第7話
「ドーーーーーーーン!」
すごい音と共に静香は貞次もろとも崖下に飛ばされた。
「ドッゴロ、ドッゴロ、ドッゴロゴロー」
貞次を守るように抱えたまま、静香は弾み転がりながらも冷静さを
取り戻しつつあった。
不思議と痛みを感じなかった静香は貞次の様子を確認すると、
「あぎが~ぁ!」
貞次は猿ぐつわを噛まされたままなので、意味不明のことを言っている。
静香は苦しんでいる貞次の猿ぐつわを取り
「大丈夫ですか?」
と声をかけると、
「いでぇ~、痛ぇ~、足が痛ぇよー。」
と貞次は体を捻じり痛がっている、体自体は静香が守ったおかげで
大丈夫そうだが足を見ると焼けただれ、折れている可能性もあると
思っていると、
「お二人ともお静かに。っふっふふふー」
抑えた笑いをしつつ百合が崖を滑り降りてくると、
神社に近い上の方で、何人かの騒がしい声が聞こえてきた。
「神社の者たちが聞きつけて降りて来るようです。見つかると
面倒なことになるので、谷沿いを走っていきましょう。ぷぷぷっ。」
なぜか百合はこの緊迫した場面で笑いを抑えきれないようだった。
「なんですか!百合さん、笑って!貞次さん痛がってるじゃないですか!」
-- こんな状況でなんて不謹慎な… -- と静香が思っていると。
「ごめんなさい、フフフ、お静さん。紙屑のように飛ばされたかと思ったら、
崖を岩のようにゴロゴロ転がり落ちて、着物の背中が丸見えで桃のような
おしりがコロコロ見え隠れして、滑稽で、桃太郎の
『ドンブラコ、ドンブラコ』 ってこんなかしらと思ったら、
可笑しくて可笑しくて、フフフ。」
驚いた静香は顔が真っ赤になると同時に急に体が固くなっていく、
背中が開いておしりまで見える大胆なパーディードレスを想像した静香は、
両手を後に回し、背中とおしりを隠そうと必死になった。
「ヒーッ!お百合ぃーー!」
恥ずかしさのあまり静香は指導役を呼び捨てにしてしまうが、
百合は半笑いのまま気にもせずに、
「さっ、
それを聞いた静香は
「た・わ・む・れって!自分から始めておいて!」
と静香は怒りがこみ上げそうになったが、ふと思いつき、
「貞次さんは、私がおぶっていきます!背中もおしりも隠せますし!」
と強い口調で、良いアイデアだとばかりに百合に訴えた。
「いやしかし、あんな爆破に飛ばされた体で…」
と百合が言うや否や、
「大丈夫。着替える暇もないし、もう近くに誰か来ているし。」
恥ずかしさで体が固くなって、これなら重い貞次も楽に運べるのではと
思い至った静香はそう提案した。
「では、私が先導しますので付いてきてください。」
と百合はもう真剣な表情で頷いた。
貞次を背負った静香は、最初足元がふらついたものの、すぐコツを掴んで
百合を追いかけ走り出した。
-- 爆発の時もそうだったけど、これがサルの言っていた
『
感情が高ぶると、瞬時に体中鉄板を張り付け無傷だったり、膝や足首や骨
に至るまでバネのように伸縮して楽に走る事が出来るし、まるで鉄の職人芸だわ。--
と静香はすごい能力を手に入れて喜び…たかったが、おしりが
スースーして万能な能力など無いんだなと少し冷静になった。
静香は貞次を負ぶって走り出すと爆発時に発動した特殊能力の反動と、
男性一人の重さを担いながら走る事で、急速に体力を消耗していった。
息が上がり、足元が重く感じられる。
「はぁ...はぁ...」
静香の呼吸は次第に荒くなり、足取りも重くなっていく。
百合は後ろを振り返り、静香の様子を気にかけながら先導を続けた。
寺を横切っている時、静香はついに力尽きて前からつんのめって
倒れ込んでしまった。貞次が重くのしかかるが、静香は必死で彼を守ろうとした。
百合が駆け寄り、静香の肩を支えながら言う。
「お静?…限界ね。」
静香は息を切らしながらも、なんとか立ち上がろうとしたが、
体が言うことを聞かない。
「もう無理…ごめん…」
もうお互いに遠慮はなかった。静香はそれが嬉しかった。短いやり取りに
優しさが、信頼がこもっていた。
百合は周囲を素早く見まわし、すぐに判断を下した。
「本堂の下のあそこ、縁の下に向かいましょう。」
本堂の表からは死角となる縁の下の一角に、何とか移動した静香達は
カビ臭く湿った地面に腰を下ろした。
「貞次さんは気絶したままで、時々足の痛みで唸ってる。もしかすると
