第8話

「カンカン」と打ち合う音にアドレナリンが上がり、静香は小太郎と木剣を

交える。


「さあ、お静、もっと踏み込んで来い!。」

「はい!。」


静香の心の中には、高校時代の剣道の記憶が蘇っていた。あの頃は、友人と

一緒に選択した授業だったが、毎回剣を握るたびに感じた緊張感と興奮が

懐かしい。その時の経験が、今この瞬間に生きている。


一方、傍らではお咲が素振りに励んでいる。彼女は「打込人形」に向かって

ペシペシと打ち込んでいるが、その動きはまだぎこちない。しかし、

その姿には強い意志が感じられる。


小太郎の鋭い斬撃が迫り来る中、「あっ!これはかわし切れない。」と静香が

思った瞬間、上半身と腰が逆に捻じれて、剣で受けず回転しギリギリで剣を躱し

後ろ手に剣を持ち替える動作をして、体を低くして小太郎の足元を薙ぎ払うと、

「おっ!勘が戻ってきたな。お静!」」

と言いながら、小太郎は飛び上がりそれを避けた。

「姉様、すごいです!本当に速いです!」お咲が感嘆の声を上げる。


そうなのだ、静香は小太郎と打ち合うことで、樽屋静としての体の記憶を

呼び覚ましていた。そう、それは言わば"バネ"のようだ。


-- これね、これが私の必要な"しなやかさ"なのね。--

と静香は気が付いた。


-- 固い鉄ではなく、スプリングのようでもなく、なんかこう体に装着して

  アシストするバネみたいなイメージで…

そう、あれはアシストスーツだわ!--


思い出せないほどアルバイトをこなしてきた静香にとって、アシストスーツは

介護や配達の時に見ていたし、イベントコンパニオンで実際に装着して

商品紹介をしたこともある。


アシストスーツを着たイメージをもちながら、静香は陽炎の力を意識してみる。


-- 踏み込みのスピードを上げれば、相手の懐に飛び込めるかも…--


そう考えた瞬間、体が反応した。踏み込みのスピードが増し、小太郎の前に一瞬で

飛び込んだ。


しかし、その次の瞬間、力の加減を誤り、体が前に飛び出しすぎた。小太郎が

かわした先には、訓練場の壁が立ちはだかっていた。

「ガンッ!」

と鈍い音が響き、静香は壁に激突してしまった。


静香は痛みを感じながらも、体が勝手に樽屋静の動きを再現し始めたことに驚く。

-- 感情をコントロールすることで、力を引き出せるんだ…--

そう理解しつつも、まだ陽炎の力の制御には課題があることを実感した。


「まだまだ学ぶことがたくさんあるわね」

と静香は確かな手ごたえを感じた。



竹林に囲まれた小高い丘で、静香とお咲は隠れ身の技術を磨いていた。道場では

体術の基礎を小太郎から学び、剣術を含め日替わりで訓練を重ねた。また、

綱使いや脱出、捕縛の技術、毒や薬の知識を百合から学んだ。


2週間ほどこの訓練をお咲と共にこなした頃、静香は自らの成長を感じ始めていた。


隠れ身の訓練では、陽炎の力で砂鉄を操り、自分の大まかな模倣体を作り出すことに

成功。体術では樽屋静の動きを思い出し、身体を固くするタイミングや、

バネのしなやかさを引き出す方法など、新たなアイデアが次々と浮かんできた。


その日の訓練が終わった後、静香は竹林の中で休憩を取っていた。

すると、お咲が静香のもとに駆け寄ってきた。


「姉様、本当にすごいです!さっきの隠れ身の術、完璧でしたよ。」

お咲の目は輝いていた。


「ありがとう、お咲。」と静香は返事をするが、

-- やっと本来の樽屋静が戻ってきた。って感じなんだろうなぁ~ --

とホッとしたのが本音だった。


「お咲もすごく成長しているわ。以前より素振りも力強くなったし、

 綱使いの技術も、最初は不器用だったけど、今ではとても上手になって

 いるし。ここで何か得意なものが見つかると思うわ。」

静香は優しく微笑んで答えた。


お咲は少し照れくさそうに笑い、「姉様のおかげです。姉様が頑張っている姿を

見ると、私ももっと頑張ろうって思えるんです。」


-- カワイイ!お咲をギュッと抱きしめたいわぁ~ --

とイケナイ思いを感じたが、ふと、


-- ああ、こっち来るまでは、こういう熱い思いずっと無かったな。

  兄弟姉妹や親にも、こんな思い持ったことあるんだろうか?

