第10話

「ぶはぁっ!!!」

「あ、帰ってきた」


 勢いよく湖面から顔を出し、思いっきり息を吸い込む。

 危なかった、マジで死ぬかと思った。


「はぁ……はぁ……あ〜疲れた」

「よくやってくれました、レナトゥス。これでリヴァイアサンは、未来永劫その活動を停止するでしょう。あなたの働きに、最大限の感謝を」


 這々の体で水から上がると、またもミステリアスな雰囲気を作ったマキナが待っていた。

 側には呆れ顔のシルヴァも一緒だ。


「ん……シルヴァ、なんか距離近くなってない?」

「え、そう?」

「スルーですか!?」


 何となく、潜る前より場の雰囲気がいい感じがする。

 二人っきりの時に、何か盛り上がる話でもしたのかな。何にせよ、仲良くなったのは良いことだ、うん。


「おっと……流石に限界かな」


 腹から轟音が鳴り響き、足がふらつく。流石に五日間も絶食した後でバケモノと戦うのは無理があったか。

 取り敢えず、応急処置で固形食でも腹に入れておこう。


「ワタシが愛情たっぷりの料理でも作ってあげましょうか!?」

「いや、間に合ってるんで」

「……しょんぼり」


 だって料理下手じゃん、神様なのに。どうやったらシチューを作ろうとしてチャーハンが出来上がるの? しかもなんか、紫色に発光してたよね?

 食べたら死ぬって確信があったから、丁重にお断りさせてもらったけど。


「てか寒っ……」


 炎よ、燃え盛れフローガ


「標高が高いせいだよね、この寒さ……」


 炎の魔法を周囲に漂わせ、暖房の代わりにする。身体の方が限界なせいで出力は低いが、無いよりマシだろう。

 風邪引かないように気をつけないとな。今の文明レベルだと、風邪こじらせたら余裕で死ねる。


「コレも仕舞っとかないと」

「ん!?」

「ぉん!?」


 手に持っていた『帯電する鱗』をリュックに仕舞い、代わりに布と固形食を取り出す。そのまま顔や体を拭き、ボリボリと固形食を頬張った。

 これで、いちおう空腹感と寒気は解消されたかな。後でちゃんとした食事を摂らないとだ。


「って、二人揃って鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔して、どうしたの?」

「いや、それ……リヴァイアサンの鱗よね?」

「なんでそんなもの持ってきてるんですか……?」


 若干距離を取られてるの、何なんですかね。


「これもバハムートの灰と同じだよ。手元に置いて状態を確認しておかないと、何か起こった時に気づけないでしょ」

「ぅえっ!? バ、バハムートの一部も持っているのですか……!?」


 あからさまに狼狽えるマキナ。そして『あちゃ〜』みたいな顔で天を仰ぐシルヴァ。

 え、別におかしい事してないでしょ。してないよね?