骨折してるかも知れないわ。」
短く静香が報告すると百合は頷き。
「応援を呼んでくるから、ここで待っていて。」
百合は再度周囲を確認すると、素早く身を翻し、闇の中へ消えていった。
程なく静香は考えることも出来ずに目を閉じた。
すると、
「おい、ちょっとまだ寝るな!おい」
ハッとした静香は警戒し辺りを見渡した。
「おい、静香!俺だ、サルタヒコだよ。」
声を聴いた静香は袂に入れていた柄鏡を確認したが、
「あ!わ、割れてる。サル大丈夫なの?」
割れて桔梗の紋が残っている部分をつまみ上げた静香が声をかけた。
「心配ないよ。宿った物が壊れると意思が通じにくいし、それこそ
縁起が悪いだろ?手鏡がおまえさんの命を守ってくれたと思って、
新しくさっき買ったお守りに移してくれないか?」
「どうすればいいのかしら?」
静香はサルの提案に答えようとした。
「今持っている破片をお守りに重ねてくれればそれで良い。」
サルの言うようにそっと両手で重ねると、
「今回で分かったと思うが、能力を使いすぎると体力を急激に消耗するんだ、
それだけ陽炎の力が強力だってことだな。だから無理はするなよ。」
とサルが言っているうちに静香は意識を手放し、深い眠りに落ちていった。。
静香の意識は闇の中を漂っていた。時間の感覚も失われ、どれくらい経ったのか
分からない。ふと遠くから聞こえてくる声に、意識が少しずつ現実へと
引き戻されていく。
「姉様、姉様、目を開けて。すぐに着替えてください。」
と聞き覚えのあるカワイイ声がした。
「お咲!」静香は安堵した声をあげ、周囲を見回すと、すでに暗くなっていた。
応援に来てくれたのだと分かったが、視界がぼんやりとしていた。
目は慣れてきたが、さすがに黒装束を着た忍者衆は視認しずらいと感じ、
自分も行動する時だと意識をはっきりさせるのに集中した。
「かたじけないです。そう、貞次さんの片足は折れているかもしれません。」
と静香は報告すると
「状況は分かっておる。それよりおまえさん、おしり丸出しなんだって?
どんなドンブラコなのか確認しないとな。」
と突然予想外の言葉を千代婆は投げつけた。
「なっ!」
と静香は声を上げようとすると、
「シッ!」
「シッ!」
「シッ!」
と3人同時に静香に顔を寄せて黙らせに来た。
-- このババア、冥土の土産にラフティングを体験すればいい!--
と静香は血圧の上がりそうな思いと共にまた、体力を奪われた。
「とにかく姉様、目立つのでこれに着替えてください。
私が手伝いますので。」とお咲は若干笑いをこらえて言った。
もうすでに静香は怒ることも力を入れることも出来ず、されるがままに
着替えをさせられていた。
「それじゃ、貞次を連れて先にいってきやす。」
と静香が夜の街歩き訓練の時に指導役だった半次がそう言った。
「ああ、頼んだよ。」千代婆はそう言いながらお咲と共に
再び眠ってしまった静香の着替えに四苦八苦していた。
◇
目黒と言えば「さんま」と「鷹狩」が江戸時代では有名である。
徳川五代将軍綱吉が出した「
中止せざるを得なくなり、以後七代将軍家継まで、目黒での鷹狩りの記録はない。
八代将軍吉宗が駒場野で鷹狩を再開したが、ある者があらかじめ野鳥を捕まえて
飼育しておき上手く行かない時の接待役がいた。それが、
呼ばれる者である。もちろん、幕府の役人であるが静香達隠密の協力者でもある。
◇
「ん?」
目を開けた静香は、見知らぬ天井とカビ臭い匂いが鼻に突いた。
体を起こし部屋を見回しても、寝具一式が綺麗に畳んであるだけだった。
-- また別の世界に来たのかしら? --
などと静香は思っていると
「あっ、おはようございます!姉様、お体どうですか?」
とお咲が…あのカワイイお咲が、薄汚い手ぬぐいを頭に巻いて野良着を着てる。
「お咲、その頬被り《ほっかむり》は?なんで野良着?」
と静香は状況をつかめずにいると、
「説明しますので、姉様、まずお布団を畳んで着替えて持ってきたものを
食べてくださいな。」と少しため息交じりにお咲が言うと。
「はい、お願いします。」と静香は昨日の失態を思い出し殊勝な態度を装った。
「まず、ここは城下の町中ではないので目立たないように
農民の服を着ています。それから、昨日の愛宕山の件で、百合さんの報告を
聞いた師匠の千代婆様は、棒手振の貞次さんと姉様の様子を考えて、