  何だか全然思い出せないな、ただ毎日を生き抜くことで精いっぱいだった… --


と少しざらついた気持ちを呼び起こした。しかし、その一方で、


-- 今、ここでお咲や他の忍者たちと共に訓練をこなしているのは、私にとって

 本当に意味のあることだ。彼女たちがいてくれるから、私は頑張れる。

 これまでの苦労も、少しずつ報われている気がする。--


そんな静香の思いも知らずお咲は

「姉様、これからも一緒に頑張りましょう。」

という言葉に静香は、

-- この子がここに居てくれて良かった --

と噛みしめながら、

「そうね、いつか師匠を超えて見せるっ!」

と照れくささを払拭する様にわざと豪語した。



目黒不動の縁日は、色とりどりの屋台と人々の賑わいで溢れていた。

屋台の並ぶ通りには、色鮮やかな提灯が揺れ、甘い団子や焼き物の匂いが

漂っていた。静香とお咲は、この喧騒の中で浴衣を着てニコニコしながら

露店を見て楽しんでいる様子を出していた。

 

訓練を初めて3週目の半ばになったころ、小太郎から息抜きを兼ねて毎月末に

縁日があるので、そこで追跡の訓練をすると言われたのである。


静香とお咲は、この喧騒の中で小太郎と百合を相手に追跡訓練を行っていた。

人混みの中で相手を見失わず、同時に自分の存在を隠すという課題は、

想像以上に難しかった。


「こんなに人が多いと、見失ってしまいますね。」お咲がそう言うと、

「それが狙いだ。追跡の基本は、相手を見失わず、でも目立たないこと。

 特に今日は、縁日で混雑しているからこそ、本番に近い訓練ができるんだ。」

小太郎がそう言った。


すると、静香は珍しい着物を纏う一団を見かけた瞬間、胸がざわついた。

-- どう見ても外国人だわ。確か江戸時代は鎖国してたはずよね?なのに、

  どうしてこんなに多くの外国人がいるの? --

不思議に思った静香はすかさず

「…あの人たち、何者なんですか?」と百合に尋ねた。


「開国した今、この江戸にも異国の者が増えたのよ。彼らは交易の商人かも

 しれないわね。でも、時には不穏な動きをする者もいるから、油断しないで。」

百合は静かに答えた。それに対し静香は非常に驚いた。


その外国人たちは何かを取引しているようで、周囲をうかがいながら視線を

巡らせた。しばらく見ていると、その一団はお不動さんの裏手に回り、

何かを受け渡しているのが見えた。それを見た小太郎と百合は頷きあって、

「訓練の続きとして、二手に分かれてあの異国の者達を追う。

 静香は俺と人数の多い方を、お咲は百合と一緒にもう片方を追跡する。

 深追いせずに遠くから様子を窺うようにな。」

と小太郎が言い、それぞれ頷き合った。


静香たちはそれぞれのグループを追跡し始めた。

荷物を受け取った2人組は、提灯に明かりを灯し北の方へ歩いて行った。

それを見たお咲と百合は音もなく、遠巻きにその二人を追った。


一方、3人組はしばらく見送った後、灯もつけずに急に歩き出した。

外国人と思われる者は普通に歩く音がするが、先行してる2人は音もしなければ

存在すら闇に溶け込む様子だ。


「お静、前の2人は忍の心得があるやもしれん。足音のする方に耳を傾けろ。

 それと香りの暗号を覚えているか?」と小太郎の言葉に静香が短くうなずくと


「もし見失っても、香木の暗号を頼りにしろ。」

と小太郎は小声で告げた。実践訓練の幕開けだ。


しばらく追跡していると、静香は外国人の姿を思い出し、疑念が次々と頭を

よぎる。今までの訓練や行動が、この世界に何か影響を与えてしまった

のではないかという恐れが胸に広がる。

-- 開国って!確か幕末まで無かったわよね?まさか、私がこの世界に

  来たことで歴史を変えちゃったんじゃ…? --


混乱と不安が静香を襲った。彼女は、自分がこの時代に来てからの行動が、

何か重大な変化を引き起こしてしまったのではないかと、ますます疑心暗鬼

になっていった。すると、彼女の胸元に下げたお守りから微かな光と振動が

伝わってきた。


「あら、サル?通知機能が付いたのね。」静香はちょっとからかってみた。


「何を言ってるんだ?おまえさんが不安そうだったから来たのに!」

サルタヒコの声がいつもの調子で耳に届く。


「どうして外国人がいるの?江戸時代って鎖国してたはずよね?

