第9話

水の中というのは、実の所かなり薄暗い。

 明るいのは水面下だけで、潜れば潜るだけ明度が下がっていく。

 しかしそんな問題も、光魔法があれば解決だ。


(かなり深い湖だな……もしかしたら、柱の中身は全部空洞なのかも?)


 光よ、照らせフォス


(これで、よ、し……?)


 身体の周りを、二つの光球が回る。

 暗闇の世界を、白日の元に晒し出す。


(デッ……!!!)


 湖の底に、とぐろを巻く巨大なヘビが居た。いや、ヘビと呼ぶにはあまりにも大きく、太く、そして強大だった。

 具体的に言うと、この前に戦ったバハムートの三十倍はデカい。


「──────ッ!!!」

(ぐっ!?)


 大きく口を開き、リヴァイアサンが咆哮した。

 水中を衝撃波が駆け抜け、身体が勢いよく後方にブッ飛ぶ。


(間に合えっ……!)


 風よ、薙ぎ払えアネモス


(あ、危なかった……)


 間一髪、体内で循環させている風魔法を発散させることに成功した。その反動で、壁の手前で身体が急停止する。

 この方法、あんまり良くないんだけどな。風魔法で体内の空気を循環させてる現状では、使い過ぎると溺れてしまう。


『だ、大丈夫ですか!? ものすごい衝撃が外まで届いてましたけど!?』

(今のところ問題ナシ……それより、戦闘の余波で水が溢れないようにして欲しいかな)


 テレパシーを送ってきたマキナに対して、ちょっとしたサポートをお願いする。

 下手したら、湖の水が全部こぼれかねないからな。


『もうやってます!』

(さすが)


 度々ドジをすること以外は、普通に有能な神様だけある。

 何度もドジってたら有能とは呼べないだろって? まったくもってその通り。今のは高度な皮肉だ。


(さてと、どうするか……)


 湖の耐久値はマキナの防護魔法でなんとかなるだろう。問題は、水の中だと黒の炎が使えないって点だ。

 もっと別の魔法で、不老不死を殺し続ける必要がある。


(そんな魔法あったかな……?)


 陸上の生物なら、窒息させて無限に殺すってのは出来るだろう。

 けど、相手は水中を自在に泳ぎ回る水神・リヴァイアサンだ。別方向からのアプローチを考える必要がある。


(うーん……って、ヤバッ……!?)


 呑気に考え込んでいたら、リヴァイアサンの顔が目の前にあった。ガパリと口を開け、鋭く生え揃った牙を見せつけてくる。

 いやいや、おまえ不老不死なんだから、ごはん食べなくても生きていけるだろ。


(どわっとぉ!?)


 水よ、集まれヒュドール


(流石に、あの牙に串刺しにされたら死ねる……!)


 水の魔法で無理やり水流を作り出し、素早く横に移動する。次の瞬間、さっきまで居た場所を殺意の塊が通り過ぎていった。

 まったく……バハムートといい、こいつといい、殺意が高すぎるだろ。不老不死ってのは皆こうなのか?

 だったら夫婦喧嘩の時、リクシルが僕を半殺しにした件も納得でき……いや、納得はできないけど『そういうものか』と思うことは出来る。


(しょうがない。ちょっと危険だけど、アレを使うしかないか)


 水の魔法と風の魔法の同時使用で、リヴァイアサンから距離を取る。

 そのまま指先を向けて、雷の魔法を発動させた。


(これも、世界を洗い流した報いだと思ってくれ)


 星の雷よ、鳴れトニトゥル・ステラ


(さよなら、リヴァイアサン)


 指先に纏った小さな光弾を、その長い身体目掛けて発射する。その体積じゃ、コレを避けるなんて出来ないだろう。いや、そもそも避ける気すら無かったらしい。

 リヴァイアサンは愚直にこっちへ突っ込んできて──頭から光弾に当たった。


「────────ッッッ!?!?!?」


 その瞬間、クソ長い全身が眩いばかりに放電を始めた。


(これでよし……そろそろコッチの息も限界かな)


 風の魔法で誤魔化しているが、とっくに身体は酸欠寸前だ。素潜りで戦闘とかやるもんじゃないな。普通に死ねる。


(大人しく沈んでくれ。不老不死は──彼女だけでいい)


 無限に感電し、力なく水底に落ちていくリヴァイアサン。その姿を見つめながら、急いで湖面に浮上する。

 そんな僕の手には『帯電する鱗』が握られていた。

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