城下に戻るのは危険と言ったんですよ。」
「ふんふん。」
お咲の話を聞きながら布団を畳み終わった静香は野良着を羽織りながら頷いた。
「それで、姉様の最近の訓練と愛宕山の無謀な…いや、活躍を考えて、
"目黒送りだな"と言われまして…」
尻つぼみな物言いで上目遣いのお咲を見つめながら静香は、
「目黒送り?」
「はい、さらに厳しい修業が必要と…目黒は訓練所があって、
何度も皆さんここで修行を繰り返すと聞いてます。」
とお咲が言うと、
「するってーと、何かい?あたしが身を
無駄だったって事かい?」
ちょっと江戸弁を使っておどけた静香に、
「まあまあ姉様。それに貞次さんの治療とかくまうためもあるし、
私も本格的に修行を始めるのにいい機会だし、姉様や貞次さんの
お世話も出来ると、無理を言って付いてきた次第です。」
最後だけやけに力強く主張したお咲だが、
「私に
と握り飯を食べながら静香は、お咲のちょっと嬉しい気遣いを聞いた。
「目黒を制する者は忍を制す、なのね?」と静香がニコリと言うと、
「私も目黒は初めてなので、気合を入れます。」
とお咲も微笑んで、さっそく二人で外に出ることにした。
扉を開け外に出ると、澄んだ朝の空気が心地よく、二人は深呼吸をした。
静香は周囲を見渡し、目黒の訓練所がどのような場所なのかを感じ取ろうとした。
周りは高い草が綺麗に刈られて目隠しになっていて、まるで昔弟と一緒に見た
古い映画で、トウモロコシ畑の中の野球場みたいだった。
「ここは、天国かい?」と静香が映画のセリフを思い出しながら言うと、
「目黒です。」とお咲が、この人何言ってんだ?という目を向けた。
静香は苦笑いしながら振り向き、近くにある少し大きめの建物を見ると。
「あの建物に、貞次さんがいます。」とお咲が言った。
「まず、貞次さんの様子を見てからにしようか?」と静香が提案すると、
お咲は頷き、二人はその建物へ向かった。
扉を開けると、室内には薬の香りが漂っていた、ここは治療棟だと静香がすぐに
認識できたのは、土間で色々な薬草を煮たり、すりつぶした痕跡を見たからだ。
土間から一段上の座敷に、貞次が木の板に足を固定されて横になっていた。
「貞次さん、大丈夫ですか?静です。」
と静香が優しく声をかけると、貞次は痛そうな顔で、
「ご覧の通りでさぁ~、火傷でヒリヒリですぁ。」と悲痛な声だ。
「申し訳ないです。私が無茶をしたばっかりに…」
と静香は深く頭を下げながらそう言うと、
「いやいや、おまえさんじゃなかったら体が木っ
なってたって聞いたから、生きてるだけで儲けものヨ。」
「それならよかった。」静香は安堵して少しニコリとした。
すると、奥の方から
おやじさんが、
「おや、お静さんにお咲。ちょっとこっちへ来ておくれ。」
と奥の部屋から"おいでおいで"と手招きしている。
「お静さん、お久しぶりです。お加減はいかがですか?」
と好々爺が静香に声をかけるが、静香は誰だか思い出せない。
「やはり、お話を伺った通り覚えていないのですね。
私は表向き農家で
忍の方たちの協力をさせてもらっております。」
静香はあまりに江戸時代の事を知らない自分に、焦った。
-- これじゃ頭を打って「忘れた」じゃなくて根本から
「知らない」になってしまうわ。--
すると
「綱差とはどんなお仕事なのでしょうか?」
とお咲が久兵衛に聞いた。
-- おー!お咲、何というフォロー!しかもカワイイ!--
「あー、お城の公方様、あっ、将軍様がここ目黒で鷹を使って鳥を狩るんだよ。
でも、ほら、失敗…、あー、上手く行かない時に備えてあらかじめ私達が
鳥をつかまえておいて、ねっ、」
「なるほど!綱差というのは公方様の忍と言う事ですね!」
とお咲はが言うと
「おや賢いねーお咲は」
と久兵衛がいった。もちろん静香も心の中で
-- グッジョブ!お咲! --
と表情には出さず、こぶしを握り締めた。
「それで、千代婆様からも言われたのですが、お二人は貧しい孤児の姉妹で、
普段はここ目黒で畑を手伝い、時々日本橋の千代婆様を手伝っていて、
たまたま今回はお静さんが愛宕神社参りの帰りに遭遇したと言う事になって
いますので、お忘れなく。」
と久兵衛が今回の筋書きを説明してくれた。
「わかりました。」静香とお咲が同時に返事をした。