 もしかして、私が何か歴史を変えちゃったの?」と気になるところを聞いた。


「いいや。おまえさんがここにいるのは、ただの偶然じゃないよ。

 今いる世界の他にも、無数の『世界線』が存在していてな、おまえさんの

 知っている江戸時代とは違うものだよ。」


「世界線…?」静香は戸惑いながらも、サルタヒコの言葉に耳を傾ける。


「そうさ、世界線によって天体の位置や角度、時間の進み方や動植物の変化が

 違うから、お前さんが『歴史に干渉する』なんてのは些細な事だよ。

 ただ、確実に言えるのが、おまえさんは今を生きているってことさ。」


「それじゃ、私が来たことが原因じゃないってこと?」

静香は少し安堵したように問い返した。


「そういうことさ。ただし、おまえさんの行動次第で、この世界線が

 どう変わるかは別の話だ。気を抜くなよ。」

サルタヒコは静香に警告しつつ、声が消え静寂が戻った。


縁日の明るさとは対照的に、暗闇の中を音もなく追い続ける静香は香りの

微かな変化に気付いた。


-- 伽羅の香りに桜が混ざってる。「安全、進め」の意味ね。--


縁日へ出発前、静香とお咲は、訓練用に特別に調合された香りの袋を

受け取っていた。それは普通の人にはただの香りだが、訓練を受けた忍には、

暗号としての役割を果たす重要な道具だった。


そんな香りに敏感になった静香であったが、訓練を積み上げたおかげで

小太郎の動きも、対象者の足音も見失うことはなかった。



提灯のぼんやりとした光が闇をじわじわと染め、足元だけを淡く照らしている。

後ろを歩く男は異国風の装束が浮かび上がり、彼らの影が闇に繋がっている。

百合は、お咲の背中に軽く手を置き、彼女の緊張を感じ取りながら、香りの印を

慎重に付けつつ、目を細めて様子を窺っていた。


しばらく付いて行くと、苔むした階段を上り朽ち果てた寺の門をくぐり抜けた。

草も伸び放題で、乱雑に伸びた枝が絡み合い、本堂からの薄明かりが風で揺れる

葉の影を生き物のように揺らめかせた。お咲の体が硬直したのを感じた百合は、

「ここで待っていて。」と囁いた。

お咲は、頷きながらも恐怖と不安で周囲を見回し、百合の姿が本堂の方へと

消えて行くのを見送った。


本堂の裏は闇深く、所々朽ちた壁から漏れる屋内からの明かりが、

外の木々をゆらゆら照らし不気味さを醸す。百合は中の物音と共に、

断片的な会話に集中した。


「張のダンナ、仕事の方はどうでやした?」甲高い声の男が聞くと、

「エンエキ ワタシ ダイジョブ」とたどたどしい言葉の男が返した。

百合は異国の者だろうと、当たりを付けた


「ん? あー、そうですかい。うまく行ったってことですね。

 それは、よございやした。焔影えんえきの御仁は近寄り難いっすからね。」

甲高い声の男は"張"と呼ばれる男のご機嫌を窺うようだった。


すると、外で「ヒッ!」という叫びと共に「ドスン」という鈍い音がした。

中の男たちは「あ?」とか「ん?」とか言いながら立ち上がった。


百合は音のした方が、お咲の居た方角だと思い背筋が凍った。



静香と小太郎は付かず離れず追跡を続けていると、小高い丘に足を踏み入れた

のが分かった。小太郎が右腕を水平に出し、しゃがんで止まっているのを見て、

静香もその場に片膝をついて様子を窺った。小太郎が指さす方向を見てみると、

上の方に微かな明かりで物見櫓ものみやぐらの形を視認できた。

「ちょっとした要塞だな。どこかの拠点なのかもしれん。」


