの言葉を受けて改めて制服を確認してみると……確かにシンプルかも知れない。
このカフェの制服は支給されるカッターシャツとエプロン。そして帽子……とこの辺りはごくごく普通かも知れない。
下のパンツは自分たちで用意しているけど、指定は「黒」となっていて靴も派手なモノは厳禁。
髪は出来る限りまとめなくてはいけないため、樹里亜さんも髪をきれいにまとめて帽子の中に入れている。
ちなみに私は髪が長くないため、帽子を被るだけで良くなっている。
「準備の方は……」
そう言いながらチラッと見ると、樹里亜さんは「準備万端よ」と言わんばかりにメモ帳とペンを見せた。
「――大丈夫そうですね。では行きましょうか」
その「やる気満々です!」と言わんばかりの樹里亜さんの態度に少し笑いそうになりながらも、何とか堪えて二人で一緒にフロアへと向かった。
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