入口の戸を開ける音がしたのに、足音もなく突然後ろから
声がかかった、
「話が終わったらなら付いてきてくれ。」
低い声で、丁寧ではないがぶっきらぼうに聞こえないいい声がした。
「はい、小太郎さん。」
お咲は振り向いて答え、静香はその場で頷いた。
静香とお咲は小太郎の後に続き、敷地内を歩き始めた。
そこには様々な施設があり、その中でも特に目を引くのは、武器庫や体術の
稽古場だった。左手には訓練用の道具が整然と並ぶ武器庫があり、
右手には体術の稽古広場が見える。静香は施設が充実しているのを驚きながら、
小太郎の後を歩いた。
「師匠から『基礎をもう一度最初から』と聞いているから、まず手裏剣と
クナイの練習からだな。」
と小太郎が言う。道すがら、他の訓練場も目に入り、静香の期待が高まる。
手裏剣の練習場に到着すると、広々とした空間に様々な的が並んでいた。
木製の台には手裏剣が整然と置かれており、いかにも使い込まれた風合いを
持っている。小太郎が静香とお咲に向かって、
「まず、忍びは密書や言伝を持ち帰るのが務めだ。一番大切なのは、
"逃げる"事だ。手裏剣やクナイを手にすると戦いに使いたくなるが、
逃げるために相手を足止めするのが重要だ。」
忍びは戦うイメージを持っていた静香だったが、言われてみれば
確かにそうだと納得すると、続けて小太郎が、
「ここにある武器を使って感触を確かめてくれ。
特に、お咲は重さ大きさに慣れる事。それと、
いくつか持ってくれ」と言った。
静香とお咲は、いま一度自分達の役割を心に刻み、手裏剣とクナイを手に取った。
「訓練の手順を伝える。まず、お静がここから北へ逃げるのを俺が追いかける。
俺が近づいたと思ったら、手裏剣、クナイ、撒菱を使って
する。大きな岩を回ってここまで戻ってくる。そうしたら、お咲と交代し、
お咲は同じように北に逃げる。その間お静はあそこにある木の的に向かって
手裏剣、クナイを当てる、それを何周かする、こんなところだ。」
「うはぁ、きびしそ~!」と静香が言うと、お咲の顔は緊張でこわばっていた。
「そんなことはない、途中で使った手裏剣やクナイを歩いて拾いに行くから
休みもある。最終的には俺の全力を逃げ通せるようになるのが目標だ!」
と、鬼のような特訓の始まりだ。
静香が北へ逃げ始めると、小太郎がすぐに追いかけてきた。静香もお咲も
農作業用の服装のままだ。忍びは劣悪な環境でも逃げ延びなければならない
ため、いつも動きやすい服装とは限らない。さらに鉄製と思われる手裏剣や
クナイ、撒菱を装備しているのでとても重い。幸い足元だけは地下足袋だった
のが救いで、
静香は距離を詰められたと感じると、手裏剣を投げた。しかし、手裏剣は
小太郎のすぐ横を通り過ぎ、的外れとなった。「くそ、当たらない!」と焦りを
感じながらも、次に撒菱を地面にばら撒いた。小太郎は撒菱を避けつつ、
なおも追いかけてくる。静香は大きな岩を回り込んで戻ってくると、
お咲と交代した。
お咲も同じように北へ逃げ、小太郎の追跡をかわしながら手裏剣と
撒菱を使った。しかし、お咲の投げた手裏剣も撒菱も効果的に使えなかった。
「はあ、はあ、はあ。」
静香はその間、息が上がった状態で、木の的に向かって手裏剣を投げた。
しかし、全く当たらない。上から投げてみたり、フリスビーのように回転
させたりしてもだめだし、クナイなど上手く的の方に行っても刺さらない。
「どうして…上手くいかないの?」と静香は心の中で呟いた。
「はあ、はあ、はあ。」お咲が顎を上げながら戻ってきた。
「次、お静。行け!」と容赦のない小太郎の声がした。
「お咲は、ゆっくりでいい、一つずつ丁寧にな!」と甘えを許さない。
2周したところで小太郎が
「まぁ最初だし、お静は手裏剣や撒菱を歩いて拾ってきてくれ。
お咲は的当てを少し教える。終わったら少し休む時間を取る。」
と指示を出した。
この訓練を続けて、お咲は5周でギブアップした。
静香もだいぶ疲れていたが、幸いなことに力の抜けた走りは
樽屋静が培ってきた技術が自然と発揮され、息が上がらなくなってきた。
-- うまくすると、陽炎の力を走りに応用できそうだわ --
と静香は思いついた。
その思い付きを手裏剣やクナイを的に当てるときに試してみる。
が、肩、二の腕、肘、前腕、手首、指のどこを強化するか?全体なのか?