小太郎が倉庫らしき建物を指さし、物見櫓ものみやぐらをじっと見て、

監視者の動きの規則性を注意深く見つけ出し、タイミングを見計らって

動き出した。闇に溶け込みながら目指した建物に向かった静香は、

戸の錠前を見て


-- この鍵なら大丈夫ね。でも、落ち着いて慎重に --

と静香が習った通りに音をたてないよう鍵穴に慎重に針を差し込み開けると、

他の建物を確認しに行った小太郎が戻ってきた。


忍び込んだ所は、倉庫のようで薄暗く、埃と湿気に満ちた空気が鼻を突き、

腐敗した何かの匂いが漂っていた。乱雑に積まれた木箱はお茶用の物で、

薄い蓋をそっと開けると、粉の様な物が舞い上がった。うっかり吸い込んで

咳でもしたらいけないと、小太郎も静香もとっさに袖で鼻口を押さえた。

「これが阿片あへんと呼ばれるものか…」

と小太郎が呟く。

「毒と薬」の調合など訓練で知識はあった静香だが、それ以上に昔アルバイトで

"麻薬撲滅キャンペーンガール"で繰り返しビデオを見たので、眉間に皺を寄せ

その白い粉をじっと見つめながら、「はー」とため息をついた。


茶箱以外の物は取るに足らない物のだが、木で出来た大き目の檻

が奥の方にいくつかあり、ここでも顔を背けるほどの汚物の匂いがした。

「空の檻?珍獣とか入れて縁日で見世物でもするのかしら?」

と静香が不審げに呟き、小太郎もしかめっ面を見せた、その時、

倉庫の外から人の気配がして、二人は即座にその場にしゃがみ込み息を殺した。

足音が遠ざかり、誰かと大き目の声で

「交代の時間だぞ。」と話し始めたのを聞き、小太郎は

「ここまでにしよう、離れるぞ。」

と静香に囁いた。



「ここで待っていて。」百合が囁くと、その言葉はお咲の重く響いた。

百合が去り、闇の中に一人残されたお咲は、心臓の鼓動が耳に響き、敵にこの音

で見つかるのではと焦りが募る。呼吸が浅くなり、どんどん鼓動が全身に

伝わり、自分が心臓そのものになったような錯覚に囚われた。


-- ど、どうしよう…か、体が動かない… --


必死に手を開いたり閉じたりして、恐怖に打ち勝とうと試みたが、心臓の

音はますます激しくなる。


-- ダメ、もう待ってられない… --


ついに耐え切れなくなり、グッと足に力を籠め立ち上がり駆け出すと、

立ち眩んだ。頭を振って本堂の薄明かりに向かって走り出す。井戸近くで顔を

上げると、仏像の影が揺れて、不気味に近づいて来る幻覚が視界を覆う。

「ヒッ」と声を上げたお咲は、立ち止まろうとした瞬間、ぬかるんだ井戸周りに

足を取られ、足を滑らせた。

「ドスン」

鈍い音が響くと、


「あ?なんだなんだ?」

本堂の中から一人男が飛び出てきた。お咲は見つかるまいと、

必死に態勢を整え逃げようとするも、

「誰かいるのかぁ~」

と間の抜けた声と共にトコトコ井戸に近づいてきた。


本堂の裏手で音に気付いた百合は、すかさず細めの木を蹴り上げた。

「ガザガサ」

と上の方で枝が動き、敵が上を向いた隙にお咲が見える所へ移動した。


「今度はなんだぁ~?」中から別の3人が出てきて、裏手の方を向いた。


この瞬間に逃げ出そうと、お咲が動き出したが、先に出てきた男が後ろ襟を

つかみ吊り上げた。

「おらおら、逃がさねーぞ。って、娘っ子かい。」と少しのけ反って驚くと、

「ドスッ」

回転踵蹴りで男のわきの下を痛めつけたが、着地に失敗したお咲が腰を

したたかに打った。

「この餓鬼、許さねーぞ、痛てぇなー。」

お咲の髪の毛をつかみ、男は懐から短刀を抜いた。