「……レナトゥスの言い分はわかりました……いえ、分かりたくないですが、飲み込みました」

「殺し続けてる相手の一部を持ってるの、そんなにおかしいかな?」

「おかしいわよ」


 呆れ顔のシルヴァからツッコミを貰ってしまった。合理的だと思ったんだけどなぁ。


「不老不死の遺骸は、そのままでは災厄を引き付けるでしょう。ですので、応急処置を施します」

「いや災厄って、そんな大袈裟な──」

「お願いします、神様」

「勝手にリュックの中漁られてる!?」


 『燃え盛る灰』と『帯電する鱗』を両手に持ち、シルヴァは恭しくソレを差し出した。

 なんで勝手に取り出せるんですかねぇ。秘密のポケットに隠しておいたのに。


「ありがとうございます。では──」


 地面に置いた二つの遺骸に、マキナが手をかざす。


『原初の生命の欠片よ、我が権能によって再び新たな生命を与えん』


 そして、で呪文を紡ぐ。


『魂を此処へ、肉体を此処へ』


 遺骸が光る。

 あまり眩しさに、思わず目を覆った。


『神の名の下に、再び転輪せよ──我が子供達よ!』


 詠唱が終わる。

 光が収まる。

 かくして、そこに立っていたのは。


「お〜?」

「わ、わぁ……!」


 二人の、小さな子供達だった。


「か、かわわわわわ……!!!」

「ふぅ……上手くいきましたね」

「ホントに?」


 片方は黒い髪をして、頭に竜の角をはやした女の子。

 ご立派な尻尾も生えており、その先端では黒い炎が燃えていた。

 もう片方は、青い髪をした女の子。

 一見して普通っぽい見た目だが、やっぱり立派な尻尾が生えていた。こっちは先端がバチバチと帯電している。


「こちらがバハムートの生まれ変わり、ムゥちゃんです」

「なんて?」

「そしてこちらがリヴァイアサンの生まれ変わり、イアちゃんです」

「ネーミングセンス皆無なの?」


 今始めて知った事実だが、マキナはネーミングのセンスが壊滅的だったらしい。元の名前の真ん中取っただけじゃん。

 かなり長い付き合いだけど、まったく知らなかった。というか知りたくなかった。


「ん、おー、からだがある!」

「ほ、ほんとだ……!」


 新しく誕生した二人は、興味深そうに自分の身体を眺め回している。

 どうやら、意識は生前と連続しているらしい。流石は不老不死と言った所か──いや、どっちかというと今回のは転生に近いのかもしれない。

 ということはお仲間じゃん、嬉しくねぇ。


「ということは……!」

「うん……!」


 ん、なんでこっち見るんだ。


「「ふくしゅうできるってことだ〜〜〜!!!」」

「わぁぁぁ!?」


 ギラリと鋭い八重歯を覗かせ、二人は嬉々として僕に襲いかかってくる。

 いや、まぁ。


「えい、えい!」

「どーだまいったか、このー!」

「…………」


 身体は思いっきり子供だから、まったく痛くも痒くもないんだけどな。

 というか、めっちゃスネ蹴ってくるじゃん。どこで覚えた、そんな攻撃方法。


「……ねぇマキナ、この子達どうするの?」

「え、えーっと……」

「さ、触っていい!? 触っていいかしら!?」

「シルヴァはちょっと落ち着いて」


 鼻息ヤバいから。表情が完全に不審者だから。


「ワ、ワタシの居る高次元領域へは生物は入れませんので、必然的にレナトゥスに管理してもらうことになるかと……」

「なんで生物にする必要があるんですか?」


 生命与える必要なかったよね?

 遺骸のまま、そっちで引き取ればよかったんじゃないの?

 あとなんで小さな女の子にした?

 僕はロリコンじゃないんだけど?

 ちゃんと成人した妻が居るんだけど?


「うわー!」

「はーなーせー!」

「はわぁ……ほっぺたモチモチだわ……」


 なんか人攫いがいますね、憲兵隊に通報しておきますか。


「この子達、わたしが育てていいかしら!?」

「駄目です、自然に返してきなさい……とも言えない、か」


 曲がりなりにも、不老不死の欠片だ。野に放ったらどんな厄介事が巻き起こるかは想像に難くない。

 結局こっちで引き取ることになるのか……だったら本格的に生物にする必要なかっただろ。ガチで遺骸のままで良かっただろ。


「ふわー、ふかふか……」

「はわー、もにもに……」


 シルヴァの豊満な胸に顔をうずめて、至福の時間を堪能しているムゥとイア。

 まぁたしかに、このデカ乳に母性を感じるのもしょうがないけどな。滅多に見ないサイズ感だし。


「む、今いやらしい視線を感じたわ」

「断じて気のせいだよ」

「すけべー」

「へんたーい」


 妻にみさおを立てた身だって言っただろうが。僕は決して妻以外を襲ったりしない。

 だから今感じたいやらしい視線はそこのスケベ子供のものだろう。同性で、しかもまだ子供だってのに、とんでもないスケベ達だな。将来が楽しみだわ、まったく。


「胸ならワタシも大きくできますが!」

「あ、間に合ってます」

「……しょぼん」


 男がみんな巨乳好きだと思ったら大間違いだぞ。中には貧乳が好きな人だって居るんだ。

 まぁ、僕は大きいほうが好きだが。妻が巨乳なもんでね。


「さてと、じゃあ次の秘境に行こうか」

「あれ!? 報酬は要らないんですか!?」

「あ、そうだった」


 色々と怒涛の展開すぎて忘れてた。一応依頼は達成したんだし、貰えるものは貰っておくか。

 服を着て、マキナの前に歩み寄る。当の本人はといえば、めちゃくちゃニヤニヤしていた。それはもう気持ち悪いくらいに。


「……なにその顔」

「え〜? 何でもないですよ〜?」


 明らかに何でもあるんだよなぁ。

 まぁ、この神様が変なのは昔からだし、今更気にしないけどさ。


「手早くお願いね」

「ふふ」


 目を閉じ、お互いの顔を近づけ、額をくっつける。

 こつんと軽い音がして、ふわりと甘い香りが漂ってきた。


「…………」

「…………」


 彼女の息づかいが聴こえる。

 シンと静まり返った湖に、二人だけ取り残されてしまったかのようだ。


「今回も、壮絶な人生を辿ってきたようですね」

「……覗き見は趣味悪いよ」

「すみません。ですが、これもワタシが神として動くために必要なものなんです」

「……こんなつまらない男の人生が?」


 まだ十年そこら生きただけの少年の人生に、どんな価値があるんだか。

 しかも、だいぶ酷い記憶だし。

 村を襲ってきたモンスターと戦ったり、奴隷オークションをぶっ潰したり、不老不死のバケモノと戦ったり……そんなのばっかりだ。


「いいんです。正義も悪も、すべて人の心から生まれたもの。それらを知ることで、ワタシはこの世界を維持し、守っていくことができるんです」

「守れてないけどね」

「水を差さないでください!」

「ごめんごめん」

 

 思わず、目を開ける。

 美しい黒曜のような瞳と、目が合った。


「〜〜〜〜っ! は、はい! 終わりましたよ!」

「おわっと」


 かと思えば、顔を真っ赤にしたマキナに突き飛ばされた。

 今のどこに照れる要素があったのか、まるでわからん。


「土の古代魔術ね……ありがたく使わせてもらうよ」

「無自覚女たらし」

「はれんちー」

「ふしだらー」

「君たちなんなの?」


 なんか急に罵倒されたんだけど。

 ひどくない? 僕なにもしてないよね?

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