強すぎてコントロールが効かなかったり、浮力が付きすぎて遥か上の方に
行ってしまったり、とにかく複雑すぎて頭が混乱した。
-- これはじっくり時間をかけて検証しないとだめだわ --
と静香はブツブツ独り言を繰り返していた。
お咲はすでに真っ青な顔をして、今にも吐きそうな様子だった。
それを見た小太郎が
「今日は初日なので、ここまでだな。
それぞれ限界が分かったので、明日からお咲は2周、お静は5周
を日課にして徐々に周回を増やし、剣術と体術、その他座学だな。」
「はい」元気の無い返事の静香とお咲だった。
訓練場からの帰りは来た時と違う道を使った。そこには隠れ身の技術や
忍び歩き、縄の使い方や、毒や薬の知識を学べる施設もあると、小太郎から
説明を受けた。静香もお咲も、必要な知識がありすぎて、辛いなどと
言ってられないと、改めて気を引き締めた。
すると、ひと際大きな建物が見え始めると小太郎が
「あれが湯場だ、しっかり疲れを取って明日に備えるんだぞ。」
と言うと
「ええっ!」と言いそうになった静香は、その声を飲み込み
-- おっと、初めてじゃないんだった。-- と冷静になろうとしていると。
「ああ、よかった。湯場があるのですね。珍しいですね。」
と疲れ切ったお咲は、少し安堵したようだった。
「ここは町中じゃないからな、火事の心配がないゆえ湯場を
作ることが出来たのだろう。」と小太郎が答えていた。
小太郎と別れ、一度宿舎に帰り着替えを持ちつつ、静香とお咲は
湯場へ向かった。
疲れた体を癒すことを楽しみに中に入った。脱衣所でお咲はさっさと服を脱ぎ
「姉様、早く来てくださいね!」と言い残して湯舟へと向かった。
「わかった、すぐ行くわ」
と静香は返事をしながら、ゆっくりと服を脱ぎ始めた。その時、不意に首から
下げていたお守りからサルタヒコの声が響いた。
「おまえさん、だいぶ厳しい訓練をしてるみたいだなぁ~」
「サル!もう!全然出てこないんだもの!何やってたのよ!」
と疲れ果てた静香はサルタヒコに甘えて当たっている。
「まぁまぁ、だいぶ頑張ってるじゃねぇか!陽炎の力を何とか上手く
使おうと苦心してるとは、泣けてくるじゃねぇか。」
とサルが言うと
「なかなか上手く行かないのよね~。」
と褒められてまんざらでもない静香は見事に丸め込まれている。
「陽炎の力は古代の力の一部だからな、知ってる奴なんざぁそうそういないよ。
ただ、おまえさん三途の川に来る前に何をしていたか分からんが、
部分部分を強くして、それぞれを上手く組み合わせようとしてねぇかい?」
と何か漠然とした感想をサルは言い始めた。
「う~ん」と静香は少し考えてみた。
-- ITエンジニアと言っても、動かない原因を調べたり…仕様書の誤字脱字
チェックだったり…う~ん --
「確かに、全体を見渡して作るような仕事はしていなかったわね。」
と静香はサルの言わんとしていることが少し分かった気がした。
-- サルが私を見ると、きっとAIロボットの動きみたいに見えるのかしら? --
「フフフっ」と想像して微笑み、静香は何かの動画で見た"体をカクカク動かす"
ロボットダンスを素っ裸で真似して踊ってみた。
「おまえさん、なにやってんの?」とサルは静香の奇行に驚いた。
「"雨乞い"ならぬ"啓示乞い"の
と静香は踊り続ける。
はたと、
「あ!"しなやかさ"ね。"しなやかさ"が無いのね私の動きには。
一部だけ強化しても、全体のしなやかさが無いから、ぎこちなく見えるのね。」
静香は何が必要なのか、天の啓示をもらった気がした。すぐそばに神がいるのに…
静香はそのまま湯に浸かり、体をほぐしながら次の日の訓練に向けての気持ちを
整理していた。横でウトウトしながら湯に浸かっているお咲を見ながら。
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