「マツ、ウル」と張が片言で指示を出す。

「こいつ、蹴りやがって!」と男が短刀を構えるが、

「ウル、エンエキ、ドレイ」張がそう言うと、

他の2人も近くに来て、それぞれ

焔影えんえきにこの小娘を売っぱらうってことですかい?」

お咲の髪を掴んでいる男は驚きつつも、張が頷くのを見て、

「チェ!金になるなら仕方ねぇか。」

唾を吐き、悪態をつきながらも男は短刀を収めた。


暗闇の中から見ていた百合も驚いた。薬や奴隷売買だけでなく、なにより

一番後から出てきた男が、茶屋で会った下っしたっぴきろく

だったからだ。


-- 六が敵と手を組んでいる?それとも、幕府側の潜入? --


瞬時に考えを巡らせるが、断定はできない。それでも、六が最後に投げかけた

「餓鬼一人だけじゃないだろ?」という言葉には意図があると思った。

見知った顔であろうお咲が、一人で行動する訳が無いと察した上での言葉だ。

百合は六の真意を読み取り、彼が幕府方の潜入だと推測した。


--もしそうなら、お咲はまだ安全なはず。助けを呼びに行くなら、今だわ!--


百合はそう冷静に判断し、小太郎たちに合流するために音もなく

その場を後にした。



小さな要塞を背に、この組織の目的に思いを巡らせて走る静香と小太郎は、

目黒不動を目指していた。


--江戸時代に阿片あへんが流通してたなんて、知らなかった…医療用として

栽培してたかもしれないけど、あんなに大量にあるとは…--


静香が歴史に阿片あへんが登場する知識と言えば、アヘン戦争がせいぜい。

詳しい内容は分からないが、知っているのは関係国と酷い惨状だったことぐらいだ。


--まさか、この世界でもそれと繋がる出来事が…?、だったら、恐ろしすぎる--


取引が行われていた場所に戻ってみたが、自分たちの方が先に来たようだった。

「俺たちが先着のようだな。何かあったのか?」

そう小太郎が呟くと、北の方角から百合が荒い息をつきながら、一人でこちらに

走ってきた。


「お咲が捕らえられました。私の不手際です。張志明という外国人と、

 その手下たちです。音を立てて見つかったようです…」


「それで、お咲の扱いは?」と小太郎が冷静に問いかけた。


「奴らは、『焔影えんえき一族に売り飛ばす』と言っていました。張志明が

指示を 出していましたが、片言の日本語で細かい事は…それと、

 下っしたっぴきの 六が手下としていました。

 敵方に付いているようですが、幕府方の潜入ではないか と推測します。」


百合の言葉に静香は心を絞めつけられた。焔影えんえき一族、

阿片あへん、人身売買、という言葉が頭の中を駆け巡り、

静かに恐怖を募らせた。


「六が潜入している根拠は?」さらに問いかける小太郎に

「町奉行は樽屋を知っているはずです。もし六が本当に敵方なら、お咲の正体を

 見抜き、すぐに手を下しているでしょう。」と百合は答えた。


「なるほど。それなら…」

と手を顎にやりながら小太郎は

「お百合、おまえさんはお咲を探しに来た家族を装って奴らの目を引く、

 お静は裏手から派手に音を立てて注意を引いてくれ、

 その隙に俺が本堂に入りお咲を助ける。」

と静香と百合に目を向けた。


三人は互いを見て、目と目で合図を交わした。


「では、出発するぞ。」


言葉が終わると同時に、三人は一気に走り出した。

夜風が静香の頬を打ち、緊張が背筋を突き抜ける。

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